第11話『所謂、小休憩』

「散々だった」


「でも、楽しそうでした」


 主にイルカがな。 今はこうして終わったところであるものの、ステージ上で晒し者にされた挙句、小さな子供は「このお兄さん、大きいのにイルカさんと遊んでる」みたいな目で見て来やがった。 お前の顔は覚えたからな、いつか覚えとけと俺は密かに思っている。


 そして、冬木は遠くで北見と一緒にそんな俺を眺めていたという具合である。 携帯を構えていたところから恐らく写真でも撮っていたのだろう、お前の行動も覚えたからな、いつか覚えとけと俺は密かに思っている。


「イルカも凄いですね、知能が高いということは知っていましたが、あそこまで芸を覚えられるなんて」


「だな、もしかしたら俺より賢いかもな、はは」


「そうですね」


 そうですね、じゃないでしょ。 せめて「いえそれは」と否定して欲しかったんですよ俺は。 イルカと同等の知能だと思われてるのか……!?


 そんな無駄話をしながら、俺と冬木はイルカショーの会場前にあるベンチに並んで座っている。 室内ということもあり、涼しい風で涼みながら、俺は緑茶で冬木はリンゴジュースを飲んでいた。 ちなみに少しゆっくりするということを北見に伝えたところ「それなら私は時間が勿体ないから、ここでお別れね」と言って姿を消した。 時間が勿体ないと水族館を必死に見て回る担任の姿はできれば見たくはなかったな。


「……いつも部屋で過ごしているので、体力的に厳しいですね」


「全く同感だな……」


 インドア派というべきか、それともインハウス派とでも言うべきか。 俺と冬木は友達がいないので外で遊ぶことがない。 こうして休日に出かけるということ自体、下手をすれば数年振りの出来事である。 高校一年ながら、既に体力的に老人なのが俺と冬木だ。


「……成瀬君、体力作りをしましょう」


「もしかして聞いた?」


「はい」


 体力的に老人という思考が冬木にとっては看過できなかったらしい。 しかしそうは言われても、俺みたいな面倒臭がりにそんな提案をしてくるなんて身の程知らずな奴め。


「いやでも、冬木はそれなりに体力ある方じゃないか? この前だって、神中山まで北見と一緒に行ってたじゃん」


「そうは言われましても、今日は……ふぁあ。 ……なんだか疲れました」


 言いながら、冬木は小さなアクビをしていた。 それに加えて若干眠そうにしており、普段から眠そうな目付きな冬木であるものの、今はそれに拍車がかかり寝始めてもおかしくはなさそうだ。 そして俺はそれを見て、なんとなくだがその理由に察しがついた。 今日一日、というかまだ半日だけど、冬木は割りとはしゃいでたから疲れたんだと思う。 館内を見て回っていたときもそうだし、イルカショーのときもだ。 特に先ほどまでは興奮しっぱなしで、冬木にしては大変珍しく夢中になっているという感じだった。 そのため、終わった今になって疲れが押し寄せているのだろう。


「朱里たち、まだ見て回るってさ。 どうするよ」


「……それであれば、少し気になるところが」


 言うと、冬木は立ち上がる。 どうやら冬木は行きたい場所というのがまだあるらしい。 自らの疲れを押し殺してまで行きたいところってどこだろう。 そんなことを思いつつ、俺は冬木の後に続くのだった。




 そうしてやってきたのは、グッズショップであった。 水族館の中に設置してあり、一際クーラーの効いた店内には様々な物が置かれている。 冬木はどうやらここが気になっていたらしく、店内に入るなり辺りをキョロキョロと見回していた。


「……」


 そんな冬木を観察するのは俺である。 もしかしたら、水族館で魚を見るよりもこうして冬木を見ていた方が楽しいかもしれない。 なんかあれだ、生まれてからずっと人間社会と交流を断ってきた奴が、突如として人間社会に放り込まれたかのようなアレ。 冬木の反応を見ているとそんな感想を持ってしまう。 きっとこの思考が聞かれていたらこっ酷く叱られそうだ。


