第14話 ケーキ買いに行きません?

「全然納得いかないドラ……! ドラゴン理解不能ドラ!」

「まぁまぁ。そんなに怒っちゃダメですよ」


 未だに不満大爆発な烈火れっかさんを宥めながら、彩七あやなさんは町を歩いていました。


(来週の入学式もこんな感じだったらいいなぁ)


 空はいい感じに晴れていて。

 気温はいい感じに温かかく。

 春のポジティブなイメージを体現したような天気でした。


「ドラの国ではみんなあの手を出すのに信じられないドラ!」

「そうかもしれませんけど、郷に入っては郷に従えって言いますし」

「ゴン!?」

「ゴンじゃないです。郷です、郷」


 すぐにドラゴンと結びつける欲張りな烈火さんを諭しながら町を行きます。


(でも、文句を言いながらもちゃんと一緒に買いに来てくれるあたり、なんだかんだでいい人だよね。……人じゃないけど)


 偉い偉いと思いつつ、いつものケーキ屋さんに行くために彩七さんが先導し、小さな商店街を歩きます。


「あら、彩七ちゃん。今日もおつかい?」


 お肉屋さんのおばちゃんに声をかけられ、彩七さんは足を止めました。


「はい。みんなのおやつを買いに、奥の西田さんのところへ」

「偉いわねぇいつも。あ、そうだ。ちょっと待ってて」


 小太りのおばちゃんはショーケースの中からきつね色のメンチカツを二枚取って茶色い紙袋の中へと入れ、彩七さんへと差し出しました。


「はいよ。今一番美味しいところだから」

「いいんですか?」

「いいっていいって。いつもひいきにしてもらってるからさーぁ」

「ありがとうございます」


 いつもありがとうございますと彩七さんはぺこり。優しい世界の優しいマナーです。

 再びケーキ屋さんへと向かいながら、もらったメンチカツをどうするか考えます。


(二枚か。家に持って帰ってあとで変に揉めたらちょっといやかな……)


 あとで一緒に食べませんかと烈火さんのほうを振り向くも。

 何故か、烈火さんはどこか呆気にとられたような顔で、彩七さんのことを見つめていました。


「……? どうかしましたか?(くも膜下出血かな?)」

「……おかしいドラ」

「頭がですか?(やっぱりくも膜下?)」

「それはタダの悪口ドラ」


 様子が気になって烈火さんのことを心配していると、


「いよー! 彩七ちゃん。偉いねぇ!」


 今度はお肉屋さんの隣にある八百屋さんのご主人さんが威勢よく挨拶をしてくれました。


「あ、本多のおじさん。こんにちは」

「おう、こんにちはってやつだな! あー、そうだ! こいつぁちょうどいい。彩七ちゃん、これ持ってきな!」


 威勢のいいご主人さんが、真っ黄っ黄のバナナを一房投げて寄こしました。彩七さんは落としたり潰したりしないよう、優しく両手で抱き留めます。


「いいんですかこんなに」

「なぁに、いいってことよ! こいつはうちの馬鹿娘に勉強を教えてくれた礼ってやつだ」

「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる彩七さん。今度はバナナをもらってしまったのでした。優しい世界です。


(けど、千春ちはるちゃんは馬鹿じゃないんじゃないかな。全部私に聞かないで、自分で考えてから質問してくれたし)


 そんなことを考えていると、


「よく来たねぇ彩七ちゃん」


 今度は八百屋さんの向かいにある、豆腐屋さんのお爺ちゃんが声をかけてくれました。

 これらの出来事は全ていつものことです。

 彩七さんが商店街に行くと、いつもここの人たちは優しく元気よく彼女に接してくれるのです。

 とてもとてもとても、彩七さんは可愛がられていたのでした。

 そんなわけで。

 色んな店前を通る度に声をかけられ、彩七さんは気分よくケーキ屋さんへと向かっていたものの、ひとつだけ気になることがありました。


「……どうかしたんですか?」


 斜め後ろを歩く烈火さんの顔を見上げ、尋ねます。彼女と一緒に歩いているにしては寂しいくらいに静かでした。いつもやかましいくらいドラドラ言っているのに、この商店街に入ってからというもの、烈火さんはほとんどドラと言っていません。イコール口数少なドラゴンです。


