第8話 シー・イズ・ジャスト・フォー・ユー①
静かな石畳の街にけたたましい音を立てて走る一台の黒いラピード・マシン。パイロットもそのゴツい装甲と同じ真っ黒な装束に身を包み、顔全体を覆い隠す仮面をかぶっている。側車には白骨死体が鎮座していて、そのあまりの奇怪さは否応なしに目立つ筈なのだが……このスティールタウンでそれがニュースになるかと言われれば、全くそんなことは無い。住民は皆、結社を目指してゴールドランドに行くか、量だけある粗末な酒で酔いつぶれるしかない。一々外の世界に目を向ける余裕など、この街の人々には無いのだから。
そんなひん曲がった世の構造のおかげで、ブラック・リコリスのような見るからに怪しい輩は実に行動しやすい。例えば井戸端会議の感覚でどんな悪だくみを大声で話していたって誰が咎めるのか。早速彼女もただでさえ目立つ骸骨姿のアンを連れ、一軒の酒場を訪れた。彼女らは周りの目も気にせず、酔っぱらってテーブルに顔を伏せているマントを羽織った女の席になんの遠慮もなく腰掛け、その女が飲んでいたであろうズブロッカのボトルを奪い、もう半分も無い透明な液体をグラスに勢いよく注いだ。女が眼鏡をかけた顔を上げて二人に気づいたのは、リコリスが酒を飲み干した後のことだった。
「待たせたわね、チェリー」
「結社じゃないんだからユウリって呼んでよ。あーし、ピンク・チェリーって童貞みたいで気に入らないのよ。おちんちん付いてないっての」
酷く目立つピンクの髪、瞳と眼鏡のフレームの赤、透き通るような白い肌。ユウリはエージェント特有の黒装束を除けば、クリームをたっぷり使ったいちご味のドリンクに手足が生えたような鮮やかすぎる彩り。レンズについた汚れをマントでふき取ると、大あくびをして背筋をピンと伸ばす。
「さて、本題に入りましょうか……って言いたいとこだけど、お隣さんにキチンと説明してあげたら?」
リコリスの隣で立ち尽くしているアンを一瞥し、投げやり気味にユウリが提案する。
「ああ、コイツはピンク・チェリー……もとい、
「地球人?」その名詞は今のアンにとってあまりにも大きく目立ちすぎる。彼でなくても注視するに違いない。
「到と魚介を置いてきて、その地球人と呑気に酒飲みをするのが目的だったのか?」
半分見えている激情を押さえつつ、アンは静かに問う。敢えて本来触れるべき本筋から外したのは、彼の慎重な性格のためだ。急いで答えに手を伸ばせば、逆にはぐらかされていつまで経ってもたどり着けなくなるのが、連中のような影の勢力とのやりとりでは定石だ。ユウリは骸骨男に驚くそぶりも見せず、手をひらひらさせてアンに自己紹介した。
「あーしのことはユウリって呼んでね~って、何よあんた……あの二人置いてきちゃったの!?」
リコリスが言いにくそうに溜息をつき、短い沈黙を挟んでから固い口を開いた。
「……四つ葉にやられた。イタルが仲間になるよう交渉を持ち掛けたが……裏目に出てしまった」
「んなもんあのブスが首を縦か横にしか振らないと思ってたら大間違いよ。それを教えないなんてあんたもどうかしてるわ」
実のところ、リコリスはレッド・クローバーの魔核能力の真相を知らなかった。故に到が攻撃を受けた後、もし彼を拾って二発目が放たれたなら死は避けられないと考え、決断を急ぐ必要があったのだ。
「まああんたと私の“目的”のこと考えたら、あの子たちに構ってる余裕なんてないわよね。ガイコツくんだってカインが死ねばあとはどうだって良いみたいだし」
アンが肯定も否定もしないのを確認してからユウリはマントの内側から一枚の写真を取り出し、裏を向けたままテーブルの真ん中に置いた。リコリスがそれを受け取って眺めている間にユウリは更に話を進めた。
「シルバーシティの検問にはシードが張り込んでる。大勢いるから突破は困難だわ。地下水路も一応調べといたけど、そっちも少数の部隊が送られたみたいね」
「流石に、今回ばかりは徹底してるな」
「エージェントが裏切るなんてカインからしたら大事件ですもの。あの魔核能力に抜け道があったなんて私でも思わなかったわ。で、肝心なシルバーシティへの進入路なんだけど……空からの侵入が良いと思うのよね」
「空? 乗り物があるのか?」
「なんと飛行機が残ってたのよ。燃料はギリギリだしボロだから修理は必要だけど、そこはガイコツくんの出番ね。『アイアンズグラウンド』の倉庫に隠してあるから」
「全く勝手に話を進めてくれるな貴様らは……ところでその写真は?」
リコリスがいつまでも写真を見つめているので、気になったアンが声をかける。しかしリコリスはそれを懐にしまって、まるで何も聞かれなかったかのように振舞った。
「シードは私たちの動きに感付いていると思うか?」
「まあ、この街は他の三つと比べると狭いから、見つかるのは時間の問題よね。ホワイト・ヘリアンタスはとっくに見つかったらしいし」
「あの子もか……なら急ごう。乗っていくか?」
「いいえ、一緒にいるのを見られたらマズイわ。あーしはあーしで行く」
「そうか。なら私たちは先に動くよ」
そう言ってリコリスは立ち上がり、遅れてアンも彼女に続いて酒場から立ち去ろうとした。
「到くんは来ると思う?」
ユウリの投げかけた言葉に、リコリスはピタリと立ち止まる。そして振り返らずに静かな声で、しかし自信をもって返した。
「私たちは運命で結ばれている。イタルは必ず生きている。そして私を追う」
リコリスが立ち去るのを見届け、ユウリは口をへの字に曲げ、誰にも聞こえないように囁いた。
「――――運命の糸、あんたのは赤くないのよね」
その顔は困り顔のようであり、笑っているようにも見えた。
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