第11話 サッキュバスでもいいですか?
村のボスをやってる犬が、今朝もお祖父様の所へ報告に行きました。
『朝の巡回、異常ありませんでした!』
「おお、そうか。お前らも律儀だの」
『ご先祖様から代々引き継いだ務めですから』
ボス犬は、「朝のお仕事終わったー」と、たったか帰って行きました。
今日も、うちの村は平和ね。
冒険者の宿では、叔父様の教団長からPTリーダーを引き継いだ前衛戦士が、サッキュバスと話し合っていました。
「魔法の後衛大火力も、ハルバードを振り回す前衛も、いいなお前。
まさか姐さんの穴を、こうも容易く埋めるヤツがいるとはな」
「うふふー」
「だが、うちのドワーフ以外、男も女も寝不足なのは分かるか?」
「どしたの」
「確認する。お前は、PTに対してサッキュバスとして仕事してないんだろ」
「当然でしょ。まっずーい代替食で我慢してるのよ?」
「だとすると、お前が力を抑えてくれても、オレらに影響出るわけか」
「そうねえ。0には出来ないから、少しは淫らな夢見るかも」
「アレ断じて少しではない。スれてるオレでも飛び起きたぞ」
「そっか。じゃあ、PT出て行こうか?」
「いや、お前は頼れるし、PT組んで気分のいいヤツだ。惜しい」
「へえ。引き止めてくれるんだ」
「お前が戦う姿が悩ましいのも、お前がサッキュバスなのも受け入れる。
ただ、眠らねえと、ダンジョン潜るのは危ねえ。なんとかできるか?」
「相談してみる。迷惑かけてごめんね」
「気にすんな。オレたち仲間だろ」
サッキュバスは、城下町で暮らしている姉のところへ相談に行きました。
「――というわけでね」
「あなたが未熟者なのは分かりました」
「またお姉ちゃんは、すぐ子ども扱いする!」
「狙った相手が高位の神官でも、私なら気配を感じさせずに堕落させるわよ」
「むー」
「配慮しても仲間に淫らな夢を見せちゃうのは、あなたがお子様だからです」
「サッキュバスの仕様じゃないの」
「お姉ちゃんは出来るわよ?」
「むー」
「というわけで、知恵貸してくれる人を紹介するから、行っておいで」
「さすが、お姉ちゃん。持つべきものは、人の世に馴染んだ姉よね」
「現金な子ね」
うちの村を一望できる小高い丘で、碧の父である半神が、あぐらをかいて、
「なあ、碧」
「なあに、お父さん」
「ここの眺めは美しいね」
「ほんとだねえ。僕の里と違う。赤ちゃん生まれたら、みんなで一緒に来たい」
「ああ、ぜひ来よう。なあ碧、お前は病気は分かるか」
「うん。お熱が出たりするやつ」
「では、命が終わることは分かるか」
「僕の里のお兄さんが、怪我して冷たくなって、会えなくなったこと?」
「そうだね」
「お父さん、どうしてそんなお話をするの?」
「碧も病気なんだ」
「えー、僕はお熱ないよ。それに大きくなれる」
「ああ。その大きくなれることが、碧の病気なんだよ」
「そんなの嘘だよ」
「お父さんの話を聞けるかな」
「聞かないもん。僕、あっちいく」
あらあら、碧はお父さんを残してトテチタトテチタと足音をさせて走って行ったわ。7つの子とはいえ、本人の問題を伝えようとしたのね。
王都の王城で、叔父様の教団長の冒険者仲間だった神官は、応接室へ通されていました。王子が呼びつけたみたいね。
「教団長は来ないのか」
「ええ、私が代理です」
「つまらん」
「それで、王子様は私達の教団に何のご用?」
「お前らのところは、面白そうだ。私も入信したい」
「理由を伺っても?」
「面白そうではダメか」
「駄目です」
「王族はつまらん。私は父のようになりたくはない」
「思春期ねえ」
「私を笑うのか」
「小さなあなたの世界では、大きな問題なんでしょう。だから笑いはしません」
「半人前扱いしたな」
「事実ですもの。当然、入信も認めません」
「歯向かうのだな?」
「あのね、お坊ちゃん。うちの教団は、大人として生きた結果、
精霊になることを決めた者が来るの。現実逃避したいならよそにして」
「気に入らん、気に入らんぞ。オイ、近衛を呼べ! この者を牢へ」
王子に怒鳴りつけられた召使は、静かに部屋を出ていきます。