「ドラさん?(変なものでも拾い食いしたのかな?)」


 一体何があったのか、彩七さんにはさっぱりわかりません。


「……許せないドラ」

「え? 何がですか?(政治家の汚職?)」

「何が、じゃないドラ! スーパーかっこよくてみんな大好きなドラゴンのドラより、ただの人間である彩七のほうが人気だなんて、こんなのあり得ないドラ!」


 捲し立てるように変なことを言われ、彩七さんは心からほっとしました。


「(よかったいつものドラさんだ)人気って、そんなんじゃないですよ」

「じゃあそのお供え物はなんドラ!」

「これはお供え物じゃ……(えーと……なんて言えばいいんだろ? 差し入れ?)」


 お肉屋さんや八百屋さんやお豆腐屋さんやお団子屋さんやお魚屋さんやお総菜屋さんなどなどなどから頂いたもので、彩七さんの両手はいっぱいいっぱいになっています。


「ずっとお母さんと一緒にこの商店街に来てたので。だから可愛がってもらってるってだけですよ」

「それでも納得いかないドラ」


 ぷくっとほっぺたを膨らませる烈火さん。ヒマワリの種を口の中に蓄えるハムスターをどこか連想させます。


(なるほど。じゃんけんのことで拗ねてるんじゃなくて、私だけチヤホヤされていることに拗ねているのか。ちょっと失礼かもだけど、可愛らしい……)


 口元を思わず緩ませてしまいそうになるも、怒られてしまいそうなのでここは我慢です。


「こんなのおかしいドラ。この国の人はみんなドラゴンが好きだって聞いてたドラ」

「私、それ初耳です」

「人によっては背中に龍のおっきな絵が描いてあるって聞いたドラ」

「若い人たちは腕とか足にもっと小っちゃいのを入れてるみたいですよ(絵じゃなくて入れ墨とかタトゥーってやつですね)」


 適当な知識だと思いつつ、どうやって烈火さんに機嫌を直してもらおうか考えます。


(別に私がチヤホヤされたくてしているわけじゃないしなぁ今日は。チヤホヤしていただいているのはとてもありがたいことなんだけど……)


 そんなことを考えながら歩いていると、ポケットに入れていたスマートフォンが震えました。香さんからメッセージが着ているようです。


[モンブラン]


 ついでに画像も送られてきましたが、モンブランではなく何故かソフトクリームの画像でした。


(多分モンブランの画像は持ってなかったのかな?)


 歩きスマホはよくないので足を止めてスマホをいじります。お返しに犬がくしゃみしてる画像を送ってあげました。

 すると、


「お、彩七ちゃん。今日は偉いべっぴんさんを連れてるねぇ」


 商店街の端っこにある靴屋さんのおじちゃんが声をかけてきてしまいました。


「あ、どうも(そりゃそうだよね、店の前に止まってたらそうなるよね)」


 無視するわけにもいかないので、彩七さんもフランクに挨拶します。

 もっと拗ねちゃうかなぁと烈火さんの顔色をちらり。

 彼女は眉間にちょっと皺を寄せ、少し渋い顔をしているのでした。


「……? べっぴー、ドラ?」

「べっぴーじゃなくて、べっぴんです。べっぴん。でらべっぴんです」

「どういう意味ドラ?」

「美人さん、てことだと思いますけど(多分)」


 あまり耳馴染みのある言葉ではないので、正確であるという自信はありません。

 しかし、そんな彩七さんの説明を耳にすると、烈火さんは眩しいくらいにキラキラと目を輝かせてふおー!と驚きました。


「ドラ!? つまりドラを美人て言ってるドラ!?」

「はい。実際、黙って何もしていなければとっても美人さんですしね」

「ほ、ほんとドラ!?」

「ほんとですって。写真で見る分には文句なしに美人です」


 背は高くて脚も長く、顔は整ってて愛嬌あいきょうは抜群。

 お淑やかで儚げな八美夜さんとは対照的ですが、


(あれだ、ふたりともルックス以外の減点が激しい残念美人ってタイプ)


 ふたりとも実は似たタイプの美人じゃないかと彩七さんは思っています。


「そっちのべっぴんさんも、これからどうぞご贔屓に」

「ドラ! 目利きのおっちゃん! こっちこそよろしくドラ!」


 真っ白い歯を見せながら、大きくぶんぶんと手を振る烈火さん。靴屋のおじちゃんは特徴的な語尾にぽかんとしてらっしゃるご様子。そんなことはお構いなしに烈火さんは満面の笑みです。


(……まぁ、でも)


 彩七さんの目には、烈火さんの残念な部分がとっても魅力的に写っていました。

 感情表現が豊かで、喜怒哀楽が激しくて、すぐに機嫌を直してしまうところがどこか子供っぽいというか。犬っぽくて彩七さんは気にいっているのです。馬鹿で可愛い大型犬という感じで。


「ドラさん。あとでこのメンチカツ一緒に食べませんか」

「ドラ!? 食べてもいいドラ!?」

「はい。みんなには内緒ですよ?」

「ドラぁ! メンメンメンチのカツカツカツドラ!」


 さっきまでの不機嫌はどこに行ったのか。

 あっという間にご機嫌モードな烈火さんを見て、今日もいい日だなぁと彩七さんはぼんやり思うのでした。


「あ、でも犬ってタマネギ食べちゃ駄目なんですっけ?」

「ドラ? なんの話ドラ?」

「じゃあメンチカツはお預けですね(タマネギ入ってるし)」

「意味がわかんないドラぁ!?」

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