手を伸ばした夜空
遊月奈喩多
第1話 empty
「は?」
その話を聞いたとき、まず出たのはそんな声だった。
別に信じられないようなことを聞いたわけじゃないし、そもそも信じる信じない以前に、話を聞くまで考えもしなかったようなことだ。もう、半分以上忘れかけていたやつの話だった。
『いや、お前っつーかお前の友達の……
電話の向こうのどこか気楽そうな声――本人に言ったら「そういう声なんだから仕方ないだろ!?」とあの頃みたいに言われるのだろう――が、よりこの話から現実味を失わせる。
だから。
「つーか
なんていう関係ない感想が口から飛び出した。案の定、電話の向こうからは呆れた声。
『うわ、すっげぇどうでもいいよね今。俺地元に残ってっからさ、そういうことあったときに同級生のまとめ役をやってる、みたいな?』
「あーへいへい、実家のビデオ屋継いでる孝行息子は言うことが違ぇや」
『ミニシアターだっての! あ、とにかく、奈留島くんにも連絡とっといてくれな』
そう言って通話が切られる直前に聞こえてきた「いらっしゃいませー」という妙に愛想のいい声が多少耳に障ったが、まぁ栗原も頑張ってる、ってことか。時刻は19時を少し回った頃。ちょうど会社帰りで溜まったものを発散しに来る客で店が多少賑わっているところなのだろう。
「お疲れ」
もうとっくにトップ画面に戻った携帯に向かって呟く。
それから、渡りかけだった横断歩道橋の縁(ふち)に両肘をついて、何をするでもなく、下を通り過ぎていく車だったり人だったりを見下ろす。
……こいつらのうちの誰かもひょっとしたら明日とか死ぬのかな。それか俺とか。
ふとそんな考えがよぎったりして、どうにも疲れているらしいことを自覚する。
急に降って湧いた疲れの原因はどう考えても明らかだった。それがこんなに自分にとってストレッサーになるなんて思ってなかったが、脳内でここまでリフレインされているところを思うと、たぶんそれなりに、なのだろう。
中学校の頃、ほんの少しの間関わりがあっただけのやつなのに、その話を聞いてから、あいつのうざったいくらいに明るい顔が妙に思い出された。
中学当時の俺には、明確に好きだと言える人はいなかったが、明確に嫌いだと言えるやつはいた。
入学式で新入生代表の言葉を読み上げるときの作り物じみたハキハキした声だったり、それがクラスでの自己紹介でも持続されていたりという第一印象でもうダメだと思った。
『△〇小学校から来ました、宇津美 夕佳です!』
そこから語られた、何だか理想ばかりを語ったような言葉だったり、典型的なマジメちゃんみたいな嘘くさい目標だとか、テレビで見たミュージカルの映像か何かみたいな大げさな笑顔だとか。
そういうものを見たときに、中学生ながら思ったのだ。
俺とこいつは、たぶん生涯相容れない宿命にある、と。
それが、宇津美との出会いだった。
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