第30話 剣の道 13
スパーン、と。
心地いい音が響いた。
ユズリハがムサシの頭をひっぱたいた音であった。
「セイちゃんはもう! もう! 昨日も言ったけど言い方がひどい!」
「ったあ。久々だな、これも」
懐かしそうに頭を押さえるムサシ。
「うん。ここにいる人はみんな言い方がひどい。よし」
「何が『よし』よ! アカちゃんがあまりの衝撃で混乱しているじゃない!」
ぎゅっと胸元に引き寄せる。
「ほらこんなに真っ赤で! 熱くて! 告白だって面と向かってされたことないのにいきなり求婚の言葉みたいなのを受けたからこんなになっているのよ! 可愛い可愛いアカちゃんが!」
「ユズリハ、隠せ隠せ」
「もう! もう!」
ユズリハが声を上げる度に胸元にアカネは引き寄せられる。普段だったら心地よさとか、もっと心に余裕がある時は豊満な胸に恨みをぶつける所ではあるが、今はその二つとも何も出来なかった。
「……あー、その」
近くでムサシの声がした。
だから顔をそちらに向けた。
物凄く近かった。
「わ、わ、わ!」
「あー、すまん。言い方が悪かった。本当にごめん! わざとだったけど、そんな反応されると思っていなかった!」
「……え?」
少し落ち着いた。
ムサシの困った顔を見たら心も落ち着いた。
「……何? 何なのよ?」
「お、怒っているのね。そうなのね?」
「怒ってはいないけど……」
――落胆はしている。
そう言おうとして止まった。
そして顔に熱さを感じた。
落胆?
何に?
――ムサシからの求婚の言葉じゃなかったことに対して?
「……むう」
「ありゃりゃ。怒らせちゃったね。ごめんごめん」
本当にアカネの内心を理解しているとは思えない様子のムサシ。
そこに文句を付けようとも付けられないもどかしさを感じている所で、
「お嬢ちゃん。その分だけきちんとしてあげるから」
「へ……?」
「あのさ、お嬢ちゃん」
ムサシは目線を合わせて、優しい笑みを見せてきた。
「剣術だけど――俺の指導、受けるつもりない?」
「ある! あります!」
即答だった。
「ぜひともお願いしたいです! よろしくお願いいたします!」
「お、おう……」
ムサシが引いている。
が知ったことではない。
嬉しかった。
想像していた言葉と真逆が来たから。
「ほわああああ……」
もう頭の中が嬉しさで真っ白だった。
ムサシの――『剣聖』の指導が受けられる。
しかも昨日のユズリハとムサシの会話からしてみれば、彼女は上を目指せるということだ。
ユズリハも許可をした。
つまり姉も認めてくれたということだ。
そのことが何よりも嬉しかった。
どんな特訓だって耐えられる。
そんな気がした。
頑張ろう。
そう誓った。
「私は――『剣聖』と同じくらい強い剣士になる!」
食卓の真ん中でアカネはそう宣言した。
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