第33話 剣の道 16
バタン、と。
宙返りをしたアカネは着地し、直後に道場の床に倒れ込んだ。
「はぁっ……はぁっ……や、やった……確かにさわったわよ!」
倒れ込んだまま拳を上げ、彼女は勝ち誇った表情を浮かべる。
「まさか髪ではさわったとは言わない、とか口にしないわよね!? 髪も身体の一部よ!」
「ああ、そうだね。そろそろおっちゃんも別れの時期に入るか戦々恐々としている身体の一部だよね」
「……その言い方、反応に困るからやめてよね。それにおっちゃん、ふさふさじゃん」
「まあそうだね。だけどいつかは別れの時が来るのだよ」
「そんな悲しい言い方しないでよ。……でもさ」
バッと身体を起こして、アカネは、にっ、と笑う。
「その頭の風船にさわったってことは、合格、ってことでいいわよね?」
「うん。その通り。完璧だよ」
ムサシは手を叩く。
「頭を使って自分の最大を引き出す。更には『風船にさわる』という条件下で、『手でさわる』以外の選択肢を取った。その頭を使った戦いをすることが、まずお嬢ちゃんがやるべきことだったんだよ」
そう言ってムサシは近寄り、屈み込んで、柔らかに笑い掛けてくる。
「疲れた?」
「……もう、滅茶苦茶疲れたー」
再び道場の床に両手両足を投げ出す。
「何も考えないで身体使ってた方が全然楽よ」
「だけど、それじゃあ駄目だって、分かったよね?」
「……うん」
外周をぐるぐると回った足の疲れより、遥かに頭を使った疲労感の方が勝っていた。
「結局、経験が無い私は頭を使うしかないってことね」
「そして自分に合った戦い方を学ぶ、っていうところ。それが分かったのならば今日は上出来だね」
手を二度叩き、ムサシは告げる。
「じゃあ今日の鍛錬は終了。後はゆっくりと休むこと」
「えっ!?」
アカネは驚きの声を上げる。
「午前中の特訓じゃなくて今日の?」
「そうだよ」
「何で!? 私はまだ――」
そう言いながら立ち上がろうとした、その時。
くらり、と目の前が真っ白になった。
「――無茶は駄目だよ」
気が付くとムサシに支えられていた。
何が起きたか一瞬分からなかった。
しかし、すぐに理解した。
「私……こんなに疲労していたの……?」
「そういうこと。予想以上に先の鍛錬ってきついんだよ」
だからね、とムサシは彼女をゆっくりと床に座らせながら、優しい声音で諭す様に言う。
「焦らなくてもいいよ。休むこともまた鍛錬だ。急に強くなる人なんかいないんだから、ゆっくりと長く時間を掛けて、きちんと強くさせてあげるよ」
「……」
慰めの言葉だった。
だけどもアカネはその言葉の全容について頭に入っておらず、途中のある言葉に意識が集中していた。
――ゆっくりと長く時間を掛けて――
(おっちゃんと――長く一緒にいられる……)
そのことに喜びを感じていた。
(……喜び? 何で?)
少女は困惑する。
自身のこの感情が理解出来ていない。
首を傾げる。
そんな彼女に短くムサシは鼻を鳴らす。
「……分からないか。まあ、ゆっくり考えてみな」
違う、分からないのはそっちじゃない――と思ったがそれを口に出来ない。
そちらの方ではない――自分の今の感情。
それはやっぱり理解出来ないのだから。
「うん……ゆっくり、考えてみる……」
「それでよし」
ポンとムサシは頭に優しく手を乗せてくる。
それも心地よかった。
――何故心地いいと感じたのかは、全く理解出来ないアカネではあったが。
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