マジック
うにまる
一本の赤いひもマジック
学祭最終日の午後二時を過ぎたころ、老若男女が行き交う一階のホールで、僕は迷子になっていた。
僕の隣には林田が立っているし、高三にもなると校内図は頭に叩き込まれているから特別道に迷っているわけではない。
しかし僕は人群れの中で立ち止まっていた。楽しそうに話をしながら歩く女子生徒、子どもの成長をのぞき見に来た親、汗だくになりつつも来賓にぶつからないよう細心の注意を払いながらかけ走る生徒会、僕ら以外の誰もが何かに向かって足を動かしていた。おそらくその何かとは、例えば旧友を迎えに行くことだったり、頼まれたかき氷を買いに行くことだったりするだろう。歩みを止めない人々は、「正しい未来を選択している」というただ一つだけの共通点があって、その一つさえ持ちあわせていない僕は、ただその場に立ち止まるしかなかった。背広を着た小太りの男性が僕の真横をうちわを仰ぎながら通り過ぎていく。僕は自分が止まっていることを再確認した。
「九条さんに手紙を渡すかどうか、まだ迷っているのかよ」
林田は僕の顔を覗きながら言った。彼はこの手の勘にめっぽう強い。さすが中学からの幼馴染といったところだろうか、悩んでいるそぶりは一切見せていないはずなのに、すぐに見破られていた。
「まあな」僕は返事をした。返事をした直後に、いささかそっけない返事だったなと悔やんだ。
「一週間前から用意していたんだろ?早く渡しちゃえよ、学祭終わっちまうだろ?きっとうまくいくって!」
「林田の泉のように湧き出るポジティブが羨ましいよ。自分も林田みたいになんでも楽観的に考えて、すぐ決断できればね」
「俺だって悩むときは悩むよ。今だって悩んでいる。ほら、高校生が中学生を狙っていいか、とか」
林田はホールを横切る中学生くらいであろう女子四人組をあからさまに目で追っている。僕はすかさず彼の頭を軽くはたいた。林田は冗談冗談と言って笑っていた。僕は彼のこうゆうところを本当に羨ましいと思った。
「そんなに悩んでいるなら、奇術部の出し物を見に行こうよ。なんでも、マジックと占いがセットになっているんだって」
僕らの高校では、学祭の取り決めとして、クラスごとに何かしらの出し物を行うことになっていた。さらに文化系の部も個別に出し物を行うことができ、例えば美術部は「スポーツ」をテーマにした絵画を展示していたり、茶道部はお茶点て体験といった具合である。林田によると、奇術部も例に漏れず、部室でマジックショーを行っているとのことだった。
「まあ、一通りまわったわけだし行ってみるか」
僕は何の気なしに言った。隣に立っていた林田は予想以上に喜び、ついには僕の手をとって歩き始めようとした。僕は林田の左手を丁重にはたき、足先を部室の方へ向け歩いた。林田の笑い声が後ろから聞こえる。
奇術部の部室は三階にあった。パソコン室と図書室の間に挟まれていて、図書室では図書委員が厳選した「高校生までに一度は読むべき本」の紹介展示、パソコン室ではパソコン部が手掛けたPCゲームの体験を出し物としており、険しい顔をしながら本とにらめっこする老人や、キラキラした目でモニターを凝視するちびっこの姿がうかがえた。これは別に部屋の中を覗きに行ったわけではなく、廊下の壁に付いている透明な窓から見えたという話だ。奇術部はというと、部室自体が狭いのか部屋の中を覗くことができる窓は見当たらず、扉に一応の窓はあったが黒いビニール袋で目隠しされていたため確認することはできなかった。外壁は段ボールとペンキ(のようなもの)で装飾してあり、黒い壁と赤い文字を基調として「Fortune Magic」と書かれていた。
僕はどうにも胡散臭さを感じ、無言で林田の顔を見たが、彼は今にも待ちきれないといった風に目を輝かせている。パソコン室で見かけたボーダー服の少年と同じような表情だった。
「じゃあ、行くか」
林田は奇術部の扉を引こうとする。僕には行かないという選択肢はもうすでになかった。奇術部の部室なんて見たことがなかったから、これも経験かと思いながらおそるおそる林田の後に続いた。
