翠幽月

お盆

 幽霊という存在は見たことがないが、幽霊ではないかという存在は見たことがある。

 その日は、母方の祖父の墓参りに行った日だった。当時大学生だった私と母が墓参りに行くことになり、昼頃にお寺に足を運んだ。花を活けて、水で墓石を丁寧に洗った。

 ちょうど、お線香をあげるときだった。私はふと、墓石に蜘蛛がいることに気が付いた。お墓は野外にあったから、墓石に虫がつくのはおかしな話ではない。蜘蛛の一匹や二匹くらい当たり前と、普段の私ならば思っただろう。だが、その時だけはなぜか、これが祖父やご先祖様だったらどうしようと考えた。なぜ、急にそんなことを思ったのかわからない。だが、もしここで線香を焚いてしまったら、この蜘蛛は間違いなく死ぬだろうとも思った。確信さえ、持っていた。

 「ねえ、蜘蛛がいる」

 私は、母にそれとなく蜘蛛がいることを伝えた。母は、蜘蛛が嫌いだった。だから、構わず線香を焚いてしまった。蜘蛛は、やがて線香の煙で息絶えた。

 私は、心の中で

 「ごめんね」

 と、謝りその場を去った。

 同じ日の夜のことだった。私は、遅くまで起きていた。たぶん、十二時ごろだったと思う。何をしていたのかは覚えていない。寝ていたかもしれないし、本を読んでいたのかもしれない。そろそろ寝ようと思って、二階から一階にあるトイレに行こうとした時だった。階段の中段くらいで、煙のようなものがみえた気がしたのだ。ぼんやりしていて、白い靄のようなものが私の目の前に現れたのだ。その時は、線香を焚いていたのかな程度にしか感じず、トイレに行ってさっさと寝てしまった。

 翌日、私は母に昨日の夜、誰か線香を焚いていたのか聞いてみた。夜中に線香を焚くのは危ないとも言った。しかし、誰も線香を焚いているということはしなかったそうだ。考えてみれば、夜中に線香を焚くなどということは、今まで一度もなかった。それに、仮に焚いたとしても部屋から煙が漏れることはないはずである。照明の関係で見えたかと思い、翌日も同じ時間で階段を下りてみたが、靄が見えることはなかった。

 では、あれは何だったのだろうか。考えてみても、答えは出ない。それに、あの靄が幽霊ならば、誰の幽霊だったのだろうか。祖父? それとも、ご先祖様? はたまた、あの蜘蛛の幽霊だったのか。あれ以来、靄が見えることはないが未だに何だったのかわからない。

 今年も、墓参りに行く予定が埋まっている。

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翠幽月 @long-sleep

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