002【1】

夕方、ホームルームが終わりダイミョウ小学校に放課後がやってくる。

他の子供達はさっさとランドセルに荷物を詰め込み、あるいは友達と話しながら、あるいはかけっこをしながら教室を出て行く。

その中で一人、キョウスケはゆっくりと帰り支度をする。まるでナマケモノを見てるかの如く、ゆっくりと。


「おっそ~い!荷物入れるくらいパッパと終わらせなさいよ!!」


腕を組み、キョウスケを催促するのはミレイだ。

パタパタと小刻みに足を揺らし、キョウスケを急かす……がキョウスケはそれでも荷物をゆっくりと詰め込む。


「アンタねぇ……いくら屋上に行きたくないからってそんなことしてたら夜になって余計怖くなるわよ。あたしそうなったらさっさと帰っちゃうからね」


「えっ……」


今までミレイがどんなに催促しても、心を不動にしてきたキョウスケだったが、これには反応せざるを得なかった。


「どっちがマシかなぁ~?明るい内に屋上に行っちゃうか、くら~い校舎に一人取り残されちゃうか?」


「うぅ……分かった!分かったよ!」


ついにキョウスケは観念し、ナマケモノのようなスピードで荷物を詰めていたのを、人並みのスピードまで加速させる。

夜の校舎は、何もいないと思っていてもやっぱり怖い。一人でとも言われると尚更だ。

キョウスケの中の究極の選択は、何かいるかもしれないがミレイが隣に居て、明るい内に帰れる屋上を選んだのだ。


「よし終わったわね。じゃあ屋上にしゅっぱーつ!」


そしてその時はやって来た。

ダイミョウ小学校は三階建ての校舎となっており、六年生の教室は最上階の三階にある。つまり一つ階段を上ればそこは屋上だった。

二人は教室を出て、屋上に続く階段の前に立つ。


「……まだ何も聞こえないわね」


「……うん、そうだね」


階段の前では何も物音などしない。しん、と静まり返っているただの階段だ。


「じゃあ行くわよ……!」


ミレイは一歩、二歩と階段を上って行く。その後ろにベッタリ張り付くようにキョウスケも階段を上った。

しかし階段を上っても、やはり何も物音はしない。二人はついに屋上への階段を全て上りきり、屋上へと続く扉の前に立っていた。


「なんだ何もいないじゃない……」


「ホッ……」


物音など全くしなかったことに拍子抜けし、ガッカリするミレイと、胸を撫で下ろすキョウスケ。

結局のところ、噂はあくまで噂だけだったという話だ。


「ほらこれで納得しただろミレイ?じゃっ、サッサと家に帰ろうよ」


「…………」


何とも不服そうな表情を出すミレイ。まだ合点がいかないようだ。


「……そうだ!」


するとミレイは急に屋上の鍵を開ける。屋上の鍵は上げ下げで開けることの出来る鍵になっており、開けようと思えば誰でも開けられるようになっていた。


「ちょっとミレイ!!」


「本当に何もないか、この目で確かめないと気が済まないわ!」


その刹那、ガラリと屋上の扉は開かれた。

何もない、あるのは夕日で赤く染まる空があるだけ……そう思っていたのだが。


「キョ……キョウスケあれ!!」


ミレイの指差した先に、それは居た。

屋上の日陰になる場所で、一匹丸まって目を閉じている灰色の犬のような何かが。


「あれって……犬じゃない?」


「……そうみたいだね」


灰色の犬は二人には気づいてなく、静かに目を閉じている。


「でも何でこんなところに犬がいるんだろう……」


キョウスケの疑問はもっともだった。

そこら辺の街路にいるならまだしも、ここは誰も立ち入らぬ学校の屋上。常識的に考えると、犬などいようもない場所なのだ。


「もしかしたら誰かがイタズラでここに閉じ込めたのかも……酷いことするわね!」


ミレイはカッと怒りを爆発させる。

犬が一人でにここまで辿りつけるはずがない。そうなると、誰かのイタズラでここに連れて来られたと考えるのが妥当だ。


「ちょっと近づいてみましょうよ」


「うん……」


二人は屋上に踏み入れ、一歩、二歩と灰色の犬に近づいて行く。

キョウスケも犬と分かれば、先程までの恐怖は無くなっていた。

はずだったのだが。


「……やっと人間が現れたか」


二人の声以外の別の声がし、二人の足は止まる。

しかし二人以外に喋れる者などここにはいない。


「その扉を開けてくれたことに感謝する。何度体当たりしても今の俺では開けられなかったからな」


そう、話しているのは二人の目の前にいる灰色の犬だった。


「う……う……うわあああああああああああ!!!」


沈黙を先に破ったのはキョウスケだった。

物音の正体が幽霊の仕業では無かったにしろ、喋る犬を前にして冷静でいられるはずなど無い。


「い……犬が喋ってる……!」


さすがに肝のあるミレイでも、目の前の摩訶不思議に戸惑いを隠せなかった。


「俺は犬じゃない、ケルベロスだ。……と言っても今はこんな体だしそう思われても仕方ないか」


灰色の犬、いやケルベロスはそう言って立ち上がり、二人の元へ歩んでくる。

それと同時にキョウスケとミレイは一歩下がる。


「怖がることはない、何もしないさ。それより俺は人探しをしてるんだ」


「ひ……人探し?」


キョウスケが聞き返す。どうやらケルベロスが何かをしてくる様子はなかった。


「そうだ。人間の男の子どもを探していたのだが、子どもを探すなら学校がいいとやって来たのはいいものの、まさかこんな場所に降りるとは思わず、立往生していたんだ」


ケルベロスはそれまでの経緯を軽く話し、それからこう続けた。


「カンダ シュンジの息子、カンダ キョウスケを探している。何か心当たりはないだろうか?」


「カンダ キョウスケって……」


ミレイは自然と目線をキョウスケに持って行く。

カンダ キョウスケ、隣にいるくせ毛の多い男の子こそがまさにそれだった。


「ぼ……僕を探してたってこと……?」


キョウスケは正直に答え、ケルベロスの前に出る。

変に嘘を吐いても見破られる、そう思ったからだ。


「そうか……お前がシュンジの息子か。シュンジの話で聞いていた時よりも随分と成長したみたいだな」


「……父さんを知ってるの?」

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