部室の中は予想よりかは広く感じられた。およそ一クラス分くらいの大きさはあるだろう。内装は夜の繁華街にあるバーを意識しているのか、壁も黒塗りで装飾してあったり、長机で設えたカウンターのような場所に瓶が連なって置いてあり、それぞれ架空のラベルが貼られてあった。机をいくつか並べて正四角形になったテーブルもあり、白いテーブルクロスの上にほっそりとした花瓶と燭台が立ててあった。もちろん瓶の中にアルコールは入っていないだろうし、ろうそくの灯も電気で燃えていた。そしてシックで大人びた夜のバーと決定的に違う箇所は、昼下がりの太陽の光を窓から浴びて、部屋全体が緩やかな明りを纏っているという点だった。
見渡す限り客の姿は自分と林田以外には見つからず、他に人はいないのかと声をかけようとしたところで、自分より先に声を発する者がいた。
「林田、来たのね」
「おう、来たぜ」
僕は林田に声をかけた方向に目を向ける。そこには一人の女性が立っていた。女性は黒の燕尾服を着ており、白いワイシャツが胸元を覆っていて、両手にも白い手袋をはめていた。身長は平均的な女子より少し高く、長い黒髪を後ろで縛っている。僕は女性と目が合い、思わず軽く会釈をした。少し吊り上がっているがはっきりとした両目が印象的だった。どこか妖艶な雰囲気さえ漂わせている。女性もまた笑顔でお辞儀をする。先ほどの話し方からいって林田の知り合いだろうか。しかし、僕はその女性をどこかで見たことがあるように感じていた。
「どうぞこちらに座って」
女性はテーブルの一つに僕らを案内した。四角いテーブルの一辺に椅子が横に二つ並べられていて、そこに僕と林田は座った。その対面に女性が移動する。女性の背後が窓側になっており、まるでスポットライトを浴びているように女性の姿が太陽の光に晒されていた。
「今日は来てくれてありがとう、林田、金子君。私は当Fortune Majicの支配人、クリヤマチナツです。今から私がマジックと占いを組み合わせたショーを披露しますので、どうぞよろしくお願いします」
そう言って女性は小さな名刺を二人に配り、胸元に手をあて、ゆっくりと深いお辞儀をした。名刺には「Fortune Majic 支配人 栗山 千夏」と書かれていた。僕は名刺と彼女の顔を交互に見る。先ほど彼女は僕の苗字を口にしていた。ということはやはり僕と彼女は知り合いである可能性が高い。しかし、僕はどうにも思い出すことはできなかった。
「では、始めていくね」
栗山さんは笑顔で二人を見た。その瞬間教室全体からドラムロールが流れてきて、バンッと弾けたようにトランペットやピアノの軽快な音楽が流れ始めた。よく見ると教室の四隅にスピーカーが設置されており、そこから流れているようだったが、僕は完全にこのマジックショーに先手を打たれてしまった。胸の高鳴りが増していく。
「それでは、まずは林田。林田の悩みを聞きましょう。今、悩んでいることは何ですか?」
「んー、悩んでいることなんてないんだけどなぁ」
林田は右手を顎につけて考え込む素振りをした。僕は彼が「中学生」と言うワードを使ってしまったらどうしようと本気で焦っていた。
「この前別れた彼女と復縁できるかどうか、とか」
「あぁ、二組の長嶋さんね、やめておいたほうがいいよ」
「いや、占ってないじゃん!」
林田と栗山さんは大声で笑いあった。やはりこの二人は仲がいい。林田のことはよく知っているのに、栗山さんのことはなぜ知らないんだろうか。僕は二人のやり取りを遠くから眺めているような感覚になる。
「ごめんごめん。では、林田の悩みを占ってあげましょう。今回使うのはこれです」
栗山さんは右ポケットから赤い一本のひもを取り出した。左手にはすでに鋏を持っている。
「林田と長嶋さんはかつて一本の赤い糸でつながっていました。しかし、その糸は突然プツンと切れてしまったのです」
栗山さんは赤いひもを鋏で容赦なく切断した。林田は残念そうに見つめている。
「さて、この切れた赤い糸は元に戻るのでしょうか?現実には無理ですね。接着剤をつければなんとかなるかもしれませんが、完全な一本になることは不可能で、恋愛もまたそのようになっているのかもしれません」
栗山さんは淡々とショーを続けていく。スピーカーもまた軽快な演奏を続けていた。
「ですが、マジックは不可能を可能にします」
栗山さんは切れた赤いひもの切れ目を手で覆った。
「それでは、さんはいっ!」
栗山さんの覆っていた手が開いた。覆われていた部分が見える。赤いひもはまだ、二本のままだった。
「林田、残念だけど、マジックでもあなたの復縁は叶いそうにないと言っているわ。諦めたほうがいいわね」