神官はまったく威圧されていないわね。
――近衛の一団を引き連れて、火の君が現れました。
「王子、国王に無断で近衛を動かそうとしましたね。説明なさい」
「火の君様!?」
「説明を」
「この神官が私に不敬を働きました」
「不思議な話ですね。召使から聞いたことと異なります」
「ならば召使が嘘をついているのでしょう」
「情けない。あなたは自らの言葉の重みを理解していませんね。
近衛達、王子を牢へ入れなさい。私が許可するまで出さないこと」
暴れる王子は、近衛兵に抗うことができず、連れて行かれました。
「神官よ。王家の者があなたに働いた非礼、謝罪します」
「思春期の子の言葉ですもの、どうか頭を上げて下さい」
「王家の者達は、私が王家に嫁いだ頃と比べると、軟弱になりました」
「火の君と比較しては気の毒ですわ。ソロで最下層を探索できる方は、例外です」
「王家の者は、私に依存しすぎています」
「無理もありません。中興の祖の時代の生き証人で、武勇の誉れも高いあなたなら」
「私は、離宮『火の宮』をあなた達の教団に寄進したいの。受けて下さる?」
「離宮とはいえ、王家の敷地ですよ。むしろ主神の教団が相応しいのでは」
「あなた達は、これから教団を大きくしていくのでしょ。
それには、建物も資金も必要でしょう。使って下さい」
「火の君の想い出の宮では無いのですか」
「夫の愛刀は宝物庫に保管されています。義母のメイスと共に。
私はこの槍と、胸の中の想いがあれば十分なの」
「ありがとうございます。教団長に、確かに伝えます」
「どうか健やかに。私は国王と今後のことを話しましょう」
国王と王妃は、火の君から一人息子である王子について、強く叱られました。そして、離宮「火の宮」を教団へ寄進したこと、これから火の君が王城を離れて旅をすることも。王子の未来を見ると、面白い子になるけど、またいずれお話ししますね。
かつて、精霊王と歌姫夫婦は、精霊と人の間を取り持って、暮らしやすくなるように努めました。彼らの子である、水の君・土の君はその仕事を引き継いでいます。
火の君は弟達の手伝いをするつもりです。
温和な弟達にしてみれば、畏怖する姉ですから、混乱は生じました。
「「姉ちゃん、王家に帰ってくれよ」」
って悲鳴が上がったけど、火の君は涼しい顔してるわ。
華の母様の部屋へ通された、村娘姿のサッキュバスはニコニコしています。
「妹とは聞いてるけど、あなたはお姉さんよりあどけないかな?」
「私ってお子様風味ですか?」
「ううん、雰囲気が違うだけ。そんなことないない。
ただねえ、私は飽きちゃったから、役に立たないかもしれないわよ」
「でも、姉が信頼する方ですもの」
「悪友の妹なら、面倒見なきゃね」
「それにしても、私達と作りが違うのですね。飽きるなんて!」
「あなた達には、ご飯だものね」
「ですです」
「村の衆に気を使ってくれてありがとう。羽伸ばしていいわよ」
「わーい」(村娘姿の偽装を解きました。大きな翼をパタパタしています)
「事情は聞いてるけど、あなたこれまでどうしてたの?」
「今と同じくらいに力を絞れば、影響受けない人達と組んでいました」
「そうよね。あなたが未熟なのもあるけど、今のPTの子達が敏感なのもあるかな」
「両方あるかもですね」
「あなたは、どうしたいの?」
「えっと、代替食で我慢するのも原因だと思うので、
私を繋ぎ止めてくれる方が欲しいの」
「いいわね。さっきの村娘姿に戻れる? でかけるわよ」
華の母様は、碧のいない小町の母様の宿屋へサッキュバスを連れてきました。
小町の母様の部屋へ通されます。サッキュバスは緊張して黙っています。
小町「あら可愛い」
華 「可愛いでしょ。で、こういう事情なんだけど――」
小町「うん、その判断はいいと思う。それで、私に出来ることは何かしら」
華 「碧の親、つまりあなたの孫娘って、お兄さんいるでしょ」
小町「ああ、うちの次女の長男が独身なの覚えていてくれたの?」
華 「
小町「何で口ごもるのよ?」
華 「村の伝説じゃない。
あなたたち夫婦、新婚当時にこの宿の床をぶち抜いたんでしょ?
