いままで:丹湖門咲人

「ふぅ~~!」


 咲人はソファに寝っ転がった。今日は明らかに飲み過ぎてしまった。

 異世界問題に一つの区切りがつき、緊張から解放されたおかげだ。

――アンビエントさんがあんなに笑うのを初めて見たな。

 今日はこの異世界での相棒であるアンビエントにも酒を薦めた。

 始めこそ微妙な表情であったが、一口で缶ビールの虜になってしまったようだ。

 いまアンビエントは食卓を片付けている。

 片付けを申し出たアンに甘え咲人はソファに沈み込むように身体を預ける。

――今日は楽しかった。女性とわいわい酒を飲むなんて、しばらくなかったし。

 愉快な晩酌に想いを巡らせる咲人だが、瞼が重くなり、閉じかけている。

――い、いかん。けど、ねむい。

 これではアンに迷惑を、などと思いながらも咲人は眠りに落ちてしまった。

 だからだろうか。彼は彼女と出会った時のことを夢に見た。



 § §



 退職と前後して登山を始めて約一年。日帰りで挑戦できる近隣の山々の大半を踏破した咲人は山小屋泊や縦走への挑戦を視野に入れはじめていた。

 そこへ友人から彼が所有しているロッジを使わないかという誘いがあった。その誘いを受けて咲人は意気揚々と出掛けたのだった。手入れの行き届いたロッジを拠点に咲人は山遊びに興じるつもりでいた。

 異変は三泊目の朝に起こった。いや、正確には起こっていた。ロッジから日帰りで行ける山の一つを目指して咲人は早朝に出発した。しかし、歩を進めど目的の山へはたどり着かない。

 道に迷ったかと思い地図を拡げ現在地を確認したが、わからない。地形が地図のそれと一致しないのだ。昨日まではそんなことはなかったというのに。

 どうにかこうにか朝来た道へと戻りロッジを目指した。そしてその途中で小川を見つけた。当初予定していなかった距離を歩いたため水筒の中身は底を尽き、咲人はとにかく喉が渇いていた。

 止めた方が良いとはわかっていたが渇きには勝てなかった。

 そして咲人は生水を口にして、大いにあたってしまったのだ。

 猛烈な腹痛に苦しめられながら、いうことをきかない身体でロッジを目指した。

 しかしすぐに力尽きて地面に膝をついてしまった。そこに、草むらをかき分けて人影が現れた。この機会を逃すわけにはいかない。

 咲人は必死に助けを求めた。

 すると、そこには白金色プラチナの髪とエメラルドグリーンの瞳の少女――アンがいた。彼の懇願に対してアンは『助けることは出来ない』『村の仲間に助けてもらって』と答えた。いまいちかみ合わない応答に対して咲人は『君しかいないんだ』と助けを乞うた。

 終始オドオドしていて拒絶を口にしていたアンだったが、最後は咲人に肩を貸してくれた。

 咲人の案内でロッジへたどり着くと驚きを見せたアンだったが、彼をベッドへ寝かすと逃げるようにどこかへ行ってしまった。

 もっとも、次の日から彼女は外から咲人を観察しに来るようになったのだが。

 こうして、徐々にアンと交流しながら咲人は遅まきながら自分が異常な場所にいることを知るのだった。

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