家財大量積載の家

榊 がくせ

家財大量積載の家

 東京都心のある一角には、35坪の、極々平凡とした2階建ての一軒家がある。

 家自体は平凡だ。しかし普通の家とは少々、いや、大いに異なっていた。


 彼はいつもどおり、家の前に立つと、家財で封鎖された玄関の右側にある小窓へよじ登り始めた。雑誌のせいで靴を履いては歩けないそこを、膝を使い進んで、窓枠へ近寄る。

 ガラスは割れていて、段ボールが窓に貼ってあるだけだ。どうにか窓枠へ行くと、段ボールを外し、中に入った。

 中が広いわけではないのだ。外の見た目と同じように――つまり家財に溢れているのは、何も変わらない。

 コンビニで買って来た食材を落さぬよう気を付けながら、這いずり2階へと進む。彼としては1階を居場所としても良いのだが、もう1階は天井下20センチほどしか隙間が無い。だから2階を主に使うことは、当然のことだった。

 2階へ着くと、彼はしばし安堵した。

 テレビの本体のスイッチを押す。リモコンはもうない(どこにあるのかも分からない)。だからチャンネルは、リモコンがある時に最後に見た、NHKのままになっている。

 カップ麺を食べる。お湯は無いので、カップの中に手でバラバラとほぐした麺を入れ、コンビニで温めた水を入れる。20分か30分でぐだぐだになった麺をぐだぐだと食べ、食べ終わればぐだぐだとし、いつのまにか狭い中での1日が終わる。

 それが全てで、後に残るものの、先に続くものもない。

 何もかもが止まっていた。

 2階の、雑誌に囲まれた、たった50センチほどの狭い空間、それとトイレが、この家の全てだ。


 いつものように酒浸り、粗末なものを食べ、トイレに這いずる。トイレのドアは開いている。これが閉まる心配はない。いつでも入れるように、開けた状態で物が積載されているからだ。

 トイレから出た後、ふと5センチほどの隙間から、玄関に目をやる。珍客がいた。

「佳代子、帰ってきたのか」

相手は、喋らない。

(まあ、いい)

その日はそのまま眠りについた。


 それから3日後、また佳代子が玄関に立っていた。

「それだったら奥まで来るといいじゃないか」

佳代子は喋らず、手で、物がいっぱいだから入れない、というジェスチャーを何度もした。

「そうか、奥に入れないと言うんだな。確かにこれじゃ、入れない。どうにかするか。佳代子がこの家に戻ってこれるように」

この時、彼は久しぶりに、自分が少し生きているような気がした。


 翌日、彼はなんでも屋に連絡を取った。家を埋め尽くしていた家財の処分を頼んだのだ。

(佳代子が帰ってくるんだったら、全然良い)

業者が来た。半ば彼らは呆れていたが、黙々と作業を行い始めた。

「ねえ、社長。これ、位牌と、あと家族写真。大事なものじゃないっすか。処分なんてしちゃっていいんすか」

「いいんじゃねえの。依頼したここの住人、全部いらねえって言ってんだもの」

作業員の1人は位牌を持ち上げると、

「居……なんとか、佳代子、なんとか。漢字が難しくて読めねえや。分かんねえ」

そう言って、位牌と家族写真を何事もなかったようにゴミ袋に捨てたのだった。


 そして家から何もかもが無くなり、同時に彼が佳代子を見る機会もなくなってしまったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家財大量積載の家 榊 がくせ @sakaki-stu-world

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