第14話『所謂、前夜』

「お? なになに……プレイヤー一人のお金を半分にさせるカード……だって!」


「お前俺に使ったら電源切るからな」


「小学生のしそうなことしないでっ!! おにいさっきからそうやって脅してくるからなぁ」


 校外学習の前日の夜、俺は特にすることもなく、妹である朱里とすごろくゲームをしていた。 今やっているゲームというのも、友達とやると確実に友情が崩壊するゲームというものらしく、それを借りてきた朱里が俺にやろうと提案してきたのである。 朱里曰く「あたしとおにいの絆はこんなんじゃ切れないからね!」とのことだったが、開始して数分、実の妹に対して殺意が芽生え続けているのは俺だけだろうか。


「ところで朱里さんよ、人生経験豊富なお前に聞くんだけど」


「ん? なにかななにかな?」


「友達と喧嘩したときって、どうやって仲直りしてんの?」


 ゲーム画面を眺めながら、俺は横に座る朱里に問う。 少なくともそういった人間関係については、俺よりも朱里の方がよっぽど詳しい。 友達との遊び方すら知らない俺だからな。


「……冬木さんと喧嘩した?」


 が、その質問に対して返ってきたのはそんな答えだ。 心配そうに、朱里はゲーム画面から目を逸らして俺を見る。 俺の聞き方が聞き方だっただけに、朱里がそう思うのも無理はないか……とりあえず今のうちに朱里に対して攻撃カードを使っておくとして、俺は操作をしながら口を開く。


「いや、そうじゃない。 というよりも、冬木と長峰だよ。 お前、美羽からなんか聞いてない?」


「うーん……特にはかな。 あたしも聞こうとは思わないし、美羽ちゃんも話してくれないと思うし。 けどさ、喧嘩なんて些細なことから起きて、些細なことから終わるものだと思うけどなー。 あたしだって喧嘩しないわけじゃないし」


 些細なことから。 それは、確かにそうかもしれない。 しかし、冬木と長峰の件を些細なことと言ってしまうのは少し違う気がした。 それこそ、朱理が言うように簡単に終わる話でもないのだ。


「ま、なるようになるってことか。 プリン食べよっと」


 極論そういうことである。 ここでいくら悩もうと、考えようと、答えなんて出るはずもなく、その考えに至った俺は朝、母親が買ってきてくれたプリンを食べることにする。


「あ」


 が、立ち上がった俺を見て口を開いたのは朱理だ。 そんな朱理に顔を向けると、俺はその顔を見て瞬時に察した。


「食ったろ」


「……いやぁ、まぁそこにプリンがあれば、そしてあたしの視界に映ったのなら、そこで無視をするのは失礼だと思いましてね。 プリンもあたしのことを見てたし」


「俺に失礼だと考えない辺り腹立つな……」


 今まで俺に食べられることなく朱理の胃袋に収められたプリンは数知れず。 さぞ不服だったであろうプリンたちだ。 というかその度俺は朱理にプリンを買いに行かせてるのだが、こいつもいい加減学習しろと俺は言いたい。 最終的にバレて買いに行かされる羽目になるんだから。


「明日中に買っとけよ」


「おっけい! 安いのでいい?」


「なんでもいい」


 特にこだわりがあるわけではない。 母親が買って来るのは病院近くにある菓子屋のプリンで、少し高いやつではあるものの俺は生憎舌が肥えているわけじゃないからな。 というかもしや、朱理はそれを織り込み済みで俺のプリンを度々食べているのか……? だとしたらなんかめちゃくちゃ損している気分になってくる。


 と、そんなときだった。 今の時刻は夜8時過ぎ。 そんな時間だというのに、唐突に家の電話が鳴り響く。


「お母さんかな? あたし出るね」


「おう、どうでも良い電話だったらしっかりこんな時間にかけてくんなって言っとけよ」


「あいあい了解」


 言うと、朱理は電話の下に小走りで駆けていく。 そして受話器を取り、数度の会話をしたあとに「少々お待ちくださいー」といい、俺に顔を向けた。


「おにいにだったよ。 女の子!」


「冬木、秋月、長峰、美羽、どれ? ちなみに長峰だったら切っていいよ。 秋月だったらもう寝たってことにしといて。 美羽か冬木だったら出る」


「酷い対応だね……でも聞いたことない声だったよ? 冬木さんでもないし、美羽ちゃんでもないし、長峰さんでもないし。 秋月さんかは分からないけど……水瀬みずせって言ってたかな」


「水瀬? 誰それ?」


「いやいやあたしに聞かれても」


 もしかしたらこの前俺に話しかけてくれた奴……長峰のことを教えてくれた三河かも、とも思ったのだがそれも違うようだ。 しかし水瀬ってのは一体誰だ? 俺が覚えていないだけで、クラスの誰かだとは思うけど。


 そうなってしまっては仕方ない。 俺に用事があるなんて相当な変わり者だが、無視して明日騒がれても単に面倒なだけ。 なんといっても明日は校外学習で、冬木のことに集中したい。 余計な面倒ごとは御免だ。


 そう思った俺は、嫌々ではあるものの朱理が差し出した受話器を受け取る。 朱理は興味津々に俺のことを見ていて、それにまた嫌気を覚えながら保留を解除し、耳に当てた。


「もしもし」


『夜分遅くにごめんね、あなたのことは秋月さんから聞いたよ。 わたしは水瀬っていうんだけど……』


「えーっと、ああ、真ん中ら辺に座ってる」


『……うん? ごめん、よく分からないけど、空にゃんと、愛莉と仲良くしてたって言えば分かるかな。 水瀬友梨って、聞いたことない?』


 水瀬友梨。 言われて思い返すが、顔は当然出てこない。 少なくとも中学、高校と俺に関わってきた奴らの中に水瀬友梨という人物はいなかったはずだ。 自慢ではないが、俺の家に電話をかけてくるような物好きな奴は数少ない。 だからそんな物好きなら俺も名前を覚えていそうだし、俺の知っている奴ではない。


 しかし、その名前には聞き覚えがあった。 苗字はともかくその名前……友梨ってのは、確か。 そして愛莉ってのは長峰愛莉、空にゃんってのは冬木か。 今度そう呼んでみようかな? 怒られそうだしやめておこう。 一瞬で冷たい視線を予想できたよ俺。


「えっと、もしかして冬木が嫌われた原因の人?」


 俺としては対して関わりもないし、そもそもこんな時間にかけてくる礼儀知らずにはこのくらいの対応で良いだろう。 そう思い、俺は返す。 すると、水瀬と名乗ったその女はあまり気にしていないように口を開いた。


『うん、まぁ……やっぱそうだよね。 秋月さんには聞いたけど』


 秋月。 あいつか、俺の個人情報を漏らしたのは。 確かに家の電話くらいあの馬鹿担任に聞けばすぐ分かりそうだ。 そこから調べ、水瀬という奴に情報を流しやがったな! これは怒らないと、もちろん頭の中で。 面と向かって文句を言えば言い負かされる気しかしない。 最悪の場合物理的被害を被るかもだし……別にビビってるわけじゃないからな。


『実は、君に頼みがあるんだ。 いろいろ事情は知ってるし、わたしだけ知ってるっていうのもフェアじゃないから……昔話に付き合ってもらっても良い?』


「……冬木のことか」


 少し、迷った。 冬木のことに関しては俺はあまり踏み込みたくないと考えていて、冬木の口からでなければ聞きたいとも思っていない。 今ここで聞いてしまうのは、冬木に対して悪いとも思った。


 が、昨日の秋月の言葉が蘇る。 俺の考え、俺が思う俺の気持ちというのをあいつは、正面から「逃げているだけだ」と、そう言い切ったのだ。 怯えているだけ、今の状態が変わることに対する恐れ。 最初はもちろん、ただ無理やり聞くのは良くないと思っていたそれだったけど……今になっても避け続けてしまうのは、単なる逃げに過ぎない。


「分かった」


 そして、俺の言葉を聞いて話し始める。 朱理に目配せをし、俺は自室へと向かいながらその話に耳を傾けた。

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