第五羽 その羽は振り返らずに

 幸いにも応急処置を施されたカムラは気を失うこがなかった。

今からほんの少し前、 堕天使の残党を倒した三人は近くの空き家へと移動し、

そこでカムラの治療を施していたのだ。

ミーシャが回復魔法を少し使えるということで、 嫌々カムラの処置を助けていた。

なんで人間なんかとか、 あのまま相打ちになれば良かったのにとか小声でぼそぼそ

言っていた。

けれどカムラに対する敵対心が和らいでいることは、 カムラ自身も気づいていた。

ミーシャは一瞬カムラと目が合ったが赤面して顔を背けてしまった。

そんな二人を見ていたマーブルは口を開いた。


「そろそろ話してもいいかなー 」

「あ、 うん。 ってこっちも聞きたいこと結構あるんだけど! 」

「答えられる範囲であれば答えるよー 」


 やんわりした口調でマーブルは答える。

と急にミーシャが口を開いた。


「おい、 その前にどうやってあの筋肉だるまを倒したんだよ! 」

「それが人に何かを聞く態度ー? まぁいいけどー。 どうやってって普通に倒した んだけど?」

「あいつの攻撃、 結構強力だったと思うんだけど 」


 ミーシャが疑問を立て続けにぶつける。


「私のほうが強かったってことでしょう? 」

「どうやって倒したんだよ 」

「それはノーコメントで。 次はこちらの番だよー。 君とカムラの関係性はー?

まさか恋・・・」

「それは断じて違う!!! 」


 速攻でミーシャが否定に入る。 そのあとでカムラは軽く説明をした。

この都市で出会ったこと。

そして共に堕天使を倒すために行動を一緒にしてること。

出発しようとした矢先に堕天使に、 そしてタイガーと敵対したことも。


「ふーん。 とうとう本格的に動き出したのか 」

「ん? マーブルなんか言った? 」

「何も言ってないよー 」


 小声で呟いたのでカムラには聞こえなかったが、

獣人であるが故のその獣耳は、 しっかりとその言葉を捉えていた。

しかしミーシャはあえて聞き返さなかった。

ミーシャ自身あまり他人を信用してないのもあるが、

マーブルがあえて小声で言って自分に聞かせるためだとも考えたからだ。

獣人は本来、 非常に賢い生き物であって現在はその性質すら失われつつあるが

ミーシャには獣人に加え半分堕天の力が加わっている。 半分とはいえ堕天の力が加わっていれば獣人の力が増強されてもおかしくないだろう。

ミーシャの思考を遮るようにマーブルは続けてこう言った。


「ちなみになんだけどそこの獣人は始末しなくていいのかな。

堕天使もどきなんでしょ? 」

「あれー 俺ミーシャが堕天使なんて言いましたっけ 」

「言って無くても騎士団のナンバー持ちならこれくらい分かるでしょー。

で殺さなくていいの? いつこっちに牙をむくか分からないんだよ? 」


 ――マーブルの言ってることはもっともだ。

いつこちらに襲い掛かってくるのか分からない。

しかしカムラはミーシャを信用することにした。

一緒に戦って少し分かった。 ミーシャが堕天使を倒したいこと。

人間が嫌いなこと、 それに柔らかな・・・


 キスのことを思い出してしまってカムラは一瞬固まってしまった。


「カムラー? おーい大丈夫ー? 」


 マーブルに再び現実に引き戻された。


「え、 あぁ大丈夫。 ミーシャは今は殺さなくても問題ないと思う 」

「ふーん。 どーしてそう言いきれるのかなー 」

「それは... 」


 説明の仕様が無かった。 流石にキスのことを言うわけにはいかないと

考えを巡らせていると横からミーシャが口を開いた。


「そんなに信用が無いって言うなら、 いざとなったら、

カムラに殺されてやるわよ 」

「君がそんな事言ってもカムラにそんなこと出来るかなー 」

「約束しよう。 もしもミーシャが堕天使側についたなら俺がミーシャを殺す 」


 ――多分俺はミーシャを殺すことは出来ないだろう。

もし殺すとなれば、 相当の覚悟が必要になる。

堕天使だとしても今日仮にも一緒に戦った者を簡単に殺すことは出来ないだろう。


 カムラがふとミーシャのほうを見ると真っ直ぐにマーブルのほうを見てた。

そして彼女の指先は少し震えてるようにも見えた。


「まぁそう言うことにしておくかなー。 でもカムラが彼女を殺すことが出来なくても他のメンバーは彼女を殺しにかかると思うからねー。 特にシェリアは彼女を躊躇なく殺すだろうね 」


 ――シェリア・・・確か堕天使に故郷を滅ばされたんだっけ。

彼女も堕天使を掃討するために騎士団に入った。

けど彼女の場合、 俺なんかより堕天使への執念が凄いんだよな。


「マーブルはミーシャのことを殺さないのか? さっき殺すのどうのって 」

「あー。 私は別にどっちでもいいんだよねー正直。 さっきはそう言ったけど

カムラがそれでいいなら私はそれでいいんだよねー 」

「そっか... 」

「とりあえず、 私はここをそろそろ出ることにするよ。 二人も出るなら早めに出 たほうがいいよ。 ここはもうだめだと思うから 」


 ――堕天使にここまで襲われたら復興は不可能だろう。

人もたくさん死んだ。

マーブルの言うとおりここから早めに出たほうがいいだろう。


「ミーシャ、 支度をしたらここからでよう 」

「じゃあ私は別用があるから、 生きてたらまた会おうねー 」


 相変わらずのんびりした口調でマーブルは先に都市をでた。

結局ほとんど何も聞けなかったとカムラは、がっくりしていた。


「カムラ...? 」


 ミーシャがカムラのほうをみるとカムラの目から涙がでてた。

悔やんでも悔やみきれない。

自分の弱さが嫌いになる。

さまざまな思いが彼に突き刺ささっていたようだった。


「大丈夫だよ 」

 

 振り向くとミーシャが柔らかな笑顔でカムラを見ていた。


「私は人間が嫌いだけど、カムラのことは少しは信用してるし... 」

「ミーシャ? 」

「えーっと、 何が言いたいかって言うとそんな落ち込まないでよってこと。

確かに沢山死んだ。けど悔やんだって生き返るわけじゃない。

でも私がまだ生きている。カムラが守ってくれたんだ 」


 瞬間カムラは一気に泣き崩れた。

守れなかったのに、救えなかったのに。

そんな自分を許してくれてる気がして。


「だからさ。 今は沢山泣いて、 いつか皆が笑えるようにここから頑張ろうよ・・・って恥ずいこと言わせないでよ! 」


 ――そのとおりだ。

今は一刻も早く堕天使を倒さなきゃいけない。


「ありがとう。 ミーシャ 」

「わかればいいのよ 」


 ――そうだ僕らは何度傷ついたって、 いつか皆が本当の意味で

笑えるその日まで頑張らなきゃいけない。

いつのまにかカムラの顔から笑顔がこぼれていた。

 

「ミーシャももう仲間だしな 」

「なっ!? だから少ーししか信用してないんだってば! 」


 

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