「あ……!」


 しばらく辺りを見回していたと思えば、冬木は何かを見つけて目を見開く。 どうやら目的の物を見つけたらしい。 小走りでそこへと駆け寄る冬木を観察しつつ、店内の冷えた空気に安らぎを感じつつある俺だ。 一生ここにいたい……。


 そんな中、冬木はとある陳列棚の前で立ち止まる。 俺は店内に入ってから出入りの邪魔にならないように一歩だけズレて、その場で待機しているから冬木の背中しか見えておらず、冬木が何を見ているのか殆ど分からない。 が、その棚にはどうやら水族館にいる魚たちをモチーフにしたぬいぐるみが置かれているようだった。


 ……そういえばだが、前に冬木の家へ行ったとき、布団の隙間からぬいぐるみの一部が見えていたっけか。 もしかしたらそういう類のものが好きなのかも。 にしてもどんなぬいぐるみを見ているのか、こうなると気になるな……見てみるか。


 思い、俺は冬木の下まで歩いていく。 そして、冬木の背中越しに覗き込む。


 冬木が手に取っていたのは、先ほどショーでも見たイルカのぬいぐるみだった。 冬木の性格とのギャップを考えると、可愛らしいぬいぐるみを持っているんじゃないかという予想だが……冬木の手に収まっているのは、どこかムスッとした顔をしているイルカのぬいぐるみである。 というか全然可愛くねぇ……どことなく冬木に似ている辺り、怖くも思う。


「それ買うのか?」


「はいっ!?」


 冬木はまるで驚かされたかの如く、勢い良く振り返り勢い良く言う。 いやいやそんな驚かれても……さっきまで一緒に行動してたんだし。


「いえ、買いませんが」


「……ああそう」


 言わずもがな、嘘である。 買う気満々じゃねぇか!


「でも、どうせならもっと可愛いのにしろよ。 これとか朱理好きそうだな」


 言いながら俺はクラゲのぬいぐるみを手に取る。 目が可愛らしく、朱理が好みそうなふわふわ具合だ。 あいつはこういうふわふわしたぬいぐるみ好きだからな、多分自分の頭がふわふわしているからだろう。


「……はぁ?」


 え、怖い。 冬木さん怒ってない……? 怒ってるよね? 冬木が「はぁ?」とか言うの初めて聞いたんですけど。


「どう考えても、こちらの方が可愛いですが。 成瀬君が持っているぬいぐるみのように、媚びを売ってくるものは好きではありません」


「いや別に媚びを売ってるわけじゃないと思うけど……」


 というかぬいぐるみに対して媚びを売っているって言う奴初めて見た。 お前はなんかぬいぐるみに恨みでもあるのかと言いたい。


「可愛いと思いませんか? このイルカ」


 冬木はそのイルカぬいぐるみを両手に持ち、俺の顔の前にやる。 そのぬいぐるみの横から顔を出し、どうかと俺に尋ねてきている。


 ……ムスッとした顔にどこか人を見下したような目付き、どこかで見たような気もするが、気のせいということにしておこう。


「まぁ、良いんじゃない? 冬木が欲しいなら買えば良いと思うけど」


「だから買いませんし、欲しくもないです」


 こいつのこの矛盾っぷりは最早尊敬に値するレベルだ。 あくまでも俺の前で買うという行動がしたくないのかもしれない。 ここはひとつ、成瀬修一空気を読むべき場面だ。


「そうかよ。 ああてか、俺ちょっとトイレ行ってくるから適当に見といて。 すぐ戻る」


「そうですか、気を付けてくださいね」


「おう……って気を付ける? って何に?」


「水族館のトイレには、サメが出るという話があるので」


「いやいやそれはないだろ……」


 どんな冗談だと思い、俺は適当にあしらって店の外へと足を向ける。


「……ないよな?」


「ないといいですね」


 一応、念のため聞いてみた。 すると、冬木からそんな意味深な答えが返ってきた。 きっとそのことについては冬木も詳しくは知らない……はず。 だからその言葉は真実ではないし、嘘でもない。 しかしそれが俺を余計に不安にさせる。


 ……朱里に聞いてみよう。

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