死神さんのお仕事
りも
1-1 無価値の魂
靴を脱ぐ。
小説で読んだ通りに倣った。
なぜ、そうするのか。理由は分からないけれど、靴を脱ぐだけで少し解放感があった。
準備を整えると、別の事が気になってしまう。
風が煩わしい。腰まである黒髪を今まで束ねずにいたけれど、屋上に吹く風は地上で受ける物よりも暴力的な強さだ。
綺麗に整えてくるべきだっただろうか。
しかし、私の変化など誰も気づかないだろう。なら、このままでいい。
校舎裏側は上から見ても暗く、物寂しい。けれど、その物寂しさが丁度良い。
深呼吸をした。
冷たい空気が一気に肺に広がり、一瞬の心地よさを感じた。
風が下から舞い上がり、長い髪の毛とセーラー服のスカートがふわっと持ち上がる。
今までならスカートを必死に抑えただろう。けれど、それももうどうでも良かった。
周りを気にしなくなると、こんなにも楽なのだ。素晴らしい。
それでも私はここから飛び降りる。
透明だった私が、本当の無色透明になるんだ。
「さようなら」
周りに人がいない事を確認し、勢いをつけて私は飛んだ。
浮いた感覚は刹那、一気に重力によって地面へと吸い込まれていく。
地面衝突する瞬間は痛いだろうか。不安が増していく。
目をぎゅっと瞑る。
怖い。でも、一瞬我慢すれば終わる事。
そう、ほんの一瞬。
「あのー、すみません」
落下中なのに、声をかけられた。
夢?
気づけば、降下している感覚がない。
恐る恐る目をあけた。
「きゃっ!」
校舎裏側は殺風景な為に窓などが無く、およそではあるが、4階建ての学校の2階の高さで静止していた。時が止まったかのように。
そして、目の前には小学生くらいに見えるセミロングの黒髪黒いワンピース、黒い靴の全身真っ黒の少女が浮いている。
「あ、あの?」
「いきなりで驚いたかもしれません。私、死神と申します」
「しに……がみ?」
想像上の存在のはずでは?
あまりに緊張して錯乱してしまったのか。
私は、これが走馬燈の一環であり、夢だと判断した。
「走馬燈って思ったよりも長いですね」
夢の存在である少女に話しかけた。
死神と名乗った彼女は一度首をひねった。
「あー、そういう風に解釈しましたか。まあ、そうですよね、死のうとしている時に死神が出てくるなんて、非現実的ですよね」
「もしくは、もう私死んでいるんでしょうか」
「まだですよ。時を進めれば10秒もかからずに死にますけどね。一応あなたの魂を回収にきたんですけど……あなた、基準を満たしていないんですよね」
「基準?」
「自分の意思で死んじゃう人達って、未練や憎悪、家族への申し訳なさからの呵責の念はあるけれど、生きる事への渇望、もしくは生きた事への満足感が足りない傾向にありましてね。天国に行くにも地獄に行くにも適していないんですよ。まあ、基本的に自殺者は地獄行きなんですけどね。法廷で情状酌量を認められない限りは」
死神は一気に、現代社会のルール外の事を話した。
よく分からない。そして、本当に現実感がない。
「あなたのいう事が本当だとして……もう死んでしまうのに基準がどうこう言われても困ります」
「いやあ、このまま死なれてもこっちが困るんですよね。変な人材を寄越したとなると、責められるのは私でして」
彼女はわけが分からない事を言う。全て終わりにしたいから私は怖さを乗り越えて死を選んだのだ。
どうして、引き止められてしまうのだろう。
夢なら早く醒めて欲しい。
「困ると言われても……」
「まあ、一度考えて下さいよ」
「何をです?」
瞬間、世界が白んだ。
頭が大きな手に思い切り握り潰されているような、圧迫感のある痛みが走った。
目を開けるとそこは、教室だった。廊下側の一番後ろの私の席に着席している。
(あれ?)
今まで、私何をしていたんだっけ。頭痛が酷い。思考がぼんやりしている。
「どうしたの、笹村さん、顔色悪いよ?」
「あ……」
話しかけてきたのは、左隣の席の高木さんだった。肩甲骨のあたりまで伸びている、綺麗に染められた茶髪は、パーマで綺麗に纏まっている。ほのかに化粧している彼女は、同性の私から見ても緊張してしまうくらいに美人だった。
今まで話した事は無かった。
そもそも、新しいクラスになって2か月、誰とも会話なんてしていなかった。
「えっと……」
上手く言葉が出てこない。人と話すにはどうすればいいのか、そんな事さえよく考えないと出来ない。
「調子悪いの?」
「そ、そう……です」
「ごめんね、すぐ気づかなくて」
驚いた。他人の不調を気づかないだけで謝る人がいるなんて事が。
人の優しさに触れた。
「今すぐ保健室つれていってあげるよ!」
「そんな、大丈夫なので……」
「ぼんやりしている私でも分かるくらい顔色悪いんだから、ちょっと休ませて貰った方がいいよ?」
「えっあの……!」
私はぐいぐいと高木さんに押され、いつの間にか保健室へやってきていた。
こんな人だったのか、高木さんは。オシャレで可愛くて、私とは住む世界が違う人。
その上、こんな冴えない私にまで優しくしてくれるのだ。
「あれ、先生いない。あ、入り口に今日は13時までしかいないって書いてある!もう少し早く気付いていたら間に合ったのに……」
時計を見ると今は13時15分だ。あと少しで昼休みが終わる。
「気にしないで。気持ちだけで充分です」
「何言ってるの。ベッド貸してもらって休んでて。今日は国語と体育だから、国語のノートあとで見せてあげるから!」
そう言うと、高木さんは私をベッドに押し込んだ。強引だけれど優しく。
「……」
「どうしたの?笹村さん」
「ご、ごめんなさい……迷惑……かけて」
「迷惑だった?」
「と、とんでもない……です……」
「だったら、ごめんなさい、じゃなくて、ありがとうって言って貰えると、私も嬉しいな」
「あ……」
私、今まで誰かにありがとうなんて言った事、無いかもしれない。
寂しい人生だった。
「ありがと……ございます」
「うん、じゃあ、また後で見に来るから」
高木さんは手を思い切り振って、そのままドアを閉めて出ていった。
私にとっては、嵐のような時だった。
初めてクラスメイトと話し、そして優しくしてもらった。
誰かと関わる時、どうしても心臓の音が自分で聞こえてしまうくらいに緊張してしまう。今日もそうだった。けれど、嫌じゃない。
寧ろ、高校生になって、初めて味わう爽快感が胸を撫でた。
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