それで補強したって聞いてるけど」
小町「待って。それ、語り継がれてるの?」(頬を染めている)
華 「300年も前のことだもん、いまさら赤くなること無いじゃない」
小町「あれは、初夜だからって、夫が張り切りすぎたの!!!!!!!」
華 「あーら、床ぶち抜いて、ベッドも壊して、あなたは無傷な時点で、
丈夫な体のお似合い夫婦じゃないの?」
小町「……」(赤くなってアウアウしている)
華 「ごめん、からかいすぎた。朱君は、戦い方も、学識も、族長と似ているけど、
そっちも似てるかなって」
小町「そこまでは、孫でもわからないわよ。
ていうか、サッキュバスちゃんがドン引きしてるんだけど!!」
サ 「違います。感動しました! 床を抜いた話を詳しくおきかせいただいても?」
小町「それはもう許して」
サ 「ドキドキして聞いてましたのに、残念です」
小町「孫息子の朱は、王都の『鉄棍会議』に勤める仕事人間なの。
竜族の亜人だけど、あなた興味ある?」
サ 「小町魔王様の伝説を伺って、超会いたくなりました!」
そんなわけで、イルカちゃんに乗せて貰って、小町の母様は村娘姿のサッキュバスを連れて、孫息子の朱の家へやって来ました。朱は体が大きく、首は太く胸は厚く肩も服が窮屈そうなくらい盛り上がっています。でも、尻尾と体の一部に少し赤い鱗があることをのぞけば、人間と変わらないわね。彼が竜化すれば、全身鱗に覆われ、顔も竜になるのでしょう。
朱 「おばあさま、ご無沙汰しています。そちらの女性は」
小町「うん。あなたずっと独身じゃない? お見合いしてほしくて」
サ 「……」(朱のみなぎる生命力にボーッとしている)
朱 「おばあさまに、そこまでご心配をおかけしていたとは」
小町「いいのいいの。それよりサッキュバスちゃん、あなたなんで黙ってるの」
サ (好み過ぎて、言葉が出ません)
小町「朱。あなたのこと気に入ってくれたそうよ」
サ 「……」(もじもじ)
朱は優しく微笑みました。
朱 「おばあさま。何かワケがありますね?」
小町「じつはね――」
朱 「ほう。おじいさまの、やんちゃな伝説から私に白羽の矢が」
小町「そこは話してないのに、何で察するのよ!」
朱 「孫ですから。骸骨村は故郷です。当然、伝説も知っています。
妻でも恋人でも同居人でも、受け入れますよ。私に飽きるまで、
好きなだけ居なさい」
小町「あら即決」
朱 「ご本人が話してくれないと、決まらないですけれど、私は構いません」
小町「あなた、即決できるのに、どうして独り身だったわけ」
朱 「縁がありませんでした」
小町「この子、モンスターなのは理解してる?」
朱 「私は、竜族と人間と魔王の血を引いています。大したことではありません」
小町「で、サッキュバスちゃんはどうしたいの」
サ 「……冒険者をしているので、おうちのこととか疎かになると思いますけれど
こんな私でも妻にして頂けますか」
朱 「構いません。家のことは、今も私がやっていますから」
碧のことがあるので、婚礼は彼ら2人だけで行いました。
サッキュバスのPTは淫らな夢から開放され、熟睡できるようになりました。
ただ、夫に会いたいから『鉄棍会議』の退勤時間に合せてダンジョンから戻ろうって言われるようになり、PTの仲間達は苦笑いしています。
火の君の離宮「火の宮」を寄進された教団長は、貴族趣味の富豪達へ調度品を売り払い、実用一点張りの家具類を少しだけ買い求めました。
「姐さん」
「なんだい」
「この絵画は、貴族趣味のヤツらでも買える代物じゃ無いですよ」
「だろうね。美の神の教団と交渉しな」
「行きます」
「姐さん。『ヴァンパイア村が羨ましい』という陳情が入りました」
「どこから」
「他の教団が集約してうちに投げて来ました」
「この忙しい時に。で、何が羨ましいのさ」
