咲人「えみはちょっぴり猪突猛進なもので」
「うーむ……」
パシャ
恒例の朝釣り。咲人の釣竿に本日三匹目のギョドンが釣り上げられた。かなりの好調だ。しかし、ナゴへ献上する
「むぅ……」
パシャ
四匹目がかかった。それでも咲人は機械的にギョドンを生簀に投入すると再び釣竿を振った。
そんな咲人の様子をナゴとアンが見つめている。ナゴは既に寄越されたギョドンを食べ終えて木の枝から。アンは生簀のギョドンの種類を見定めつつ。
「サキト、サキト」
「うん? どうしました、アン?」
「どうしたの? ぼぉ~、っとしてるよ?」
「えっ? あぁ、そうですね……」
パシャ
五匹目がかかる。しかし、今回は途中で吊り針が外れてしまい咲人が手にする前に逃げてしまった。
「あー、残念」
「…………」
アンがため息混じりに漏らした。彼女の見立てではあれは美味しい奴だったはず。現在生簀にいるギョドン三匹は美味しいのが一匹、不味いのが二匹なので咲人には是非美味しい種類をもう一匹釣って欲しかった。
そんなアンの隣で咲人は黙々と次の用意を済ませてヒュンと釣竿を振るった。
「…………」
「…………」
アンは立ち上がり咲人の隣に立つと、おもむろにそのお腹をつねった。細身の咲人だか壮年ボディは皮が良く伸び、摘まみやすいのだ。
「痛たたたっ⁉ アン⁉ 離して! 離してください⁉」
「話すのはサキトの方~! どうしたのぉ~⁉ 言う~!」
「わかった! 私が悪かった! 上の空でした! 離して!」
§ §
「……つまり、えみが心配だったのですが、それをメールに書けなくて……はい」
「ふ~ん」
アンの猛抗議に咲人が上の空だった理由を白状し終えると、彼女はじっと彼を見つめた。彼の語ったことに偽りはなかったが、その歯切れは彼には珍しく悪かった。なかば無視されていたことに対する留飲が下がったアンはそのことが気になり始めた。
「どうして、えみに心配って言わないの?」
「え、えーと……」
「サキトぉ……⁉」
アンが手を伸ばそうとすると咲人は観念して頬を掻き気まずそうに答えた。
「人は誰しも、言われても聞かなかったり聞けなかったり……まあ、そういうことがあります」
「うん。それでそれで?」
「親子でもそれは当然あって。むしろ、親子だからこそダメなことも多い、です」
「……うん」
「つまり、その……えみはちょっぴり猪突猛進で、頑固なもので」
「……サキトの言うこと、聞かない?」
「多分……今回の件に関しては……はい」
「それで咲人はえみに言えない?」
「……はい」
じとー
「あ、アン⁉ なんですか、その眼は⁉」
アンの視線に耐えかねた咲人が狼狽する。アンが自分のことをヘタレだと思っているのではないかと彼は考えているが、実際とは異なる。
――サキトもえみのこと、言えないと思う。
エメラルドグリーンの瞳を細めてアンは少し呆れながら日頃の咲人の姿を思い浮かべていた。
「あっ、アン?」
「…………」
「なごー」
ナゴが枝の上で退屈そうにあくびをした。
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