ルイノアルの魔石
藤野 朔夜
ルイノアルの魔石
ルイノアルには死後、強力な魔石となる瞳を持つものが数多く現れる。
ルイノアルの魔石を持つ者は、そのほとんどが短命である。
魔石は持つものが生前相棒と認めた者と、その子孫にしか扱うことは出来ない。
魔石を持つものの外見は普通と変わらない。が、その魔力を秘めた瞳は紫色である……。
※
俺の相棒は黒髪黒目。この大陸にはごくありふれた、どこにでもいる子どもだ。
困る点は子どもであること。
何故ならば、剣士だと常日頃言っているこの相棒は、子どもであるが故に弱い。そう、この上なく、弱いのだ。
俺はといえば、俺も何の変哲もない子どもだ。ただし、ルイノアルの魔石なる物がくっついていたりするが。
子どもな為に、魔石はまだ魔力を発揮してくれない。
ハッキリ言って、負担以外の何物でもないのだ。
瞳の色は隠す事が出来ない故に、嬉しくない方々の歓迎を受けたりする。
そういう奴らは、俺を殺せば魔石が手に入ると、勘違いしているからやっかいなんだ。
なのに、俺たちには対抗手段が無い。
……だからこうして町のあちこちを逃げ回っている訳なのだが。
「だぁぁぁぁ。ちっくしょう。しつこいんだよ!!」
相棒は俺の後ろを走りながらわめいている。
塀の上だろうと、家と家の間の小さな隙間だろうと、所かまわず走り抜ける俺たちは、子どもであることを最大限に活かしているのだが。地の利は相手に有った。そして、人数の多さも。
つまりここを出ればどこに出る、ということを計算して、先回りされてしまうのだ。
「げ、ミラ。左右どっちからも来てる!」
そして後ろからも、だ。
家と家の隙間の向こうに、何人かいるのが見える。
後退も不可能。
目の前は、道を挟んでかなりの高さの壁。
俺は相棒を振り返り、飛ぶぞ、と合図する。
迷えば捕まるのだ。俺にとってこのくらいの壁は、飛び越えるのは何ともない。相棒はこのくらいの道幅が有れば、飛び上がる為の助走になるだろう。
俺は相棒の運動能力の高さは、唯一と言っても良いほどかっているものだ。
塀と言う細くて高い場所を、ほぼ全力疾走と同じ速さで走れるのだ。
そして、この町に入ってすぐくらいに見付かって逃げ初めてから、すでに三十分ほどは経過している。その間走り詰めだが、さすがに息は乱していても、走る速さはあまり変わらない。
俺たちが組んで旅を始めた当初は、平和だった。
それが乱されだしたのは最近だ。
どうやら俺が隠れても、相棒で判断を付けだした奴らは、幾度となく俺たちの前に姿を現してくる。人数がその度に多くなっているように思うのは、きっと気のせいではない。
俺を殺しても魔石は手に入らない、ということを奴らは理解してくれない。
今現在の俺が死んだとしても、大した力の魔石じゃないが、それでも一応魔石にはなる。強大な力のを持つ魔石になるには、俺はもっと成長しなきゃならない。生きている俺が、魔力を使えるようになるくらいには。
そして俺の魔石を手に出来るのは、俺の相棒だけだ。
無理矢理俺を殺した連中なんかに、俺の魔石は使えない。
持っていても、何の力も無い意味の無い石だ。
それを理解しない連中というのは、しつこい上に邪気に満ちていて、正直近付くことさえ遠慮したい。
俺が家族とではなく、今の相棒と旅を始めたのは、そういう連中が原因だった。
俺の親父がルイノアルの魔石を持っていたんだ。余談だが、俺は親父に似た。
奴らのような連中……強大な魔力を手に入れようとした連中が、俺の親父を捕まえて、両目をえぐった。親父の魔石は奴らに渡り、俺は親父を失った。
奴らに渡った魔石はただの紫の光を放つ石でしかないわけなんだが。
俺は家族と離れて、一人で旅をすることにしたんだ。第一の目的は親父の魔石を取り戻すこと。第二の目的は、俺の持つルイノアルの魔石で、家族を犠牲にしない為に、だ。
人間は皆信用出来ないと思っていたのだが、この今一緒にいる相棒は違った。
子どもだから、かもしれないが。それでも良いと思っている。
一人で旅をするより、断然楽しいのだから。
けれど、こうしつこく追い回されるっていうのは、誤算だった。相棒を巻き込んだことを、俺は結構悔やんでいる。
「ミラ、……ここ町のどの辺なんだろう?」
