手のひらの付け根から中指の先まで
皆野友人
春は僕に出会いを運ぶ
4月。朝8時。風が肌寒く、ズボンのポケットに手をつっこんで歩く。立ち並ぶ木々の隙間から差し込んでくる朝日と木の陰が歩道の上でコントラストを浮かび上がらせている。明るい部分に差し掛かると、わざと歩幅を縮める。そのわずかな時間で感じる暖かさに喜びを覚える。僕は1限目の講義に出るために大学へと向かっていた。
北の大地、北海道。政令指定都市の札幌市は人口約200万人、日本の人気観光地で必ず上位となる全国で五本の指に入る大都市である。その札幌市の中心地、札幌駅から北へ進んだところに僕の通っている大学がある。広大な敷地には学部ごとに建物が点在しており、またそこら中に芝生が敷かれ木々が生い茂っている。さながら都市の中に突如として現れた森のようだ。
キャンパスの中心を通るメインストリートをさらに北上すると、増改築を繰り返しどんどん勢力を広げている工学部が見えてくる。僕はその巨大な建物の南側に建てられているガラス張りでできた2階建ての建築棟の中へと入った。
僕は大学で建築を専攻している。ここは建築学生が使っている建築棟と呼ばれる建物で、中は設計図を描くための製図台がずらりと並ぶ製図室となっている。僕は周りの学生からの挨拶に会釈で返し、自分の製図台の前にある椅子に座って講義の開始を待った。
腕時計の12のところで長針と短針が出会いかけている。今日の講義はすべて午前中で終わったが、それでも他の学生たちは製図室に残っており、各々集まって話に興じていた。僕も自分の席で時間を持て余しており、今朝の講義で教授が言っていたことを思い出していた。
設計の勉強をするにあたって、スケール感覚を持つことは重要である。それを養うには、まずは身近にあるものの長さを測ってみることが最初の1歩である。
「……ひまだしな。」
そうつぶやくと、僕はまず手当たり次第に周りのものを測り始めた。
製図台の高さ、椅子の幅、シャーペンの長さ……
視界に入るものをあらかた測り終え、手持ち無沙汰になると、ふと自分の手の平が目に入った。
手の長さを測ろう。
そう思い立つと、授業で使うために買わされたキーホルダー型の小さいメジャーの先を自分の手のひらの付け根に合わせた。シャーという小気味いい音を鳴らしながら中指の先までメジャーを伸ばす。
「20センチか。」
普段から見慣れているはずの自分の手が、20センチという具体的な数字で表されたことで、自分の中で実感を持った長さとなった。
20センチって、思っていたより短い。
そんなことを考えながらメジャーを手に当てていた僕に誰かが後ろから声をかけてきた。
「なにしてんの?」
振り返るとそこに立っていたのは、こちらの目を真っ直ぐに見つめている女性。
彼女は確かそう、
突然のことに驚いた僕は話す内容を整理できないまま、興味津々な彼女の疑問に答えた。
「その、自分の手の大きさを……。いや、スケール感覚養えって、先生言ってたからさ。」
「手の長さを測ってたってこと?ふうん、いいね。私のも測って。」
そう言って彼女は手を広げてこちらに向けてきた。なぜだか楽しそうな顔をしている。僕の言いたいことが彼女に伝わったことに安堵して、自分の手に添わせていたメジャーを巻き戻し、彼女の手の長さを測った。
「えっと、15センチだね。」
「ほう。なるほど。そっちは?」
僕の手を指さしながら聞いてくる。
「……20センチ。」
僕が答えると、手を出してと言う。言われるがまま同じように手を広げて向けると、彼女は僕の手に自分自身の手を重ねてきた。
「身長が高いと手もでかいんだね。」
彼女は手の大きさを確かめると、それじゃと他の人のところへ行ってしまった。すると先ほど彼女が歩いていった方向から楽しそうに会話する声が聞こえてきた。手の長さを測って盛り上がり、勝った負けたと競い合って笑っている。
僕はどうやら彼女の暇つぶしに話しかけられただけのようだ。
僕は彼女の手の温かさを感じた手のひらを少しの間見つめていた。
ハッと現実に意識が戻り、さりげなく周りを見てみる。僕に注目している学生はいなかった。その後することがなくなったので、立ち上がって帰り支度を済ませると、誰にも気づかれることなく建築棟を出ていった。
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