一言でいえば、林田は驚愕していた。確かにあの流れでは、赤いひもが見事につながっていることを期待するだろう。やはり、高校生の力量では、できるマジックにそれなりの制限があるのかもしれない。
「林田!一発ギャグ!」
突然栗山さんが大声で叫んだ。林田は何が起こったのかわからないと言わんばかりの顔であったが、勢いよく椅子から立ち上がり、渾身の一発ギャグをお見舞いした。彼は絶対にウケないであろうおやじギャグを全身を使って力の限り言い放つというギャグを持っている。彼をよく知らない人でもこれを見て笑わない人はいない。僕は彼のやっていることと表情のギャップがひどいと思いつつ笑ってしまった。
栗山さんに視線を戻すと、彼女は右手に二本の赤いひもを詰めているところで、詰め終わると右手を僕らの前に差し出した。右手は強く握られている。
「でも、林田の面白さと愛嬌があれば、次の恋なんてすぐそこよ」
栗山さんはそっと手を広げた。手のひらには赤いひもが乗っているかと思っていたが、実際には白いひもに変化していて、完全な一本だった。
「林田、これからも面白くいてね」
栗山さんは笑顔で林田に声をかけた。林田は今にも泣きだしそうになっているところをぐっと堪えたようにして、再び椅子に座った。それにしても彼女のマジックは予想したクオリティーよりもはるかに高い。おそらく林田が一発ギャグをしている間に何かタネを仕掛けたと疑ったが、それ以上何も思い浮かばなかった。僕は自分の両手がじんわりと湿っていることに気付いた。息を呑む。彼女なら僕を「正しい未来」へ導いてくれるかもしれない。
「次は金子君の番ね。どう?何か悩みは持っているかしら?」
僕は敢えて考えるしぐさをしたが、何を占ってほしいかはおよそこのショーが始まる前から決まっていた。
「僕には好きな人がいます。その人を今夜グラウンドで行われる花火に誘うために手紙を用意しています。ですが、今になってもその手紙を渡すかどうか悩んでいます」
「なるほど、それは重大な悩みですね。私一人では対処できなさそうです。なのでアシスタントを呼ぶことにしますね。関口君、来て!」
栗山さんは遠くの方を見て、右手をこまねいている。しばらくして後ろから足音が近づいて、僕らの前に細長い男性が現れた。中性的な顔立ちをしていて、前髪が目にかかるか、かからないかのあたりまでのびていた。その男性も彼女と同じような格好をしていて、二人が隣同士で並ぶと、元々コンビでやっていたかのような風が漂った。男性は少しおどおどした様子で栗山さんの指示を目で仰いでいる。
「それでは、準備が整いました。次に使うのはトランプです。このトランプが金子君の未来を占っていくでしょう」
栗山さんは僕らの前にトランプの束を見せた。裏面は緑と青のチェック模様になっていて、あとは何の変哲もないただのトランプのように見えた。
「それでは金子君、今からカードを順番に落としていくから適当なところでストップと言ってね」
栗山さんは右手でトランプの束を持ち左手の上に固定させ、上から一枚ずつカードがを落としていった。まるで急かす砂時計のように一枚一枚早く正確に落ちていく。僕はちょうど半分くらいの位置でストップをかけた。
「はい、ではこのカードは金子君の運命のカードですから、今は大切に保管しておきましょう」
そう言うと栗山さんは左手に乗っている一番上のカードを取り出し、アシスタントの関口君に持ってもらうよう頼んだ。関口君は黙ってカードを受けとっている。
「同じ要領でもう一枚選びます」
栗山さんの手が再び砂時計を映し出す。何度見ても一寸の狂いもなかった。ぼくはつい魅入ってしまったがゆえにストップをかけるタイミングが遅くなってしまい、ギリギリのところでトランプの流れは止まった。
「これは金子君を表すカードです」
栗山さんは左手にある一番上のカードをめくった。表にはハートの”K”が描かれていた。
「ハートのキング!いいカードを選びましたね。男らしくてかっこいい。そして何より金子君の”K”です!」
栗山さんがくだらない冗談を言うのがおかしくて、僕は思わずはにかんでしまう。栗山さんも口の両端を広げて、目を細めている。
「それでは、金子君を表すハートのキングの運命を見てみましょう」
栗山さんはハートのキングを裏返して元に戻し、勢いよくシャッフルをした。そして、僕にもシャッフルするよう促し、僕は慣れない手つきのままカードの束をシャッフルした。カードはとてもつるつるとしていて、慎重に切らなければ手から零れ落ちてしまいそうだった。十分に切った後、栗山さんにトランプを戻すと、栗山さんはそのままテーブルの上にそっと置いた。
