第15話 ケーキ買いません?

 そんなこんなで。

 メンチカツを生け贄に、スーパーご機嫌モードになった烈火れっかさんとともに商店街を抜け。彩七あやなさんたちはとある小さなケーキ屋さんへとたどり着きました。


「いらっしゃいませ。あら、彩七ちゃん」


 店に入るなり、店長の西田さんがショーケースの向こうから声をかけてくれました。ショーケースの中には、美味しそうなケーキが並べられており、いくつかのトレイは空になっています。繁盛している証でしょう。


「西田さん、こんにちはです」

「こんにちは。春七はるなちゃんは元気?」

「はい。さっきまで一緒にトランプしてました(あとじゃんけんも)」

「あら、本当に仲がいいのね」


 微笑ましそうに目を細める西田さんとは対照的に。事情が飲み込めていない烈火さんはとても静かです。


「お姉ちゃん、このお店でアルバイトさせていただいてたんです」

「ほ~、それは納得ドラ。ケーキ屋ってところがなんとなく春七っぽいドラ」

「お花屋さんとかもぽいですよね(パン屋さんとか)」


 ほんわかな春七さんには、そういう小学校低学年の女の子が憧れる職業が無性にしっくりきました。


「ドラさんは何にします?」


 色とりどりのケーキに釘付けな烈火さんへ尋ねます。しゃがみ込み、ショーケースに両手を置く姿が幼稚園児みたいで微笑ましいです。


「ん~……ショートケーキ……ガトーショコラ……フルーツタルト……どれも美味しそうでこんなの選べないドラぁ!」

「ひとつだけですからね」

「ドラぁ……。彩七はドラゴンけちんぼードラ」

「さっきメンチカツ食べたじゃないですか。晩ご飯ちゃんと食べてくれないと嫌ですよ?」

「問題ないドラ! ドラの胃袋は底なしドラゴンだドラ!」

「それでもひとつです。ひとつ」


 確かに、烈火さんはいつも底なしってくらい彩七さんの料理を食べてくれますが、


(ほっぺたを膨らませたってダメなものはダメです)


 ここは心を鬼にして。特別扱いしてしまったら、こうさんあたりがうるさそうなので。


「ドラぁ……ひとつになんて選べないドラぁ」

「何かおすすめってありますか?」


 助け船を出してもらおうと西田さんに尋ねます。


「そうねぇ……こちらの桜ショートケーキなんていかがかしら。春の新作なのだけれど」

「ドラ!? ドラは新作って言葉に目がないドラ。新しいイコール間違いないドラ!」

「これってクリームに苺を混ぜてるんですか?」

「ええ。それと桃を少し」

「こんなに綺麗な桜色が出るんですね。素敵です」

「中にはキウイとかみかんとかフルーツが沢山入っているのよ?」

「ドラ! ドラ、これにするドラ! 新作イコール正義ドラ!」


 烈火さんは桜ショートケーキに決定。けばけばしいピンクではなく、実物の桜みたいに淡い色をしたケーキは、彩七さんの目にも魅力的に映ります。


八美夜やみよさんのはどうしましょう?」

「八美夜はチーズケーキにするドラ」

「あー、確かに似合いますね」

「血を吸う吸血鬼なんだからチのついてるケーキが一番ドラ」

「なら、このレアチーズケーキにしましょう」

「ドラ。レアのほうが生き血感あって間違いないドラ」


 というわけで、八美夜さんはレアチーズケーキです。


(ここのチーズケーキは定評があるから間違いないはず)


 下手したら美味しすぎて灰になっちゃう可能性も。


「じゃあ、西田さん。桜色のショートケーキとレアチーズケーキをひとつずつ。それと、そっちのモンブランと……(私とお姉ちゃんはどうしよう……)」

「ドラ? こっちのモンブランじゃなくていいドラ?」


 烈火さんはショーケースの中を指差しながら首をかしげました。

 彼女が指差しているのは、大粒の栗が乗った茶色いモンブラン。

 彩七さんが注文したのは、その隣にある紫色のモンブランです。


「香はこのお店で作っている紅芋のモンブランが大好きなんです」

「へー。言われてみれば毒属性っぽくて強そうドラ」

「まぁケーキって回復アイテム的なところありますし。西田さん、そっちのティラミスとミルクレープもください」


 注文したケーキを西田さんが折り箱に詰めてくれるの待ちます。その間も、烈火さんはしゃがみ込んだまま幸せそうにショーケースを眺めていました。ぴょこぴょこと跳ねる彼女のポニーテールを見ているだけで、彩七さんはちょっと楽しい気分になれました。まるで髪自体が意思を持っているみたいです。


「彩七ちゃん、ドライアイスはどうする?」

「大丈夫です。すぐなんで(夏場なら痛んじゃうかもしれないけど)」


 なんて考えていると、


「ドラ!?」


 隣のドラゴンが眩しくて火傷してしまいそうなくらい目を輝かせました。真夏の太陽も真っ青です。


「ドラドラドラぁ! なんドラなんドラ、なんドラドラぁ!」


 今日一番嬉しさとか楽しさとかそういうやつがごちゃ混ぜに合体した表情で食いつく烈火さん。


「何って、ドライアイスはドライアイスですよ。氷みたいなやつです」

「ドラ! 名前からしてその美味さドラゴン級ドラ!」


 絶対に美味しいと、今にもヨダレをこぼしてしまいそうな烈火さんにつられ、彩七さんもドライアイスの味について考えます。


(その美味さって……どうなんだろう)


 彼女もドライアイスは食べたことがありません。そして今後食べる予定もありません。間違いなく。


「どうします?」


 ニコニコと目を細め、西田さんがもう一度尋ねます。


「ドラぁ……」


 烈火さんはいじらしい声を出して彩七さんのことを見上げています。


「(そんな雨に濡れた捨て犬みたいな顔して……)……じゃあ、お願いしていいですか?」

「はい、かしこまりました」

「ドラぁ! さっすが彩七ドラ!」


 ヒマワリの花みたいに笑顔を咲かせる烈火さんを見て、


(後処理しなきゃなのがちょっと面倒くさいけど、仕方ないか……)


 やっぱり人間はドラゴンに勝てないんだなぁと、当たり前のことを思うのでした。


「ちなみに、味はついてないですからね(多分)」

「ドラ!? アイスなのにドラ?」

「まぁ、甘くはないんじゃないですか?(知らないけど)」

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