第20話白い女と金色の魔王 ―アラン―

――始まりの時より災いから我らを護りし者――


「あらあら彼を呼んでくださるの?」


――闇に浮かぶは漆黒の焔

黒き焔の鬣を靡かせる黒き獅子――


 レヴィアタンのあの余裕のある顔はなんだ?


――深淵の暗闇に灯りを灯せ

安らぎの闇より目覚めの時は今――


「ルシファーをも焼く黒焔とはどれ程美しいのかしら?」


――白き戒めを解き放つは我は

金色の加護を持つ者――


 陣の構築を邪魔することもなくレヴィアタンは俺たちを見ていた。


「『黒焔の獅子』を呼ぶものが卑しいヴィクトリアでなければ喜んで歓迎いたしますのに」


――創世の時よりその黒い焔を纏う獅子の名は――


 陣の完成に俺たちは名呼ぶ


――『レオ』――


 いつものように小さな黒い焔が目の前で大きくなる。

 俺とヴィーの魔力を喰らい尽くすかのように黒い焔は燃え、集束していく。

 ……おかしい。

 いつもはこの段階で召喚に使った魔力が戻ってくるんだ。

 だけど、今立っていることすら辛い。

 魔力が枯渇する……


「失敗した……?」


 ヴィーは立つことも儘ならないと膝を着く。

 召喚に失敗なんて、成功してから初めてのことだ。

 集束した黒い焔は霧散した。

 レヴィアタンが笑う。


「未熟だとは聞いておりましたが、ここまでとは思いませんでしたわ」


 なんで?

 どうして?

 レオは来てくれないのか?

 なにか間違えた……?


 アシュリーが仕切り直すように剣を構え直した。

 魔力が枯渇しようともレヴィアタンに負ける訳にはいかない。

 ヴィーもふらつきながら立ち上がり、俺も剣を構える。


「確かに未熟ですけど、二人はしっかりしてますよ。

今のはわたしが割り込んだせいです」


 霧散した黒い焔のあった場所に白い女がいた。

 白く長い髪に黒い肌。

 見たこともない変わった白い衣服を身に付ける女だ。

 誰だ?

 ここは一応公国の城の敷地内だ。

 勝手に誰構わずにいられる場所でもなければ、魔王たちのように転移の術でも使えなければ急に目の前に現れるようなことは出来ないはずだ。


 まさか……

 新たな悪魔、魔王?

 レヴィアタンの様子じゃ知り合いってわけでもなさそうだ。


「誰よ? 話に聞く『黒焔の獅子』でなければ」


「忘れられてしまったのね」


 白い女は寂しそうに微笑んだ。


「忍耐強いあなたがここまで醜く子供に対して嫉妬を露にするなんてらしくない」


 言葉を遮る白い女にレヴィアタンは怒りを滲ませる。


「その小娘が全て悪いのよ。あのお方の愛も、アラン王子の想いも、全て独り占めにして」


 レヴィアタンのヴィーに向ける嫉妬はいつも訳がわからない。

 言い掛かりに近い嫉妬をヴィーに向けていた。


「ただ、あのお方の娘ってだけじゃない! ただそれだけで全てを手にしてズルいのよ!」


 息も荒くヴィーを罵る姿は浅ましいと感じた。

 レヴィアタンは金色の魔王になにを求めているんだ? 

