仲直りの前に

「カッコつかない、ですよねぇ……」


 丹湖門咲人は苦笑交じりに呟く。

 実の娘から「喧嘩したなら仲直りしてきなさい」と諭されるというのは、男としても、大人としても親としても立つ瀬がない。


「まぁ、ここで躊躇ためらってはいわゆる老害ダメな大人に一直線ですね」


 男手ひとつで娘を育ててきた咲人にとって娘からみっともない父親と思われるのは勘弁願いたいものだった。

 齢六十といっても聖者ではない。むしろ衰えは身体だけでなく時として精神さえ蝕んでいく。だからこそ、どんなにささやかな歩みであっても止めるべきでない。少なくとも咲人はそう考えている。

――異世界であっても何事もまずは行動だ、ということか。

 ならば動こうと咲人は行動を開始した。玄関から外へと出て裏庭へ向かう。

――えみは段々と由美さんに似てきました。

 きっぱりとした勇ましい物言いは亡き妻の姿と重なる。

 若くして死別した妻の面影は当時のままだ。

 変わることない妻の姿に、老いた自分は取り残されるだけ、そんな考えが頭に浮かんだ。

――こういう物思いに耽ってしまうのは、仕方ないことでしょうか由美さん。


「なんにせよ、目の前の課題に集中だ」


 小さく自分に言い聞かせ咲人は歩みを止め、目の前の木を見上げた。


 「「…………」」


 アンビエントはビルの三階ほどの高さはあろう木の枝に立ち、こちらを見下ろしている。しかし瞳はせわしなく揺れ、エルフの長い耳は心なしか下を向いていた。

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