娘の応援、お父さんに翼を授ける 

 水を一気飲みしてグラスを叩きつける様に置きながら咲人は呻き声を上げていた。なにかもう、色々が限界で、いっぱいいっぱいであった。


「……どうしましょーね?」


 咲人の虚ろな目がシンク脇に置かれたドリンク剤の空き瓶を捕えた。

 商品名は漢気ビンビン丸。


「もう、いっそ私も飲みましょうか? 漢気、足りてませんから、ハハッ」


 乾いた笑いを漏らしながら瓶を手に取る。

 えみもエライ物をこのタイミングで送ってきたものだ。


「もう一度、文句のメールを送らないと!」


 そういきり立つ咲人であったがその時、彼の頭に閃きが走った。


「まさか……! これは娘からの試練……⁉」


 アンと咲人の関係が大きく変わりかねないタイミングで送られてきた、妻の写真とアダルトなグッズ。

 それの意味するところは――

 アンとの関係がより踏み込んだものになっても構わない、だが母のことは忘れてくれるな。そしてアンの手を取るのなら、彼女もまた幸せにしなければならない。そのような娘からの戒めとエールに他ならないのではないか⁉


「えみ! すっかりえみも大人なんですね……!」


 そうであるならば、咲人は逃げられない。

 人生どうにもならないことは山ほどある。大人咲人はそれをよく知っている。

 けれど、娘の声援を背に受けて退けるほど咲人はまだ大人としよりではないのだ。


「これに頼る機会は……まだ、先です」


 空瓶の向こうにえみの存在を感じながら、お父さんは出陣した。


「……お待たせしました、アン」


 リビングの扉を開けるとアンがきょとんと咲人を見た。

――あれ? なんだか、咲人がカッコイイ。



 § §



「んっ!」

 

 ぽよん、と魔力放出。


「ふぅー、んっ……!」

 

 ぽよよんっ、と魔力注入。

 状況は先ほどと変わらない。

 アンは咲人のために相変わらず一所懸命だ。

 魅惑すべすべ霊峰ふにふには咲人の身体を撫でる。それはまさに天高くそびえる障壁であった。


「んっ!」

 

 ぽよん、と魔力放出。


「ふぅー、んっ……!」

 

 ぽよよんっ、と魔力注入。


「…………」


 しかし、咲人の心はいま更なる高みにあった。エナジードリンクが翼を授けてくれるかは定かではない。だが、娘の声援はお父さんを天高く羽ばたかせるものだ。

 そう、このとき咲人の心は鳥であった。

 

「んっ!」

 

 ぽよん、と魔力放出。


「ふぅー、んっ……!」

 

 ぽよよんっ、と魔力注入。


「…………」


 魔力の注入が完了した。

 アンと咲人に魔法の力によるえにしが結ばれた。



 § §



「えみ! お父さんはやりましたよ……!」


 咲人は天を仰ぎ、拳を掲げた。

 お父さんは娘からの試練を乗り越えたのだ。

 それが本当は存在しなかったものだったとしても、咲人はやり遂げたのだ。

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