相棒はふと思いついたように聞いて来た。
相棒は俺ほど方向感覚は良くない。その為、走り回ったことで、今町のどの位置に居るのかわからなくなったのだろう。特に初めての町だし。
壁を乗り越えた俺たちは、宿屋らしい建物の裏庭に出ていた。
表へと抜けられる道があることに気付いた俺は、とりあえず相棒の質問を無視して走ることを再開させる。逃げている俺たちには、少しでも休むという時間は無い……。
「やっぱ町から出て、森ん中入っちゃった方が良いよねぇ」
相棒が言うことには、賛成である。
町に居るから追いかけられている、とも言えるからだ。
森に入ってしまえば、奴らは深追い出来なくなる。森で迷えば、俺たちを追いかけている場合ではなくなるのだ。
俺の方向感覚は、森の中でも健在で、大体の位置把握は出来る。だから俺たちは森の中でも迷ったことがない。
そして俺の相棒の剣は、人間相手には弱いことこの上ないが、動物や魔物相手には何とかなる。
「あぁぁぁ!ちくちょう!ベッドで寝たかったなぁ……」
ここの所、森の中での野宿ばかりだったから、久しぶりに町に入れたことで、相棒はのんびりしたいという野望を持っていたらしい。
速攻で奴らに見付かった瞬間、そんな野望は潰えていたのだが。望みを捨てきれなかった相棒の嘆きを後ろに聞きながら、俺は通りに目を向ける。
「よっしゃ!いねぇな。っと、すぐそこが町の門じゃん」
奴らが居ないことを確認後、通りの向こうが町の門だと気付いた相棒が、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。俺がちゃんと考えて走っていたことに対する礼みたいなものだ。
些細なことでも、スキンシップで表現してくる相棒のやり方に慣れている俺は、そんなことはどうでも良いから早く行くぞ、と走り出す。
見付かった瞬間に、森に戻るべきだと考えていたのは俺もなのだから。走る方向を考えるのは、当たり前だろう。奴らに先回りされたりしたおかげで、ずいぶんと遠回りさせられたが。
「待ちやがれ!!」
奴らの声が聞こえてきたのは、俺たちがすでに町から抜け出た後だった。
この町はすぐに森が有るから、逃げるには最適なのかもしれない。
これだけ逃げていた俺たちがここで待つわけが無いだろう。とっとと森の中へと姿を隠す事に成功した俺たちは、やっとそこで一息ついた。
「はぁぁ。ったく、どこ行きゃアイツ等いないんだ?」
もっともだと思う。
以前見つかった大きな街から、ここは遠く離れているのだ。発信機とか、魔術での追跡をしていない限り、こうも簡単に見付かる訳がない。
俺の瞳は、俺たちの二人のどちらからも、そんな物は発見できていない。このくらいは調べられる。
考えられるのは、奴らの仲間がいたるところに居るということだろう。
家族の元を離れ、ルイノアルの街を出たのは早計だったかもしれない。
外がこんな風だと知っていたら、もう少し自分に力が付いてから、と考えただろう。
「ミラ、とりあえず野宿出来る場所を探そう」
この相棒は、俺のせいで町でのんびりが出来なくなったというのに、俺を責める言葉を発しない。これまでも、ずっと。
俺にはいつもそれが不思議だった。
もう一緒にいられないと言われれば、俺は姿を消す気でいるのに。相棒はそれを恐れているかのように、寝る時も俺を抱き締めて寝る。今のように、逃げるのが終わった後も、俺は相棒の腕に抱きかかえられて移動する。
「ミラ、ごめんな。俺弱っちくって。駄目な相棒だよなぁ。けどさ、頼むから、俺の相棒でいてくれよ……」
俺の頭上で、相棒はそんなことを言う。
俺が相棒を巻き込んでしまったことに悔やんで、相棒でいられないと考えたように、相棒も自分の力が足りないことを、悔しがっていたんだとわかった。
「にゃー」
俺はお前の相棒で、お前は俺の相棒だ。と今は言葉を話せないから一声鳴いて、いつもの様に相棒の服の合わせに収まった。
ここが俺の定位置だ。
相棒が、いつもの様に頭を撫でてくれるのが嬉しい。
一緒に成長して行けば良い。俺はそう思った。
ルイノアルの魔石 藤野 朔夜 @sakuyatouno
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