 ヴィーに嫉妬を向けてどうしたいんだよ。

 白い女は首を傾げた。


「……あなた、一体どうしてしまったの?」


「うるさい……煩い……五月蝿い!ウルサイ!!」


 レヴィアタンは白い女の問いに答えることもなくヴィーに向けて魔術弾を放つ。

 ヴィーを抱き抱え衝撃に備えるも、アシュリーの剣によって魔術弾は弾かれた。


「どうしてそんなに歪んでしまったの?」


「歪む……なにを……わたしを、馬鹿にするなぁぁぁぁぁ!!」


 レヴィアタンの攻撃を白い女はそよ風を受けるかのように凪がした。

 息を荒くしたレヴィアタンはそれでもしつこく攻撃を放つ。

 全く効かない攻撃を見ているこっちが虚しくなる。

 為す術もなく闇雲な攻撃をレヴィアタンは続けた。

 敵とはいえなにも知らない仲じゃない。

 同情さえ沸いてくるような変な感じだ。

 白い女は哀れむようにレヴィアタンを見ていた。


「これも神のせいなの……?」


 今までただ立っているだけだった白い女が手の平をレヴィアタンに向ける。


「ごめんなさい」


 白い女の呟きが聞こえた。

 レヴィアタンが白い氷に包まれていく。

 氷像となったレヴィアタンが砕け散り白い花びらが舞った。


 舞う白い花びらの中に立つ白い女は涙を流しなんとも幻想的だった。

 美しいと言われるエルフが居ようと、蠱惑的といわれる人魚の姫が居ようともこの白い女程幻想的で魅惑的なものはないように思う。

 人が創る美しさとは違う。 

 自然。そのものを見ているようだ。


「シラユキ」


 聞き馴染んだお覚えのある声がした。

 いや、それよりも幾分か若く聞こえた。

 どうしてここに?

 どうして今?

 ヴィーと視線を合わせるも後ろから聞こえた声に俺たちは振り向くことを躊躇われた。


 だって……


 10年ぶりだろうか?

 ずっと会いたかった。

 ずっと会いたくなかった。

 ずっと淋しかった。

 ずっと怖かった。

 ずっと大好きだった。

 ずっと憧れだった。

 ずっと偉大だと信じていた。

 裏切られると誰が思う?


「金色の……」


 振り向いたアシュリーも最後まで言葉が続かない。

 足音が、気配が近づいてくるも俺もヴィーも顔を上げられない。

 気配が俺たちを通り過ぎ白い女の前までいく。

 あの、後ろ姿は覚えている姿よりも若い?

 俺よりも若く、アシュリーと同じくらいの年齢に見える。

 俺たち双子と同じ金色の髪……

 だけど……でも、あれは……


「……ごめんなさい。わたしは……」


 白い女が謝る。


「いいんだ。シラユキには辛い思いをさせた。全ては俺が不甲斐ないせいだ。シラユキは悪くない」


 間違いようもなく俺たちの父親『金色の魔王』その人だ。

 金色の魔王は白い女を抱き締めた。

 白い女は白い花びらと雪の結晶となり姿を消した。

 彼女は一体何者なんだ?

 7体の魔王の一つ、嫉妬の魔王が何一つ太刀打ち出来ずに倒された。

 それだけでも衝撃なのに金色の魔王はそんな白い

女を抱くだけで消してしまった。

 7体の魔王に苦戦している、未だに1体も倒せていない今のままじゃまだ金色の魔王を倒すことはまだ夢物語だとでもいうのか。

 

 白い女だった白い花びらと雪の結晶が一ヶ所に集まり、黒い焔に包まれた。

 あの黒い焔は『黒焔の獅子』を思い起こさせる。

 だけど、黒い焔は獅子を型どることなく弾けた。


「……レオ?」


 レオが姿を現した。 


 なんで……?

 なんでレオが、『黒焔の獅子』が現れるんだ?

 俺たちは召喚に失敗した。

 失敗のすえに現れた白い女と入れ替わるようにレオが現れた。

 訳がわからない。

 ヴィーもわからないと首を横に振っている。


「え? なに? あ、アランさん」


 なんでレオが戸惑っているんだよ。

 俺たち以上に狼狽えるレオにイライラする。


 なんだかマジでむかつく……


 ヴィーが俺の手を握った。 

 ヴィーが不安になっている。

 いつも感情を隠すヴィーが不安を隠しきれていなかった。

 ヴィーもこの状況にどうしたらいいのかわからないんだ。

 俺だけじゃない。

 ヴィーを安心させるためにも俺は手を握り返した。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 アシュリーが金色の魔王に斬りかかっていく。

 振り下ろされる剣をヴィンセントの剣が受け止……


「ヴィンセント……?」


 生きていた。

 死んだと思っていた父様の側近。

 アリスと対に語られる漆黒の貴公子ヴィンセント。

 アリスが父様の武官ならばヴィンセントは文官。

 剣を持つ姿を初めて見る。

 剣を振るう姿を想像したことすらなかった。

 ヴィンセントの剣がアシュリーを弾き返した。

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