この世のルール ⑩ プレゼント

 




 では、どうすれば所有が叶うのか?


 それは、生体からプレゼントされること。幽体として認められたうえで、贈与意識をもってプレゼントされること。砂利・アスファルト・コンクリート・樹根など、大地や山脈や建造物の構成要素と見なされるものであっても、例外的一部的に、この方法でならば所有が叶う。


 イルマ姉さんからメモや金木犀をもらったときの様子が好例かと思う。


 彼女はアンテナだ。幼少のころから霊感が強かったそうで、だから、幽体に品物をプレゼントすることができるんだ。




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★ アンテナ

【 Antenna 】


 俗にいう「霊感」が強く、幽体の姿を確認し、コミュニケーションを取ることのできる生体のことを、隠語スラングではあるものの、この世ではそう呼んでいる。

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★ アパレルアンテナ

【 Apparel Antenna 】


 逆に、霊感が備わっていないくせにあたかも備わっているかのように吹聴し、自慢したがるホラ吹きの生体のことをこう呼ぶ。略して『アパテナ』とも呼び、じつは多くの幽体から「欲しがりさん」と嘲笑されていたりする。

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 アンテナの霊力が強大であればあるほど、より規模の大きなものをプレゼントすることができる。例えば、実際に確認できる巨大なものをあげるとすれば、高層マンションや灯台、発電所や刑務所──これらをプレゼントしたアンテナの霊力たるや、幽体にさえも直接的影響をあたえるほどなのだとか。


 イルマ姉さんも生粋のアンテナだ。強大な霊力をその身に宿している。なるほど、情報屋と通じていたり、紹介屋にディープな仕事を手配したりするのだから、アンテナの名に偽りなし。まさに業界屈指のギルドマスター。彼女は、確かにヤサグレてはいるけれど、すごいひとなんだ。私みたいなポンコツが仕事を蹴るだなんて、だからできっこない。


 ちなみに、プレゼントされたものにはじめて触れると、その直後、触れた箇所に静電気のような刺激が走る。痛覚のない幽体にとっては滅多にない痛みだ。それで、この静電気の発生こそがプレゼント完了のシグナルであるらしく、変な表現だけど、この瞬間をもってそれは「」となる。生体の目には一瞬のうちに対象物が消えたように見えるのだそう。きっと彼らにとっては神秘的な現象なんだろうけど、でも、私にとってはおそろしい現象だ。だって静電気だもの。あのパチッとした痛みばかりは、滅多にないこととはいえ、さすがに幸せだなんて思えるはずもない。


『ぅいッ!』


 そう、幸せなんて感じない。





     ☆





 ひとまず、今回の紹介はこのあたりでやめておこう。なにしろ、私の説明はわかりにくい。ワンセンテンスが長く、ロジカルとは言いがたく、趣旨や要旨が伝わりにくい。だらだらしているし、頻繁に脱線もするし。


 参考になるとは思えないクオリティだけど、なんにせよ、こんなふうにして、この世のルールをグリーンに紹介してあげるのが紹介屋の仕事。例えば「あの世とそんなに変わらないよ?」とか「むしろあの世よりも刺激的な世界かも知れないよ?」などと諭し、彼らの不安を取り除き、やる気をあげさせる。


 わりと簡単そうに見えるかも知れない。


 ところが、この職業、紹介にたどり着くまでがひと苦労なんだ。だって、死んだばかりのひとに、を認識させなくてはならないのだから。


『あなたはもう死にました』


 そう教えられ、果たしてどれだけのひとが瞬時に納得できるだろう?


『は? なに言ってんの?』


 バカにされることもしばしば。新手の変質者と思われ、追いかけようものならば脱兎のごとくに逃げられ、通行人を透過Overしてようやく異変に気づき、ついにはパニック状態、落ち着くよう説得を試みるも頑なに生に固執され、耳も貸してもらえなくなり、泣きわめかれ、突き飛ばされ、


『もうおまえ……死ねよッ!』


 もしもテトさんだったら、どうやって彼女を説き伏せただろう。紹介成功率97.6%の異端児、バステトだったら。


『厄介なのは若者と若い母親だけっ!』


 確かにそうなのかも知れない。だから、今回はうまくいくのかも知れない。今回だけは。


 じゃあ、次回は?


 じゃあ、次々回は?


 じゃあ、来年は?


 じゃあ、100年後は?


 じゃあ、1億年後は?


 永遠に、永遠に、永遠に、つづけていかなくてはならないんだろうか?


 永遠に、永遠に、永遠に、失敗しながら、懺悔しながら、怯えながら?


 だって、私は幽体なんだ。


 


 もう、永遠に死ねないんだ。




 

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