旭日「世間じゃそれを恋の始まりって言うんだぜ」
「ほわぁ~」
ランチタイム。
オフィス街の一角で大きなため息とともにえみがテーブルに突っ伏した。
「どぉした~? 新人に手ぇ焼いてんの?」
隣でえみの同僚で友人の朝比奈旭日がパック飲料片手に彼女の頭をつつく。
「そうじゃないけど、そぉでぇぇす」
「なんだそれ? 説明は簡潔にせよ、でしょ?」
午前の仕事を終えてからえみはシドナセドナにこのオフィス街の施設を一通り案内するつもりでいたが、彼の方から『一人で色々見て回りたいので』と断られ旭日と昼食を共にすることになったのだ。そして、テーブルに着くなりこの様子だ。
「ん~、仕事については順調です。日本語通じるし理解も早い。横やりは基本入れないけどイイ感じに質問も投げかけてくれます。それは会社の決まり事なのか、日本の習慣ですかってたまに質問もするけどウザイとは思わない」
「おー、いい生徒じゃない」
説明は相手次第で必要とする労力がかなり変わる。良い反応や質問を返して説明の質を良くしてくれる相手は教える側にとってありがたいものだ。
「しかしながらぁ、ですよー」
「ええ、はいはい」
「なんかね……見てるんです、私を」
「は?」
えみは旭日に心労の原因について語る。
ふとした瞬間に彼からの視線を感じる。初めは気のせいだと思っていたが、それにしては頻度が高いし、朝礼の時からそうだった気がするというものだ。
「なんか握手したときも変な感じ、したし」
「……ねぇ、えみ。その話アタシ以外にはしてない?」
「してないよ」
「そうね。それが正解よ」
旭日のオデコが一瞬きらりと煌めいた。
「……どーしてぇ?」
「ぶっちゃけ、アンタが新人のイケメンを意識してるようにしか見えんわ」
「ハハハ……そぉかー」
乾いた笑いでえみが応じる。他の人が彼の担当でこんなことを言っていたなら、えみだって同じ感想を抱くことだろう。日本では珍しいタイプだが、彼の容姿が整っているのは間違いないのだから。
「で、実際どーなのよ?」
「ただただ、困惑しております」
「ホントかぁ~? フリーなんだろー? いまぁ」
旭日が指でえみの頭をぐりぐりと押す。普段の旭日であればここまで追及はしないが、先日同僚にして友人のシノこと篠崎信乃が口にした懸念もあり、そういう訳にもいかないのだ。
「そうだけど、そんなんじゃないよ」
えみにとっては困惑と教育担当としての責任からくる緊張が感情の大半で、シドナセドナに対する個人的な想いと呼べるものは皆無に近い。旭日に頭をぐりぐりされていてもどこか上の空だ。
――ボロは出さないし、新人にも想い入れナシか……。
旭日はえみが現在よからぬ男と交際しているのではないかという懸念を抱いている。それを確かめるためにカマをかけてみたが反応はイマイチだ。もっとも
――こういうときに限って真面目に外回りしてるとは……あの、おかまピアスめ!
この場にいないシノに内心毒づきながら旭日は歯がみした。彼女のイライラを知ってか知らずか、顔を上げたえみが反撃を開始する。
「私より旭日こそどーなのよ? イケメンだよ? 旭日が好きなイケメンだよ?」
旭日の男の好みは第一が顔である。自他ともに認めるよろしくない
「……たしかにカッコいい。けど、アタシの好みとは違う」
「その心は?」
「ちょっと……強すぎる、かな? もっと儚げな感じが、いい」
「…………」
えみはシドナセドナの体格を思い浮かべた。背は高く痩身と細マッチョの中間くらいで印象はスマートだ。あそこから儚げな方向へ傾けていったらヒョロヒョロとして頼りないのではないか、というのがえみの感想だ。
「……旭日の趣味は分からないなぁ」
「うっさい。とにかくアタシはタイプじゃない。いい機会だし意識してみたら?」
「えー?」
都合の悪い方へ話が向かい始めたので、旭日は話を打ち切ることにした。ついでに新人を推してみて友人の反応を
「いいじゃない。感じてるのは違和感でも、気になる相手に違いないんだからさ」
「違和感から始めるの?」
「じゅーぶん! 世間じゃそれを恋の始まりと騒ぎ立てるもんよっ」
「世間様はずいぶん恋愛至上主義なんだねぇ」
「なにババ臭いこと言ってんだか」
旭日には友人の色気のない反応の真意が読み取れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます