現世のファントム・ブレイヴ - Cruel gear dystopia -
現野 刻
Prologue -The shadow of the clown-
漆黒の道化師は空を嗤う
「なんかァ…ズレた音したなァ…。今。」
耳の穴を小指でほじくり回しながら、
彼は、静かにそう呟いた。
都内某所。
高層ビルが立ち並び、夜を迎えてもなお人々は歩みを止めることはない。
地上の暗闇を感じさせないほどに
絶え間なく続く人々の会話は、車が擦るアスファルトの音すら気にも留めていなかった。
その狂騒の大都会を見下ろし、ビルの隙間に吹く乾いた風と共に、静かに耳を澄ませている者が一人。
漆黒の影を
地上三百メートル以上、街を象徴する電波塔。
その『文字通りの頂上』に、男はいた。
か細いアンテナの上で膝を曲げ、つま先の一点のみで座り込んでいる黒い影。
もはや人間とも言えないこの男の顔は、口が裂けるほどの笑みを浮かべ、猫のような耳を生やした、奇妙な仮面に覆われていた。
星すら見えない暗闇の空に浮かぶ、怪しくも儚く揺らめく紫の髪。
古びた生地に大きめのファスナーがついたコートを羽織り、黒く細く伸びた彼のズボンの先も、ボロ雑巾のように複数の穴が開いている。
地上の人間にはおよそ目視すら不可能である場所に、この不気味な男は一人、耳に手を当てて何かを探るように聞いていた。
「おかしい…。こんだけズレることなんてあるのか?ただの人間が…。」
仮面の雰囲気が少し変わる。
まるで顔を
「あっちか…。」
彼はフラフラと立ち上がり、どこか遠くの一点を見据える。
その先に僅かに見えるのは、小さな明かりが点々と付いた住宅街であった。
「行ってみる…価値はありそうだな。よっ…と…。」
彼は静かに呟くと、下からでは天のように見えるこの高さから、地上へ向かって飛び込んだ。
その足取りは道化師の様に軽く、至極呆気ないものであった。
躊躇することも、恐れることもなく、地上に映る人工的な星空へとその身を投げたのだ。
しかしどうしてか。
電波塔の先を蹴り宙に身を投げたピエロの影は、まるで先程からそこには何もいなかったかのように、
儚ささえ感じる暗黒の空を残して、消えたのであった。
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