だけどサキトのばか……」
――サキトはいまはこのままでもいいと言ってくれた。
それならアンも応えないといけない。
「……うん」
頷きアンは咲人の手を取る。
「うん。一緒にいよう?」
「はい」
サキトは微笑みその手を握る。アンも握り返す。
二人は笑い合った。
§ §
「帰りましょうか? 家に」
「うん」
繋いだ手を離すと咲人はバックパックを取りに向かう。
その背にアンが声をかける。
「ありがとう。サキト」
「えっ?」
突然のありがとうに咲人は首を傾げる。
アンが穏やかにほほ笑んだ。ほんの少し寂しそうに。いままでアンが浮かべることのなかった表情だ。
「知ってたよ。サキトの大事な人がそこにいるって」
そう言って彼の胸を指さした。
「ああ、えみのことです――」
「違う。えみも大事だけど、もう一人……いる」
内ポケットのスマホ――えみのことを指しているのかと咲人が言いかけるとアンは否定する。
「ずっとサキトが、いつもサキトが、大事にしてる人」
「…………」
「それでも、一緒にいてくれる。だから……ありがとう」
咲人はそれになにも答えられなかった。
アンもそれ以上なにも言わなかった。
§ §
咲人が口を開きかけては閉じてを繰り返し、アンがほほ笑んだままの状態が数分続いた。やがて観念した咲人が『帰りましょう』と言い荷物に手をかけた。
トットットッ
「ありがとうサキト、嬉しいよ」
その背中にアンが抱き着いた。
「けど、胸が痛いよ。なんでかな?」
触れたアンの手が咲人の胸を撫でる。
ただ咲人はその手に自分の手を重ねるだけで何も答えてくれなかった。
――サキトのばか。
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