「『遊びに行くと楽しい。無害化したモンスターが名所になるとは』だそうです」
「じゃあ、武神のとこと話をつけて、うちの子20体くらい連れて、名所作りな」
「うっす」
「姐さん」
「あいよ」
「王城のエルフ様へ、送り込んだ10体のモンスターについてです」
「精霊から災害情報貰っても、動物と話せるヤツが少ない件だよね」
「はい」
「どうなった」
「これまでは、王城のエルフ様の部下が苦労していたので、助かるそうです」
「上手くいくようなら、武神のとこと相談して、もっとモンスターを集めな」
「やります」
教団を立ち上げたばかりですけれど、順調に仕事を回しているようですね。
ふふふ。教団長の「姐さん」が、頑張るほどに、彼女の代わりは現れにくくなるのだけど、そこまで気は回らないのは仕方ないよね。
お祖父様の洞穴に、ご先祖様スケルトンが1人、訪ねてきました。
彼らと話すことができる者は、限られているの。
「お前さんらが来るのは珍しい、どうした」
『小町魔王のところの碧(へき)ちゃんが、私達の長屋に来ましてな、
震えて泣いておるのです』
「そうか」
『あんな小さな子が泣いているのは、見ていられんのです』
「うむ」
『私達で出来ることなら、何でもしてやりたいのです』
「ありがとう。どれ、ワシが会ってみるか」
お祖父様は、ご先祖様スケルトンと共に、彼らの長屋へ向かいました。
ある部屋の隅で、碧が丸くなって泣いています。
「碧や、そんなところにおったのか」
「……」
「ワシと話すのは嫌か」
「嫌じゃないけど、僕病気らしいから、うつるよ」
「そうか。それでスケルトン達の長屋へ来たのか」
「うん。あの人達ならうつらないよね」
「ワシにもうつらん。そもそも、碧の病は、他人にうつるものではないのだよ」
「ほんとう?」
「ああ、本当だとも」
「碧は、お父さんと話すのが嫌だったか」
「ううん、びっくりして、逃げちゃった」
「そうか」
「ワシが説明すると、お前はまた困ってしまうかな」
「……怖いけど、頑張ってみる」
「まあ、無理をするな。碧は巨大化できるじゃろ」
「できるよ! 老ドワーフさんが作ってくれた大きなカゴに、
村の人を乗せて、領主の街の図書館まで運んであげたら喜ばれたの」
「うむうむ」
「僕のお母さん、今、お腹大きいでしょ? 僕、お兄ちゃんになるの」
「そうじゃな」
「カッコイイお兄ちゃんでいたいでしょ。
だから、大きくなるのが病気だなんて、嫌だよ」
「なるほどなあ」
「でしょ」
「そうじゃな。碧のお父さんもお母さんも、背が伸びたりせんじゃろ」
「お母さんは竜化すれば少し大きくなるよ」
「うむ。だが竜化しても背が伸び続けることはあるかな?」
「ないよ」
「『背の高さはここまで』と、体は出来ているんじゃが、碧の場合は、
巨大な体の方はその部分が壊れとるんじゃ」
「今の大きさで止めることは出来ないの?」
「出来ない」
「大きくなり続けると、死んじゃう?」
「体が耐えられなくなるか、精霊界へ溶け込んでしまうじゃろうな」
「それじゃ、カッコイイお兄ちゃんになれない。どうしよう」
「そのために大人がいる。お前が『カッコイイお兄ちゃん』になれるよう、
力を貸す。それにはまず、お父さんを安心させてやらんとなあ」
碧はお祖父様の背中にむしりつきました。チョコンと、肩から顔を出しています。
「なんじゃ、歩かんのか」
「賢者さんの背中がいい」
「そうか。では、行くかの」
お祖父様と、碧のことを、ご先祖様スケルトン達は優しく見送ってくれました。
カッコイイお兄ちゃんねえ。どう書き換えたら、碧の希望に近いのかな。
難問なのよね。
でも、なんとかする。
だって、私も、お仕事きちんとしないと、怠惰にしても楽しくありませんもの。
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