監視者:セフィロト

 次元連結、安定。

 《ルーン》から《揺り籠》への物質の転送……完了。

 次元連結の解除を確認。


 ウロボロス  連結

 トリニティ  分離

 プロビデンス 閉鎖 


 術式プログラム箱舟アーク》を完了します。

 女性の合成音声が淡々と儀式の終わりを告げた。



 § §



 途端に円卓に漂う空気が弛緩した。

 六本木にあるタワービルの一室。暗い部屋には十人の男女が集まっている。

 いや、それは正確ではない。十人のうち八名は姿こそ目に映るがそこに実在してはいなかった。ホログラムのように姿を投影しているに過ぎない。

 加えてそれを可能にしているのは科学の力ではなく魔術によるものだ。

 彼らはセフィロトと呼ばれる魔術士、魔術結社リバティスミスの最高位十名だ。

 円卓中央に座した男、ケテルが口を開く。


「儀式は無事完了だ。私はグランドマスターの元へ報告にゆく。皆、しばし待て」


 そう言うと同時にケテルの姿はかき消えた。

――ちょっとトイレに、みたいな感じで空間転移するわね。我らが座長は。

 今回儀式でケテルと同室に居合わせた女性、コクマーはその力量に舌を巻いた。儀式の終了と座長の退室で場の空気は更に緩やかになる。


「なんやかんやと《箱舟アーク》の運用もスムーズになりましたねぇ」


 こういうときに口火を切るのは決まってマルクトだ。

 コクマーはこの男とはソリが合わないが、それには同意した。

 すると、皆も同意の言葉を口にした。


「我々セフィロトが一堂に会する機会が増えに増えて困っちゃいますけどね~」


 困っている様子が微塵も感じられない調子でマルクトが笑う。

 あんたは気楽でいいわね、とコクマーは毒づいた。


「ならば、コクマーも隠居してみては? 退屈ですよ~? 裏社会の重鎮なんて」

「マルクト……少し、煩い。コクマー……疲れてる。儀式、確かに……多いから」


 コクマーを煽ろうとするマルクトだったが、ぼそぼそと喋る少女、ケセドがそれを遮る。ケセドの言う通り連日儀式の連発でコクマーは少なからず疲弊していた。

 事態の中心が日本であるため、日本在住のコクマーが現在儀式の中核を担っていることが原因だ。椅子にもたれて彼女は天井を見上げた。


「「コクマー姉さん……」」

「俺に出来ることが」「私でよければ」


 すると、二人の男が同時に立ちあがり――


「ああぁん⁉」「なんだ、貴様?」


 三秒で喧嘩を始めた。

――この馬鹿二人も頭痛の種だわ。可愛い後輩ではあるけど。


「座りたまえ。ネツァク。イェソド」


 混沌とし始めた円卓に威厳ある声が響く。ケテルがいつの間にか着席していた。

 ネツァクとイェソドと呼ばれた若い男二名は無言で着席する。

――ありがとうケテル! 無駄な胃痛を味わわずにすんだわ!

 コクマーは心の中でケテルを拝んだのだった。



 § §


 

 セフィロトの諸君には苦労をかけている。まずは礼と謝罪を。

 本案件は予断を許さない状況であると判断し、ケテルを日本に駐在させる。

 加えて今後のコクマーの負担軽減のため、交代で以下の三名を訪日させる。

 ケセド、ティフェレト、マルクトはその任に当たれ。

 なお、本件の内情調査は魔術結社サイドの本隊で行う。セフィロトは儀式を優先するように。


「以上がグランドマスターからの言葉だ」


 ケテルはそう結ぶと周囲を見渡した。コクマーは妥当な判断と自身の負担が軽減されることに安堵していた。


「…………」


 しかし、一名だけイェソドは俯き考え込んでいるように見えた。


「イェソド。懸念があるのなら発言するといい。このような事態、我らとて初めてのことだ」


 すると副座長のティフェレトが発言を促した。イェソドは顔を上げケテルを見やってから口を開いた。


我々セフィロトがここまで介入しなければならない問題なのでしょうか? 本案件は?」


 本来セフィロトが集結することなど十年に一度もないことだ。

 それがこの頻度で集まり集団魔術を行使するなど異常ではないだろうか。それがイェソドの主張であった。

――まあ、堅物なイェソドあたりはそう言うわね。

 確かにそれは正論である。コクマーはケテルの反応を待った。ケテルは腕組みしイェソドをじっと見つめた。


「行動方針の変更はない。イェソドには近いうちに個別に説明を行う」


 猛禽類の様な眼光にライオンのたてがみを思わせる髪の偉丈夫はそれだけ言い切ると、閉会を宣言した。

――まあ、そうなっちゃうわよねぇ。

 コクマーはイェソドを少し気の毒に思ったが、何も口にはしなかった。



 § §

 


「では、私も失礼します」

「……コクマー、少し待て」


 儀式後の会議も終わり帰宅しようとコクマーが声をかけると、ケテルは彼女を呼び止めた。


「はい、なんでしょうか? ケテル」

「イェソドの件だ」


 その言葉に、コクマーの背筋を寒気が襲う。

 女の勘は鋭い。

 そして、魔女の予感はもはや予言の域に達する。


「この件では、お前に苦労をかけることになるかもしれん」


 その時は宜しく頼む。そう言って珍しくケテルはにやりと口角を釣り上げた。

 力ある者が口にすれば、未定の予定も未来の確定事項となる。

――まあ、そうなっちゃうわよねぇ。

 コクマーは苦難から逃れることは出来ないようだ。

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