スプラウト・ソウル -Night goes on-

でぅとぃるとる

Opening Phase -明原家-

 父さんが明原あけはらの家に帰ってくるのは実に半年ぶりで、正午を過ぎたばかりという時間帯も些か珍しかった。

「今から任務だ。詳細は移動中に話す。付いてきてくれ」

 居間に上がる事もせず、開口一番僕へ指示する。だが、簡潔に要点を話す調子だけはいつも通りで、僕はいつも通りに黒のベンツに乗り込んだ。


 家を出てすぐ高速道路にさしかかる。乗用車に乗り込むスーツ姿の2人。あるいは、会社の上司と部下に見えるかもしれない。そしてそれは実際のところ正解だ。

 父さんも僕も、UGNユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワークに所属するエージェントなのだから。

 

 UGN――人類とオーヴァードの共存を目指し、レネゲイド及びレネゲイドを己の欲望の為に行使するFHファルスハーツの脅威から人類を守る組織——物心ついた頃から憧れてきた、尊敬すべき父親の職場。


 とは言っても、父さんはUGN本部所属のエリートエージェントで、僕は未覚醒のイリーガルもどき。軽率に並べるのは気が引けるし、何より僕が惨めになる。


「慌ただしくてすまないな。会うのは随分久しぶりだ」

 インターチェンジを一つ過ぎた頃、ようやく父さんの二言目を聴いた。

「半年ぶりかな。あの時は少し寄ったくらいで、一緒に食事もできなかった」

「忙しくてな。……お前もあと少しで17歳か」

 気付けば、僕の誕生日は3日後に迫っていた。

「ゆっくり祝いたいところだがそうもいかない。『継承』の事は覚えているな」

「……勿論」


 明原家の長男は、17歳の誕生日に、父親からEXレネゲイドに感染した『蟲』を受け継ぎ、オーヴァードに覚醒する決まりになっている。父さんも祖父じいさんも通過した、そして僕にも訪れる人間としての転機。


「ならいい。任務の話をしよう」

 父さんはあくまで淡々と喋る。高速道路を抜け、建物の背が段々と低くなっていく。


「今回の任務は、『アシュヴィン』セルの潜入調査だ。今向かっている研究所は、『アシュヴィン』セルの拠点の一つという情報がある。かなり重要度の高い成果を有しているようだ」

「『アシュヴィン』セル、か。レネゲイドの研究を行っているセルだったかな」

「そうだ。特にレネゲイド関連病の方面では有数の成果を上げているらしい」

「アールラボのレネゲイド関連病部門は、最近予算の拡充がなされたと聞いたけど、それよりも?」

「……レネゲイド研究において、UGNは遅れを取っていると言わざるを得ない」

 珍しく苦衷を滲ませた声色を漏らし、歴戦のUGNエージェントはハンドルを切る。山道に差し掛かり、車体がごとごとと揺れる。

「仕方がない部分もあるんじゃないかな。無法な資金繰りも実験材料の確保も、UGNでは難しいんだから」

「分かっているさ。それでも研究はしなければならない。……話が逸れたな」

 ひとつ咳払いをすると、父さんの声色は淡々としたものに戻る。


「この任務は、正直に言って私一人で事足りるものだ。だからこそ、お前を連れてきた」

「と言うと?」

「この任務はお前の実地訓練を兼ねている。これから明原のレネゲイドを『継承』するにあたり、役立つ事もあるだろう。ノウハウもある程度教えるつもりでいる」

「…………」

 正直、意外だった。

「……わかった。ありがとう」

「礼はいい」

 任務の経験のない僕を連れても足手まといにしかならないというのに何故、という暗然とした気持ちが、一気に晴れたようだった。


 ベンツが停止したことで砂利の音と揺れが止まり、静寂が訪れる。

「出よう。ここからは声を落とし、対ワーディングマスクを着用する事」

「了解」

 表情を引き締め車を降りる。訓練の通りに足音を殺し、父さんの後ろにつく。道のない山中を時には上り、下り、10分ほど立ち止まり、来た道を戻り、ジグザグに進んでいく。

 やがて、木々の隙間から、巨大なコンクリートブロックをいくつも組み合わせたような建物が現れた。


「裏に回る」

父さんの指示の元、僕の初めての任務が始まった。

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