Scene 12
ふたりの大先輩
淡雪の肌にお粧しされる桜色。ひさしぶりのスポットライトを浴びて照れくさそうに見える。でも、女性的なくびれは出会った時のままで、とても綺麗。だから、照れることはないんだ。
繁華街のひとつ『
大事に背伸びをし、彼女たちを書架の天蓋へと座らせる。それから、ほぐしてもらった気持ちを無駄にしないよう、自然体であれと自分自身に言い聞かせてリビングをふり向いた。
「電子部品は秋葉原になっちゃうんだよね」
「西新宿のはいまいち?」
「悪くはないんだけどさぁ」
「品数の問題?」
「そうそうそうそう」
打ちっ放しにされたコンクリートの土間で向かいあわせとなり、猫耳の童女と絶世の美女が話しこんでいる。まったく釣りあっていない組みあわせに見えるけれど、どちらも私の大先輩。
紹介屋、バステト。
仲買屋、由里万里。
トークテーマは「物の幽体の入手ルート」か。電子部品に関しては、西新宿よりも秋葉原のほうが調達しやすいらしい。さすが秋葉原。
「仲買屋を恃むってことは、マニアックなものを求める傾向が強いってわけでさ」
「もちろん西新宿のもクオリティは悪くないんだけどね?」
「でも、秋葉原よりも市場規模は小さい?」
「そうそうそうそう。マニアックな品まで視野に入れようと思ったら、市場規模の大きさがものをいう。一般人の平均的な購買水準であれば西新宿でも事足りるんだろうけどさ、仲買屋はそうもいかないもんね」
大世界を疾走したのち、お家の門前へと立ったときには、すでにふたりの会話は盛りあがっていた。大正琴のベルベットボイスとオーボエダモーレのブリリアントボイスがつつがなく交差していて、私は生きた心地のしない指で玄関を開放。
『お帰り』
ちらと顎をふり向かせるも、瞥見まではせず、華奢な背中を向けたまま迎えるテトさん。
『……あそうか、おかえり』
自分の家でなかったことを思いだしたように、やや間をあけてから迎える万里さん。それから、ふたたび両者は視線をあわせた。
『幽体になっても、男のベクトルってヤツはどうにもロマンチックにできててさぁ』
『すごいものを頼んでくるんだ?』
『いや。その逆。花束とか』
『花束?』
『仲買屋に花束を頼むか普通!?』
『どう頼んでくるの?』
『なんかぁ、ヤ、べつに自分で採ってきてもいいんですけどぉ、やっぱプロに頼んだほうが確実じゃないっスかぁ──つって』
『うわ。サイテー』
『花ぐらいテメェで採ってこいっつーの。そのほうがカノジョも喜ぶだろよ』
『わかる。プレゼントぐらいは自力がいい。仮に失敗したって、自分のために努力してくれたことが嬉しいんだから。第三者に頼ろうとする性根が気に入らない』
『そうそうそうそう。だけど、どうせ最終的には自分の手柄にしちゃうんだよなぁ、ああいうヤカラってのはさ』
『サイテー』
そんな会話をするテトさんは見たくなかった。
それから、怠け者のジゼルを定位置に座らせ、部屋着へと着替えるなどしている間に、ふたりの話題は「両国橋の闇市」→「
大正琴とオーボエのジャムセッションが40畳のだだっ広いステージを支配している。残念ながら、私の出る幕はなさそう。
本来は静かなはずの私のお家。アンスリウム・フリージア・ロベリア・バッカリス・アロエ──季節を問わずのさまざまな植物が室内を埋めつくしている。それ以外には、テーブル・ベンチ・書架・パイプベッドが点在するのみで、なにか目ぼしいものをあげるとすれば、天井でゆったりとまわっているシーリングファンぐらいだろうか。
ほぼ植物園。
これらすべてのお花は小夜ちゃんからもらった。余剰・自費を問わず、ことあるごとにプレゼントしてくれる。オーダーのときもあれば、サプライズのときもある。
このプリムローズは、
『空ちゃんにぴったりだと思うよ?』
「ぴったり」の意味は、よくわからない。なにか深い根拠があるんだろうか。ただの勘だろうか。それとも
理想の静けさに、また新たな色が仲間入り。
無垢なる白。
永遠に枯れず、永遠に朽ちず、永遠に失われることのない、清純の白。
静かなる白。
あぁ……早くうっとりしたい。
「座れば?」
「あ。はい」
書架のまえで立ちつくす私に、万里さんからの遠慮のない提案。
「そうよ? 空美の家なんだから」
なにもかも見透かしているような微笑みでテトさんも。
彼女たちをまえにすると、我が理想の静けさがまるで第三者の演出であるかのように感じる。ロハスにでもいる感覚。まったく落ち着かない。
「つっか、空美はいいよなぁ?」
コカコーラのロゴが刻まれる赤いベンチに浅く座り、投げだすようにして脚を組み、だらりと、背もたれの向こうに左腕を垂らす万里さん。
「物欲がなくってさぁ」
彫りの深い、灰汁の強い、日本人離れしている美貌を戯けさせながら茶化す。そうして、右腕を大きく広げてみせた。
「これだけあれば満足できる」
植物園がジャングルに見える。
モノクロのボーダーシャツにショート丈の黒いレザージャケットを羽織っている。したには、渋い緑色の迷彩スリムパンツと、爪先に鋲スタッズの散りばめられる黒いレザーブーツ。ワイルドではあるが、女性的な色っぽさもあり、178㎝のモデル体型だからこそフィットするコーデだとわかる。
髪は、腰にかかる黒いロングストレートに三つ編みが混在し、アウトローなハコ系のバイヴスが匂い立つ。とはいえ、ヒップホップともトランスともレゲトンとも異なる。ここはひとつ Juliette Lewis『Hard Lovin' Woman』をあげておこう。
「本当よね?」
いっぽう、万里さんの対面、無地の青ベンチに姿勢よく座るテトさん。
「ベンチにテーブルにパイプベッド──最低限の家具しか万里を頼らなかったんでしょう?」
午前中と変わらず、向日葵の色の猫耳フードを目深にかぶっている。見る角度によっては視線のうかがえない深さ、なのに、すべてを見透かしているように感じる。このエキセントリックな聡明さは、強いてあげるとすれば、Esperanza Spalding『Good Lava』だろうか。
「仲買屋泣かせよね?」
ここにあるすべての家具を調達してくれたのが万里さんだった。そして色彩や風味を考慮してレイアウトしてくれたのがテトさん。ちなみに、ハイスペックなハンドメイドマシーンで搬入してくれたのが雲母さん。
観葉植物を配する以外、私の出番はなかった。
「まったくだよ。タダで探してやるって言ってんのに、いいですいいですって、迷惑みたいにさぁ」
「迷惑だなんて……」
小さく反論しながら、私は座る場所を探した。5秒ほど逡巡したのち、ひとりぶんのスペースを置いてテトさんの左隣に腰をおろす。
「ありがたいと思ってます」
本当にここは私のお家なのだろうか?
「小夜ちゃんは元気にしてた?」
1時間以上も待たせておいて、まだ私は先輩方から叱られていない。いつもどおりの平凡な会話なので、却って緊張している。むろん、もともと合流する約束をしていたわけではないし、それで待たされたと怒るような理不尽な先輩方ではないことも知っている。けれど、それでも他人行儀になってしまう。
「会ってたんでしょ?」
二重瞼に守護される童女の瞳を輝かせ、なんの嫌味もなく尋ねるテトさん。外見は小学生なのに大先輩──見た目と年功の不一致にいまだ困惑。そんな、観相的なベクトルが私の他人行儀を助長。
「相変わらず」
目をそらし、小さくうなずく。
「元気いっぱいでした」
「小夜は良い子だよ」
色とりどりのお花たちを見まわしながら感嘆を口にする万里さん。吊りあがった眉・くっきりとした二重瞼・大きな目・高い鼻梁・笑うとハート型になる紅唇── The Bangles のボーカル、Susanna Hoffs をイメージさせる。頼りたくなる美しさと、甘えたくなるかわいらしさをあわせ持っている。
エジプシャンな妖艶。感嘆するのは私のほう。なんてお花の似合わないひとなんだろうと。だって、
「差別しないもんなぁ」
万里さんが華だから。
「あの平等精神は天賦の才能だね」
儚さとは無縁の、華の女王。
「天真爛漫で」
オオスズメバチさえも魅了しそう。
「愛くるしいし」
ある意味、食虫花。
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