「トランプの世界では、ハートのキングはある女性に恋い焦がれていて、その思いを未だに伝えられないでいます。ある女性とは長い黒髪で清楚系で、スポーツも得意。しかし勉強は少し苦手で、ときどき問題に正解しているのを先生に褒められては照れ笑いをする。その姿も可愛らしい、といったところです。ハートのキングは何とかして思いを伝えようにもそれに見合う勇気を持ち合わせていませんでした」
栗山さんは訥々と話を続けている。僕は彼女の冷静さとは裏腹に、身体全身がゆっくりと熱くなっていくのを感じた。彼女の言っていた「ある女性」が自分の九条さんへの印象とそっくりだったのだ。マジックは始まっていないようで、もうすでにショーは幕を開けているらしい。流れていたBGMはトランペットの演奏が止み、ピアノの独奏が続いていた。
「そこで、キングはひらめきました。ある女性に手紙を送ろう。でも、いきなり自分の思いを赤裸々に記しても困惑するだけではないか。よし、ならば学祭の花火に誘う内容を書き、もし来てくれたら、自分の思いを自分の口で直接伝えよう。ハートのキングは決意しました。しかし、手紙もそううまくはいきません。何を書いて誘うべきか一向に見当がつかないのです。ハートのキングは学祭当日の一週間前から、ああでもないこうでもないと思いながら白い紙と闘っていました」
栗山さんはテーブルに置かれたトランプの束の一番上を右人差し指でそっと叩く。そして、一番上のカードをめくるとハートのキングが現れた。さらに続けざま三枚のカードをめくる。それぞれスペードの1、2、3だった。僕は何も言わずじっとカードを眺めることしかできなかった。ハートのキングがいつの間にか束の一番上に乗っていたり、カードが連続して並んでいることも確かに不思議な現象だ。しかし、僕が一言も声を出せないでいたのは、ハートのキングが本当に自分自身と重なっているという事実だった。口の中で粘ついた唾液をなんとか飲み込む。瞬きをしていない自分に気付き、意識して瞼を数回上に下に動かした。
「スペードの1,2,3はキングの手紙を表します。ハートのキングは三枚の手紙を携えて、いざ学祭へと向かうのです。ところで、ある女性はどこにいるのでしょう。捜さなくてはいけませんね」
栗山さんは残ったカードの束をゆっくり持ち上げ、再びシャッフルをした。素早い動きはこの後起こる未来におまじないをかけているようでもあった。彼女の手の動きが止まり、先ほどと同じように一番上のカードをそっと人差し指で叩く。そのカードをめくるとハートの”Q"が現れた。
「ハートのクイーン!やはり私の想像する女性と同じです。長い髪を流しながら美しく振舞っているクラス一の美女。もしかして、苗字か名前の頭文字が”ク”だったりしますか。でも今はそんなくだらない話どうでもよさそうです」
僕はますます混乱した。まるで栗山さんの手のひらで自分が踊らされているかのような錯覚に陥っていた。彼女は自分が九条さんに思いを寄せていることを知っているように話を進めている。でも、どうして知っているのかわからない。まさか彼女は他人の頭の中をこそっと訪ねることができるのかもしれない。いや、そんなことはないはずなのだが、そう思わずにはいられなかった。僕は九条さんを思い浮かべる。眉間にしわを寄せて黒板をにらむ顔、800mをものともせずに走り切る姿、友達と楽しそうにおしゃべりをしながらお弁当を食べている空間。九条さんとあまり接点のない僕は、その空間を遠く離れた自分の席でときどき眺めながら手紙の内容を考えて・・・。
そうか。僕はやっとマジシャンの正体を突き止めた。いつも昼休みにお弁当袋をうちのクラスに持ってきて、九条さんと一緒に食べている女子生徒、それがまさしく栗山さんだった。彼女は別のクラスだからお弁当を食べる昼休みにしか姿を現さない。しかも僕は九条さんしか見ていなかったから、印象が薄かったのだ。これですべての辻褄がうまく合う。
「金子君、大丈夫?」
僕はハッとして思わず栗山さんの両目を見つめてしまった。彼女は困った表情をしている。僕はいったん姿勢を直し、目でショーを続けるよう合図をした。まだピアノのソロが終わっていない。
