第4話自由、その向こうへ……。

屋敷を出た。


次はエルフの縄張りから無事に逃げることだ。

そのためには、この女エルフ(今は人間だが)を上手く利用しなければ。

「俺の名前は翔。君は?」

「わたしの名前はソフィアです……」

不安そうにしている。

「いい名前だね。よろしく!ソフィア」

「よろしくお願いします。翔さん」

ソフィアはペコリとお辞儀した。

「歩きながら話そう」

俺とソフィアは縄張りの外へ向かいながら話を続ける。

夜の闇に点在する家々には、内と外にかがり火が灯されている。

それでも現世の夜よりはるかに暗い。

現世にいた時は気付かなかったが、夜の闇はこれほど深く濃厚なのか……。

闇夜は俺の不安を駆り立てる。

背筋がゾクリと戦慄した。


しかし―――。


闇の深さに触れると同時に、世界の美しさを知った。


星の光だ。


満天の夜空を彩る惜しみない星々の輝きは、形容できない感動を呼び起こす。

心が激しく揺さぶられる。


そして、かつてない安らぎをもたらす。


「翔さん?どうしたんですか?」

ソフィアが俺の顔を覗き込む。

「いや、なんでもない」

星空に見惚れていた、なんて正直に言えば怪しまれる。

だって俺がこの世界の住人ならば、慣れ親しんだ景色なはずだから。

俺は意識を切り替える。

世界を美しいと感嘆するのは、この世界を生き延びる目処がついてからだ。

「それで、確認したいんだ」

俺は切り出す。

「確認、ですか?」

「そう、君が元々エルフだったということを」

ソフィアの表情が曇る。

しかし俺には他者を気遣う余裕などない。

「ソフィアがエルフについて知っていることを思いつく限り説明してくれ」

「……わかりました」

そう、それでいい。

エルフについての情報を出すんだ。

ソフィアが話はじめる。

「エルフは五種族の一つに分類され、力のゴブリン、知のホビット、技のドワーフ、絆の人間と共に、魔のエルフとして数えられます」

なるほど、この世界には五種族と呼ばれる種族があるのか。

転生の書に記された種族への転生、そして例題として挙げられたドワーフという文章から、この世界の住人が人間とエルフだけでは無いことは予想していた。

「エルフは基本的に金色の髪と眼、白い肌と鋭利な耳という外見的特徴を備えています。エルフは五種族の中で最も高い魔力を持ち、多種多様な魔法を使います」

この話もおおむね予想通りだ。

俺がこの世界へと迷い込んだこと、そして元いた世界にエルフやドワーフの伝承が存在することから、元の世界とこの世界になんらかの接点が存在することが推察できる。

俺はソフィアの話に言葉を挟む。

「ところでソフィアは呪文を詠唱せずに、どの程度まで魔法を使えるんだ?」

これはとても重要なことだから、聞いておかなければ。

「呪文を詠唱せずに魔法を発動することなんて出来るんですか?」

とソフィア。

よし!理想的だ。

「あの、どこまで行くんですか?」

ソフィアは不信感を抱いていた。

「ソフィアを人間に戻せるかも知れない」

固まるソフィア。

「この集落へ来る途中に聞いた噂なんだが、転生という現象を知っているか?」

「転生、ですか?」

「そうだ、たとえば、エルフがゴブリンになったり、ホビットがドワーフになったり、種族の垣根を越えて生物を変身させることをいう」

「聞いたこともありません。本当にそんなことが起こり得るんですか?」

俺は笑う。

「じゃあソフィアは人間なわけだ。今までも、これからも」

「……失礼しました。続きを聞かせてください」

「そして、転生という事象を自在に行う人間がいるらしい。彼に会いに行く」

俺のことだけど。

「でも……」

ソフィアは迷っている。

「いや、いいんだ。あくまでも俺は、俺の集落のために動いている。ソフィアは自由にしてくれればいい。人間として生きていきなさい」

夜の森で案内を失えば俺は困るが、それと同じかそれ以上にソフィアも困るだろう。

「……わかりました。連れて行ってください」

「そうか。それじゃあ、この集落の外へ急ごう。他のエルフに見つかっては危険だ」

「はい」

ソフィアは覚悟を決めたのか、あるいは思考を放棄したのか。

どちらにせよ俺の思い描く形になった。

俺とソフィアは夜の闇の隙間を縫うようにして、外へと向かう。




「着きました」

ソフィアが安堵と不安がない交ぜになった声で漏らす。

エルフの森から抜け出したのだ。

俺も安堵の溜息を吐く。

しかし、不安はあった。今は夜だ。

だからこそ脱出に成功したとはいえ、この先どうすればいいんだろうか……。


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