咲人「甘噛みくらいでいいですか?」

「咲人の、熱い」


 手を重ねて身体を密着させた状態でアンがささやく。


「……仕方ないですよ」


 動悸で揺れ動く彼女の肉体と荒い吐息を肌で感じながら咲人は答える。


「私、こういうの初めてだから……優しくしてね?」


 か細い声をアンは振り絞る。呼吸と共に揺れていた身体がぶるっと震えた。

 その姿がはかなげで咲人は彼女の頭をポンポンとたたき、耳元で囁く。


「大丈夫ですよ、アン」

「うん」


 重ねた手が握りしめられた。

 その暖かさにアンとの繋がりを感じながら咲人も手を握り返した。

 わずかな間を挟んでから二人は同時に笑った。これならもう、大丈夫だろう。


「それじゃあ、アン……」

「うん……」


 アンの準備は整った。


「甘噛みくらいで、いいですか?」

「ううん。歯は立てて……」


 彼女が顔を横に振る。白金色プラチナの髪が甘くなびいた。

 咲人は苦笑いを浮かべて質問を重ねる。


「加減はどうしましょう?」

「痛い……くらい、がイイ」


 気丈にそう言うアンの強がりには笑わずに応えてやるべきだ。

 そう思い咲人はそれ以上は何も言わずにアンの身体に触れた。

 こうして二人は結ばれたのだった。



 § §



――なんですか⁉ いまのやたらおピンクな回想はなんなんですか⁉

 丹湖門咲人はハッとした。

 目の前にはアンのエルフ耳がある。いまは二人に魔法的な繋がりを結ぶため、そしてアンの余剰な魔力を消費するための行為の最中だったのだ。

――ただアンの耳を齧るだけ。それだけだ。

 そう、いかがわしいことなどなにもない。

 いかがわしいことなど、なにもないのだ。

――アンだって恥ずかしいはず! ここは私が男にならねばっ……!

 ままよと咲人はアンの耳に噛みついた。


「んんぅ~‼」


 悩ましい呻き声を上げながらアンが胸の中で身もだえする。

――さあ! アン! 魔力を!

 咲人は覚悟を決めてアンからの魔力供給を待った。なのだが―


 ポンポン


 肩を叩かれる。アンを見るとふるふると首を振った。


「違う、咲人。先の方じゃ駄目。もっとコッチ」


 アンが自身の耳を指さしている。噛むならこっちだと言わんばかりに。


「あ……はい、すいません」


 咲人はとても恥ずかしい気持ちになった。

 なんだか、童貞に戻ってしまったような気分だった。



 § §



――耐えるんだ! 視界が霞かけているけど、耐えるのです丹湖門咲人!

 涙目になるのを堪え、体制を取り直してアンの耳に迫る。

 アンが指定した部分は人間の耳でいうなら耳たぶの辺りだ。もっとも、エルフのピンと尖った耳に耳たぶはない。加えてその耳は人間のそれと比べると後頭部寄りの位置から生え出ている。

 つまり、その位置を噛むとなると頬と頬をくっつけるほどに顔を寄せ合い、いままで以上に身体を密着させる必要があるのだ。

――何事も失敗はつきもの。大切なのは立て直したのちに反省することです!

 揺らぎかけた大人の貫禄で追撃の誘惑を振り払い咲人はアンの耳を食んだ。目配せするとアンは頷く。咲人は噛む力を強くする。加減がちょうど良くなったのか、アンが魔力を開放、注入を開始した。

――むぅ? 熱いほどではないけど、ぬるい、ナニカが入ってくる?

 咲人には魔力の開放は感じられなかったが、注入が開始されるとわずかにだが身体に変化が生じた。

 霧とも水ともつかない存在が肌に触れ流れ込んでくる。わずかな温かさとくすぐったさが同居した不思議な感覚。ぬるめのサウナにいるような、あるいは炭酸泉に浸かっているような、そんな感触だ。

――けれど、不快な感じはしない。むしろ心地いい。

 出だしでこそつまずいたが、魔力の注入は無事に終われそうだ。

 咲人がそう思った時だ――


「んっ!」


 ぽよん


「…………」


「ふぅー、んっ……!」


 ぽよよんっ


 咲人の胸の中でアンがもぞもぞとしていた。

 なにやら踏ん張っては腰を浮かすような動作を繰り返している。

 掛け声のような吐息と共にアンの双丘がぽよぽよと上下に揺れている。

――ああ! この娘はいったいなにをしているのでしょうかっ⁉ 

 そうは思いつつも、咲人には察しがついていた。

 おそらくは魔力の放出か注入のどちらかを順調に進めるために頑張っているのだ。


「んっ!」

 

 ぽよん、と共に魔力放出。


「ふぅー、んっ……!」

 

 ぽよよんっ、と共に魔力注入が行われているようだ。

――アンは頑張り屋だけど、周りが見えなくなることが多いな。


「んっ!」


 ぽよん、と魔力放出。


「ふぅー、んっ……!」


 ぽよよんっ、と魔力注入。


「…………」


 その都度、魅惑すべすべ霊峰ふにふにが咲人の身体をくすぐる。


「んっ!」

 

 ぽよん、と魔力放出。


「ふぅー、んっ……!」


 ぽよよんっ、と魔力注入。


「……アン」


 咲人は口を開きアンの肩を掴んだ。

 

「すみません、休憩させてください」

「えっ?」

「どうも初めて魔力を流されたせいか、身体が熱いんです。少し水を飲んできます」

「でも……」

「ごめんなさい。身体が熱いんです」


 咲人はアンほど頑張り屋さんになれなかった。

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