空飛ぶナゴ

「ホントに珍しい魔獣なんですか? あなたは?」

 

 早朝。毎朝恒例の釣りに咲人が出かけると木の枝にナゴがいた。

 風ナゴ、猫に長い尻尾と耳が生えたような外観の小型生物は先日と同様にお座りの姿勢で鎮座していた。


「なごぉ~」

「……そこはせめてナーゴと鳴いていただきたかった」


 咲人はこの生物を見ていると何とも言えない気持ちがこみあげてくる。

 全体的にバッタ物臭い、なにかが違う……という想いにとらわれてしまうのだ。ふてぶてしい表情がその感情に拍車をかける。


「ま、まあ、いいです。多分アレはそんなに危険な存在ではないはず」


 咲人は気を取り直して釣りを始めた。ナゴはあくびをするだけで移動はしない。


「なごぉ~」



 § §



「よしっ!」


 釣り上げた三匹目のギョドンを岸辺にこしらえた生簀いけすへと放す。


「さて、どうするか?」


 釣り始めてまだ十分と経っていない。今日釣れたギョドンはどれも美味しく食べられる種類なので、食糧問題的には切り上げて大丈夫なのだが、どうにも釣り足りない気分だ。どうしたものかと思案していると咲人は視線を感じた。


「……まだ、いたんですね」


 ナゴだ。先ほどから一歩も動いていないのではないかと思えるほど位置が変わっていない。いや、向きが変わっている。確実に咲人の方を見ていた。


「なごぉー」


――なんだろう、この状況は? 実はピンチ、とか?

 相手をせずにいたがナゴは魔獣だ。魔法で攻撃なんてされたらひとたまりもない。即時撤退が頭をよぎるが、咲人も異世界で暮らし始めて数か月が経っていた。

――せめてギョドンの一、二匹は回収してから逃げましょう。

 そろりと咲人は生簀いけすに近づく。ナゴに動きはない。

 生簀いけすの傍まで到着。ベルトに通しているポーチからジッ〇ロックを取り出す。

――ここが勝負……!

 咲人はナゴから目をそらさずに生簀に手を突っ込みギョドンを掴む。白いヤツメウナギのような一匹を捕らえた。よしと咲人が思った瞬間――


 くわっ!


 ナゴの半眼がしっかと開いたのだ。


「あっ……」


 ふてぶてしい印象を抱かせる瞳を開き切り、長い耳も立ち上がっている。それはまさに猫の表情だ。 


「…………」

「…………」


 両者の間に騒がしい沈黙が流れる。

 咲人が掲げるようにギョドンを持ち上げる。

 ナゴの視線がギョドンを追う。

――まさに、猫だな。

 咲人はギョドンを握った手を上下に揺らす。

 ナゴの顔がくりんくりんと上下に動く。

――これなら、いけるかっ!

 咲人は思い切ってギョドンを放り投げた。

 ナゴの視線がギョドンに注がれる。


「いまだ!」


 咲人は生簀の中身をジップ〇ックに放り込んでから、一目散に駆けだした。

 一息で走れ切れる距離を駆けると咲人は振り返った。


「飛んでる……⁉」


 ナゴの姿は中空にあった。口にはギョドンを咥えている。

 四肢をだらんと垂らして釣り上げられたクレーンゲームの景品の様な体勢だが、どうやら魔法で飛翔しているようだ。

 咲人は呼吸を整えると胸元から取り出したスマホでナゴの姿を撮影した。



 § §



「ふぅん……それで?」

「い、いや……私、ピンチでしたので」


 食卓に微妙な雰囲気が漂う。

 左側からひしひしと伝わる視線に咲人は弁明する。

 食卓には一皿の焼きギョドン。サイズは小さい。


「このギョドン、小骨多くて食べにくい……」

「わ、私が取り分けますから……!」


 じとーとエメラルドグリーンの瞳が咲人をねめつける。


「……あ、アン?」

「食べさせて」


 じとー


「……はい」

「うん♪」


 咲人はナゴにもアンにも勝てない。

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