第16話 ケーキ食べません?
「ただいまー」
「今帰ったドラぁ」
「あらあら。お帰りなさい」
「モンブラン」
サスペンスドラマの再放送を見ていた
「……あれ?
課題をやりに部屋へ戻ったのでしょうか。リビングに姿は見当たりません。
「そこ」
香さんが指差すので、机の陰をのぞいてみます。青い座布団の上に灰の山が出来ていました。
「(なるほど)今回はどうしたの?」
「発砲シーンでびっくりしちゃったみたいねぇ」
「復活の時は近い」
まだ八美夜さんがこの家に来てから数日しか経っていませんが、彩七さんも春七さんも香さんも色々と馴れてきた感がありました。
商店街のみなさんからもらった差し入れを台所のほうに持って行き、手を洗って、ついでにお皿とフォークを持ってきます。いつの間にか八美夜さんは再生し、何食わぬ顔で座布団の上に正座していました。
「あ。彩七さんに烈火さん……。いつの間に……」
「ちょうど今帰ってきたところです(残機無限て結構なチートですよね)」
「ドラぁ! 早く食べるドラぁ!」
座布団にあぐらをかく烈火さんのポニーテールがバっサバっサ揺れています。どうやら、待ちきれないご様子です。
はいはいちょっと待ってくださいねと宥めつつ、ケーキをひとつずつ折り箱からお皿へ。烈火さんだけでなく、みなさんの目が輝きだしたのがわかります。ドラゴンも吸血鬼も人間も関係なく、やっぱり女の子はケーキが好きなのです。
香さんにはモンブランを。
「モンブラン」
「西田さんがいつもありがとうって言ってたよ」
「毒々しくて強そう」
「もう、ドラさんみたいなこと言って」
「大丈夫。毒属性は使えないくらい弱いか、壊れてるくらい強いかの二択」
「スリップダメージって調整が大変なのよきっと」
「運営の甘え。謝罪はよ」
八美夜さんにはチーズケーキを。
「チーズケーキ……。よく私の好きなケーキがわかりましたね……」
「ここのチーズケーキはとっても上品なんで、八美夜さんも気に入ってくれると思います」
「それはとても楽しみです……」
春七さんにはティラミスを。
「私はこのティラミスかしらぁ?」
「嫌だった?」
「まさかぁ。彩七ちゃんが選んでくれたんですもの、正解に決まっているわぁ」
「ブランデーたっぷりなんだってさ」
「あら、素敵ねぇ。出来ればそのまま飲んじゃいたいくらい」
「もうお姉ちゃんてば。まだ日も沈んでないのに(今気づいたんだけど、お姉ちゃんからお酒のにおいがするような……」
「大丈夫よぉ、もうひと瓶開けちゃってるものぉ」
「なるほどね」
嬉しそうに自分のケーキを眺めるみなさん。彩七さんには素敵なお茶会になりそうという手応えがありました。
(……って、あれ? なんだろう。場の空気は華やかなんだけど、ちょっと物足りないというか変な語尾が足りない……?)
どうしたのだろうと、烈火さんの様子をうかがってみます。桜色のショートケーキが載ったお皿は目の前に。にも関わらず、彼女はジーッと折り箱を見つめています。
(……あ。そういうことか)
直接触ってしまわないように気をつけながら、古新聞に包まれた物体を折り箱から取り出し、烈火さんの前へ。注意を払いつつ古新聞を広げると、白いドライアイスの粒たちが顔を現したのでした。
「ドラ! これがドライアイスってやつドラ?」
「はい。それがドライアイスってやつです」
「ドラぁ~! 白くて小っちゃくて、ドラゴンみたいで可愛いドラぁ!」
「ドラさんが気に入ってくれたみたいでなによりです(確かに白くて綺麗……卵みたいってことなのかな)」
宝石でも見るみたいにうっとりする烈火さんがあまりにも微笑ましいものだから、つい彩七さんも気を抜いてしまいます。
すると、何を思ったのか、烈火さんは一粒のドライアイスを指でつまみ、
「あ、触っちゃダメですよ」
という彩七さんの制止よりも早く、口の中へと放り込んでしまいました。
「ド、ド、ド、ドーラぁ! 超冷たくて美味しすぎるドラぁ!」
興奮状態の烈火さんからはドライアイスの蒸気が混ざった真っ白な鼻息が。その姿はいつもより少しドラゴンらしく見えます。
「あらあら。烈火ちゃん、口の中は大丈夫?」
「ドラ?」
心配しながらもニコニコな春七さんと、なんのことなのかさっぱりな表情で首をかしげる烈火さん。この様子なら大丈夫そうでしょうか。
「ゴンちゃんしない。低温火傷」
「違うわよ香。この場合はただの凍傷(勘違いされがちだけど)」
低温火傷は冷たいものでなるものではなく、例えるなら弱火でじっくりコトコトなるもの。なので、この場合は彩七さんの言っていることが正解です。
「美味しくて凍傷どころか舌がとろけそうドラ!」
まるで飴を噛み砕くみたいにバリバリとドライアイスを食べる烈火さんを見るに、どうやら本当に心配はなさそうです。
「じゃあ、紅茶いれてくるね」
そう言ってもう一度台所に向かう途中。
(あ、)
と思い出し、彩七さんはみなさんのほうを振り向きました。
「ドラさん、他の人には食べさせちゃダメですからね?(念のため)」
「ドラ? もう八美夜に食べさせちゃったドラ」
言うのが遅いと烈火さんは不服そうに唇を尖らせます。
(あーらら)
先ほどまで八美夜さんが座っていた座布団の上には、また灰の山が出来ていました。
「(まぁでも、どうせすぐに再生するし)八美夜さんなら別にいいです」
「そ、それはちょっと酷くないですか……?」
「あ、その状態でも喋れるんですね(一体どこから声を出してるんだろう?)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます