海より深い3センチ

@gestaltgeseltz

第1話 出来損ないの魔術師

ミーン、ミン、ミン・・・・

今日もセミが鳴いている。


ミーン、ミン、ミン・・・・

暑い一日になりそうだ。


ミーン、ミン、ミン・・・・

岩じゃなくとも染み入ってくる。


近藤睦月は冬の生まれで、夏にはめっぽう弱い。

かといって冬に強いわけでもない。


ようするに、ダラッとしているのが好きなのだ。すごく暑いとか、すごく寒いとか、すごく頑張るとか、すごく走るとか、そういうものとは無縁の世界て生きていきたいと強く願っている。

神社であり、自宅でもある境内の岩陰で、家の扉を開ける気になれず、学生服のままぐずぐずしているのにも、それなりに理由があった。


「進路・・・かあ・・・」

カバンの中には、進路希望の判定結果が。堂々と家の扉を開けられない結果が入っていた。

「国語だけは、S判定なんだけどなぁ・・・あと関係ないけど音楽と」


数学、英語、理科は散々な結果に終わっている模試の点数を見せることが、ただでさえ選択の余地のない未来を、さらに決定的に縮めることになるのは、明らかだった。


「親父も母さんもこの件に関しちゃ、容赦ねえからなあ・・・」


「そうよ、だから、あきらめて家に入りなさい」


「!?いたのか、弥生?」


「結構前からいるよ。お兄の百面相見てるのも飽きたから、声かけただけ。もう、みんな待ってるよ」

声をかけてきた妹は、いたずらが成功した子リスのように、にひひと笑いながら、家の戸口の方を指さした。


あえて見ないようにしていた戸口は、そう言われて見てみると、なんだか手招きしているようにも見える。


「あの門をくぐるときは、希望を捨てなきゃなんだろ」

「まあ、それがうちの家のしきたりってものだからね。いい加減覚悟決めなよ」

「お前はまだ中学生だから、しきたり関係ないだろ?」

「関係ないよ。そして、お兄がアレになるなら、金輪際関係なくなる。それはそれはめでたい事だよ」


ドヤ顔でニンマリする妹に、げんなりする睦月は、重ねて言った。


「俺みたいな出来損ないじゃない方が、絶対にイイと思うんだ。お前みたいな使い勝手のイイの持ってるやつの方が、絶対に成功するって。な、どうだ?」

「ふふふ、私もそう思わなくはないよ。だから、お兄はそのことを親に納得してもらわないとね。門の向こうで待ってるんだから、さあ」


上機嫌な妹に、不機嫌な兄はかなわない。


「じゃあ、先に行くね。お兄もすぐ来ることになるよ。」

「なんでだよ!」

「「除けといた蚊にわんさと御馳走を提供してからくるのもいいけど」」


ルンルンと音がしそうなステップで門に向かう妹と入れ違いに、10や20ではきかないやぶ蚊の羽音が襲い掛かってきた。

睦月は慌てて妹を追いかけながら、

「おい!ふざけんな。悪用厳禁だろう!」

「悪用じゃないもーん。有効利用だもーん]


二人が門の前にたどり着くやいなや、古びた扉がスッと開いた。


「おかえりなさい。遅かったわね。お父様もおじい様もお待ちですよ。急いで奥座敷に上がりなさい」


もはや、希望はないのだ。

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