第34話 剣の道 17
◆
そうしてアカネは言われた通りに鍛錬を止め、休憩をしていた。
――だが。
「……暇」
彼女はふてくされていた。
道場の端にて座ってはいるものの、足をばたばたさせて所在なさをアピールしていた。
「お嬢ちゃん。忍耐も大切な要素なんだよ」
ムサシがそんな彼女の傍で、しゃがみ込んで視線を合わせる。
それでも彼女は頬を膨らませる。
「だから頑張っているじゃない。剣を持ちたくてうずうずしている手の方が」
「そっちかあ……まあ、気持ちは分かるよ。自分が強くなったと自覚した所で、それを試したくなるよねえ」
「ね! ね!? 流石おっちゃん! 剣士の気持ちが分かるのねっ?」
「分かるけど、だーめ」
「何でよ!」
「さっきも言ったけど、忍耐も大切な要素なんだよ。戦況を見極める目もそうだけど、自身の身体の状態を考えることも実戦では必要なことなんだ」
「そんなの……」
「分かっている? じゃあ今のお嬢ちゃんの状態、自分で言ってごらん?」
「……」
アカネは少しだけ思考し、そして口にする。
「疲労で普段の八割……いや、七割程度しか本気を出せないと思う。それ以上やれば足がつっちゃうと思う。その代わり腕についてはまだまだいける。若干脇腹に張りを感じるけれど、それも動きには支障が無い範囲」
「……あらー、意外としっかり分析してらっしゃる」
ムサシは目を丸くする。
「ここは感覚で答えると思っていたよ。お嬢ちゃん、意外と頭いいんだねえ?」
「そうなのよ! アカちゃんは賢いのよ!」
道場義姿のユズリハが鼻の穴を膨らませて割り込んできた。
「どうして妹自慢の時だけ耳ざとく稽古を中断してこっち来るのさあ?」
「妹自慢の為よ!」
「何の捻りもないんかい」
「アカちゃんに飾りの言葉はいらないのよ」
そう言いながら、呆れた顔をしているムサシの横でしゃがみ込むユズリハ。
「で、どうしたのよ? 何があったの?」
「本当に賛辞の部分しか聞いていなかったんかい……まあ、お嬢ちゃんの具合を確かめていただけだよお」
「……え?」
「何でそんなに怒って……いや、嘘ですごめんなさい俺の言い方が悪かったです」
「ん? おっちゃん、何かおかしいこと言ったの?」
アカネが不思議そうな表情で首を傾げる。
「ユズリハ……お前……」
「ひ、人の家の教育方針に口を出さないでもらいたいわね……っ」
「まあいいけど……」
苦笑いのまま首を横に振り「話を戻すけどねえ」とムサシは続ける。
「お嬢ちゃんはさっきの訓練で疲労しているだろうから今日の指導は終わらせたんだけど、どうにも動きたがっているみたいでさ。で、自分の状態を申告させたんだけど、思った以上に分析できていておっちゃん困っていた所さあ」
「そうなんだ。……でもアカちゃん、疲れ切っている様子ではないみたいだけど?」
「そうだけど、このまま続けることはユズリハも避けてほしいと思うだろうよ」
「……そんな深刻なことが起きるの?」
「うん。取り返しのつかないことになる」
「そ、それは一体……?」
ゴクリ、と姉妹は唾を呑む。
至って真剣な表情で、ムサシは答えた。
「――足が太くなる」
「「……っ!?」」
二人が声にならない悲鳴を上げた。同じ反応なのは流石姉妹といったところだろう。
「いやいや、普通に考えて筋力を付けたらその分だけ太くなるだろうよ。普通に鍛えたらね。その点、今のはユズリハの鍛え方だったからそこまで太くなっていないんだろうさ」
「そ、そうだよね? お姉ちゃん細いし……」
「細いなあ。どうしてあんな力が出ているのか不思議でならないんだよ」
「元となる核の部分の馬力が違うんじゃないかと思うの。特に胸部のあたりが……」
「成程。おっぱいの力か」
「ぐぬぬ……やはり胸か……?」
「もう! 途中から私をからかう方向に話を変えたでしょ!」
顔を真っ赤にして胸元を隠す様に押さえるユズリハ。
持ち上げられている、大きなモノ。
アカネが真顔になった。
「アカちゃん、顔怖いよ……?」
「ユズリハはそうやって妹を毎日いじめているのね。まあ、怖いわー」
「そうなのよ。毎晩、一緒にお風呂入ろうとか言ってくるのよ。ひどい仕打ちだわ」
「そうよそうよ。きっと成長具合を見るとかいう名目で自身の成長っぷりを見せつけようとしていたのよ!」
「あ、よく分かるね。成長具合を見る、ってお姉ちゃんがいっつも言ってくる言葉なんだよね。……あれはそういう意味だったの……?」
「ち、違うわよアカちゃん! ……もう! ムサシ!」
「またまた話が変な方向に至っちゃったねえ。……まあ、とにかく、今日の訓練はここまでってこと。だから運動はこの後もしちゃ駄目だよ」
「むー……動くなって言うの?」
「そういうことじゃないけど……あ、そうだ。ユズリハ」
「なあに?」
「何か買い足りないものとかないかい?」
「そうね……今日の晩御飯は寄せ鍋にしようと思うけど材料はもう買ってあるし……」
「鍋なんだ。じゃあ、おっちゃんの好きな蟹はあるかい?」
「蟹? 流石にないわね……」
「じゃあおっちゃんがお金払うから……お嬢ちゃん、買ってきてくれないかい?」
ムサシは懐から巾着袋を出すと、アカネに手渡す。
「あ、うん。いいわよ。蟹をどれくらい買ってくればいいの?」
「たくさん食べたいから二匹かな。足りると思うけど足りなかったら一匹で」
「分かったわ」
「いいよね。……あとユズリハ?」
「なあに? 料理の方は問題ないわよ。ちょっと味の調節は必要かもしれないけれど」
「そっちもお願いするが、もう一個、頼みたいことがある」
ムサシは道場の中を少し見回すと「ああ、いたいた」と顎で示す。
「あの朝にいた兄弟、あの子達も一緒に買い物に行かせて」
「あの子達って……ショウタ君とヒトミちゃん?」
示した先にいたのは、竹刀を振る坊主頭の男の子と、それを見守る利発そうな女の子。
ムサシは、にっ、と笑って告げる。
「そうそう。買い物ついでに、あの子達にちょっと協力してほしいことがあるんだ」
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