「さて、気を取り直して。ハートのキングはクイーンに恋をしていることがわかりました。でも、実際のところクイーンはどうなのでしょう。これも占いではちゃんと出ています。クイーンの絵柄はハートです。つまり、クイーンも少なからずキングのことを思っているのです」
「でも、残念ながらキングとクイーンのハートの数に差があります。クイーンはもう一歩のところでキングを愛そうという気になれないようです。さあ、クライマックスですよ」
栗山さんはテーブルに置かれていたすべてのカードをまとめて束にした後、両手で握るように持った。そして、彼女は隣を向いて関口君に頷いて合図をする。関口君は僕らの後ろ側へと移動した。ガサガサと何かをとる音がする。すぐに関口君は戻った。左手には細い銀の短剣が握られている。いつの間にかスピーカーからの音楽は止んでいて、少しばかりの静寂が訪れた。栗山さんは両手に握られたトランプに祈りを捧げるように目を閉じた。
次の瞬間、ドラムロールがタカタカと鳴り始め、栗山さんが3、2、と小さな声でカウントダウンを始めた。そして、両手に握られていたカードの束が即座に延ばされ、彼女が両手を上に挙げると、トランプは空中にパッと開いた。色んな楽器の音色がスピーカーから一斉に流れ出す。宙を舞っているトランプたちは赤、黒、白、緑、青と極彩色をはためかせている。さらに窓から差す太陽の明りがカードの光沢を輝かせ、一枚ずつ光を纏っていた。その光景は夜空に打ちあがる大輪の花火のようだった。
見惚れるのも束の間で、光の板はパラパラと床に落ちていく。そんな中、栗山さんは右手で短刀を目の前の空間に刺していた。短刀には五枚のカードが刺さっている。彼女はゆっくりとそれらのカードを抜き、僕の目の前に置いた。僕はそっとカードを確認してみる。それぞれハートのキング、スペードの1,2,3、そしてハートのクイーンだった。
「金子君の手紙に書かれた思いはきっと伝わるでしょう。最後に、運命のカードをめくってみてください」
栗山さんが言い終えると、隣に立っていた関口君が、ずっと持っていた一枚のカードを僕に渡してくれた。僕はチェック柄のカードをそっと裏返した。そこにはハートの2が描かれている。
僕は栗山さんの顔を見た。彼女は目を丸くしてカードを眺めていた。しばらくの間、誰も音を発する者はなく、小粋なBGMだけが流れている。そして、やっと栗山さんが口を開いた。
「私も予想していなかったんだけど、占いではキングの手紙と花火の誘いによって、クイーンの思いの方が強くなってしまったわ。おめでとう」
栗山さんは満面の笑みでこちらを向いた。後ろで結ばれた長い髪が小さく揺れている。僕は今まで見たことのない摩訶不思議なマジックを体験できたことと、そのマジックによって自分の選択すべき未来が明確に定まったことによる反動で、顔の筋肉すべてが緩くなり、口幅は横に裂けるほど広がり、目元は前が見えなくなるほどに細くなった。心の鼓動が止まらない。
隣の林田を見ると両目からうっすらと涙を流しており、なんとも表情が定まらない男だなと面白おかしかった。
「はい!これで私のショーは終了!何林田は泣いているのよ、次のお客が待っているんだから早く出ていきなさい!」
栗山さんは両手で払うように僕らを追い出そうとした。気づくとアシスタントの関口君が姿を消している。僕は足元のおぼつかない林田を左肩に抱きながら、ゆっくりと出口へ向かった。
僕らが廊下に出ると、栗山さんはすぐに部室の中へと入ってしまい、姿は見えなくなってしまった。僕は外壁に書かれている「Furtune Magic」の文字をみた。栗山さんは最初から僕らがここへ来ることを予知していたのだろうか。いや、そんなはずはない。あのときたまたま行くべき方向がわからなくなって、たまたま林田がいて、たまたま時間があったのだ。それにしても・・・。
僕は壁から目をそらした。林田はまだぐずっている。僕だってまだ魔法の余韻に浸かりたい。しかし、一方でいつまでも「奇跡」にすがるわけにもいかないとも感じていた。
「あれ?金子君じゃない?林田君どうしたの?」
目の前に黒い長髪の女子生徒がいた。僕は目を瞠る。彼女は一人でいたが、なにやらぶつぶつと独り言を呟いていた。自分をここまで連れてきた細長い男子生徒がいつの間にか消えているらしかった。僕はそっと右手で上着のポケットの中を探る。白い紙の感触は確かにそこにあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます