009【2】

「……もう少しヘタれたりすると思ったんだけどね」


「フッ……今のあいつなら火の中だろうが水の中だろうが飛び込んで行くよ」


「ヘッヘッ、愛の力は無限大ってか?」


「おい二人とも!聞こえてるからなああああ!!」


「ヘッヘッへッ!残念だったなキョウスケ~聞こえるように言ってんのさこっちは!」


「うううう……!」


ハシゴを登りながら、顔を真っ赤にして必死に大声をあげるキョウスケに対して、グレイとジャックは意地の悪そうに笑っていた。

嫌な先輩達である。


「……むっ!あれは兵士じゃないか!?」


すると突然グレイは立ち上がり、一人の兵士がこちらに向かってくる姿が見えた。


「まっず!キョウスケちょっとの辛抱だ、しっかりハシゴに掴まっとけよ!」


「えっ!えっ!?」


キョウスケが困惑してる中、ジャックは土のブロックを地面にはめ込む。

グレイはその隙に顔が見えないように丸まった。


「ん?お前こんな所で何してるんだ?」


やって来た兵士がジャックに話しかける。


「いやいや……ここ数日何も食べとらんでなぁ……誰かに恵んで貰おうとここで座ってたんですぅ」


ジャックは腹を空かせた演技をし、兵士を欺く。さすがは盗賊、なかなかの演技力を持っていた。


「フン、ただの乞食かイヤラシイ奴らめ。我々なんかどれだけ使いっ走られてるか分からんというのに……」


見ず知らずの相手だというのに、兵士はぐちぐちと愚痴を零す。どうやらかなり鬱憤が溜まっているようだと、ジャックは感じた。


「兵士殿も大変そうですなぁ……」


「まぁな……そうだ食料だったな!パンのかじりかけだがお前にやるよ。言っておくが、これが最後の乞食としての食べ物にして、これからはしっかり励めよ!」


そう言って、兵士はジャックにパンを渡し、去って行く。


「……なあグレイ、オイラにはあいつらは悪い連中に見えなくなっちまったよ」


「……部下自体は元々悪くない。こういう時悪い奴ってのは大抵上にいる連中なのさ」


「そっか、ならアスタロトを倒してあの兵士も自由にしてやんねぇとな!」


そう言って、ジャックはグレイに兵士のかじりかけのパンを渡す。


「オイラ誰かが食べた後の物は食べれねぇんだ。どうにも気持ち悪くてな」


「……お前は鬼か」


グレイは呆れながら呟き、かじりかけのパンをモソモソと食べた。


「おっといけね!キョウスケを忘れてた!」


ジャックは思い出し、土のブロックを引っこ抜く。

そこには必死な形相で縄ばしごを掴んでいるキョウスケの姿があった。


「大丈夫かキョウスケ~?」


心配になり声をかけると、キョウスケは必死に涙を堪えながら。


「なんとか……でもさすがに怖かったかも……」


光も何もない真っ暗な場所に、足場の悪い縄ばしごに掴まっていれば誰だって恐怖するものだ。

それでも泣かなかったキョウスケは、やはり以前より微かに成長していた。


「ヘッヘッそうかそうか。いやさっきまで兵士がこっちに来ていてな、もういなくなったから登って来ていいぞ」


「うん……分かった!」


そう言って、キョウスケは再び縄ばしごを登って行く。相変わらず登りにくいことこの上ない縄ばしごだが、なんとか上り詰めてキョウスケは地上に出て来た。


「おう、お疲れさん。どうだったよ初縄ばしごの感想は?」


「暗くなった時は怖かったけど……でもできるなら木梯子のほうがよかったかな……」


「ヘッヘッ!ちげぇねぇや!そりゃオイラだって木梯子の方が登りやすいと思うもん」


ケタケタと愉快に笑うジャック。それだったら何故木梯子にしなかったのか……とキョウスケは思ったが、それを聞くのはあまりにも野暮なことだった。


「さて、そんじゃ全員揃ったし、まだ兵士の大多数は駐屯施設に戻ってないみたいだし、今の内に乗り込んじまおうぜ!」


「うん……なるべく戦うのは避けたいし、急ごう!」


三人は親衛隊の駐屯施設の方へ向かって歩き出す。

その途中、ふとジャックは思いついた。


「そういやオイラの魔技って何なんだろうな?」


ジャックはキョウスケと契約しパートナーとなった。そうなると、デビルサモナーの力によってその魔物が元々から持っている技、魔技を使うことができるようになる。


「そういえば……ちょっと待って」


キョウスケはポケットからジャックの刻印が入った魔札を取り出す。

しかし、何も反応は無い。グレイの時は赤い光を放ち反応したのに、そのような兆しすらまったく無かった。


「あれ……何も起こらない……」


「おいおい!もしかしてオイラには魔技は無いってことじゃ無いだろうな?」


何の反応も起こらない魔札に対して、呆然とするキョウスケと焦るジャック。

しかしそのカラクリを、グレイは知っていた。


「魔技が無い魔物なんか存在しない、多分あの餓鬼にもあるだろうからな。おそらく魔札自体が順応してないか、キョウスケの力がまだジャックを操るまで追いついてないかのどっちかだろう」


「えっ僕の力が?」


「ああ。前者なら時間が経てば使えるようになるが、後者ならキョウスケが成長しない限りジャックの魔技は使えん。実は俺も使えるのはヒートブレスだけじゃないんだ」


「そ……そうだったの!?」


初めて知った事実に、キョウスケは目を丸くする。


「魔技はべつに一人の魔物に一つだけいうわけではないからな。その魔物が強ければ強い程、三つも四つも持っている魔物だっている。ただしそれが使えるかはデビルサモナーの力次第だがな」


「僕の力次第か……」


キョウスケはジャックの魔札を握り締める。自分の力が及ばず、ジャックの本当の力を引き出せないのは彼にとって悔しいことでもあり、この先のアスタロトとの戦いを考えると痛手でもあった。


「ふい~……なんだそういうことか。でも今のキョウスケに扱えれないってことはそれだけ強いものかもしれないってことだろ?だったらそれはそれで楽しみだぜ!」


とにかく自分にも魔技があることを知り、ジャックは安堵の溜息をついた。


「まっそうとも考えられるな。もしかしたらアスタロトと戦う中で、キョウスケが成長して魔技を使えられるようになるかもしれないし……こればかりはその時にならないと分からないな」


「……僕が強くなったらみんなも強くなるってことか……分かった!もっと強くなるよ!」


キョウスケは握り締めていた、今は使えないジャックの魔札をポケットに直す。

次これを取り出す時は、きっとジャックの魔技が使えられるようになっていることを信じて。


「そうだキョウスケ!強くなれ!!ってことで今日から腹筋、腕立て、スクワットをそれぞれ百回ずつな?」


「フッ……ムキムキになってミレイと再会したらさぞ驚くだろうよ?」


「そんなサプライズ再会、僕も多分ミレイも望まないと思うよ……」


「ヘッヘッへッそんなこと無いと思うぜ?ムキムキになったらお姫様抱っこもできるようになるし、女の子なら一度はされてみたいことって何処かで聞いたことあるぜ?」


「そ……そうなんだ……うぅん……そうなんだ」


割と本気で悩み始める、純粋無垢な十二歳の少年。

そんな少年を惑わせて、面白がる魔物が二体。

どちらが主人で、どちらが使い魔か分かったものじゃなかった。

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