第23話『妹と、姉のような』

「あ、冬木さんはっけーん! 突撃朱里号!」


「っと……朱里さんですか」


 背中に体当たりをされた。 朱里さんらしいスキンシップの一種で、成瀬君は度々こうして突撃されていると前に言っていた気がする。 親しい人にしかやらないから、お前がされることはないだろうなー! と成瀬君は上から目線で言っていたが、そんなことはないようだ。 親しい人以外にもするか、それとも私が親しい人と認定されたか、そのどちらかということになる。 いずれにせよ、成瀬君には「朱里号に突撃された」と報告しておくべきかな。 その報告に意味があるかどうかは置いておいて。


「今学校帰りですか? 珍しいですね、おにいと一緒じゃないなんて」


「今は初学期テストで、午前中に終わるんです。 朱里さんもですよね?」


「うんそうそう! ……ってなんで知ってるの!?」


 驚いたように、オーバーリアクションと共に朱里さんは体を仰け反らせる。 そんな仕草に思わず笑ってしまい、私はその答えを口にした。


「私もその中学に居たからですよ。 成瀬君と一緒でないのは……私は今日、買い出しがありまして」


「買い出し?」


「……比島さんのことは聞いていますか? 成瀬君から」


 聞いていなければ、そこから説明しないといけないと思い、私は尋ねた。 すると、朱里さんはしばし悩んだ後、口を開く。


「おにいから少し!」


『一応しっかり聞いてるけど、おにいからは「べらべら喋るなよ」って釘刺されてるし……少しってことにしておこう』


「……構いませんよ。 いずれ分かることですし、私も隠そうとは思っていません。 両親に捨てられ、私は今比島さんに面倒を見てもらっています」


「あう……読まれちゃったかー。 むー、冬木さん手強いかも。 別に冬木さんに嘘を吐こうと思ったわけではなくてですね……」


 私がハッキリと言うと、朱里さんは慌てたように両手を動かし、そう言葉にする。 そのひとつひとつから感じられるのは、私のことを思ってのものだ。 そしてそれは、成瀬君から来る思いやりでもある。


「大丈夫です。 それで、夜はジャズバーをやっているので、それの買い出しで今日はお出かけです」


「……なんか、前も思ったけど冬木さんって、あたしがおにいから聞いてる印象とだいぶ違うんだよねー」


 目を細め、私の顔を凝視しながら朱里さんは言う。 はて、朱里さんが成瀬君から聞いているという印象はどのようなものなのだろうか。 少し、朱里さんに対して当たりが強すぎたか、それとも堅苦しすぎたか、それとも怖いという印象を持たれているか。 そのいずれかだとは思うけれど。


「成瀬君から聞いている印象、とは?」


「氷のように冷たくて、俺のことを奴隷か何かだと思ってるような態度って」


「そうですか」


「……あれ、これ言わない方が良かったやつ? 冬木さんの笑顔がなんか怖いっ!」


 裏でそのようなことを言っていたなんて。 今度、成瀬君とはゆっくり話し合いをした方が良いかもしれない。 それこそじっくりと、何を思ってそんな発言をしたのかと問いたださなければ。


「ところで、朱里さんもお買い物ですか?」


 私が足を向けていた先にあるのは、スーパーだ。 私の家からでは近いものの、成瀬君の家からとなれば結構な距離がある。 しかし数少ないスーパーの一つは、買い物をするのであれば避けられることはない。 私の場合、以前まで立ち寄ることはなかったけれど……最近、少しずつだが比島さんと話すようになり、こうして買い出しを頼まれることもある。 私も私で時間を持て余しているということもあり、そういった場合はすぐにこうして買い出しに出かける、という流れだ。


「そうそう! 実はおにいの分だったプリン食べちゃってさー、おにいったら超怒って、あたしにプリン今すぐ買ってこい! とか言っちゃってさー、朱里ちゃんはプリン一つのために遠くのスーパーに出張中です!」


 敬礼し、朱理さんは言う。 それを受け、私は思わず笑ってしまう。


「成瀬君でも、そんなことで怒るんですね。 ふふ」


「え! おにいすぐ怒るよ!? 家でのおにいめっちゃ怖いし! でも、ああ見えてお人好しだから困った困った……てか冬木さん、笑うとめちゃくちゃ可愛いよねー」


「へ? あ、と……それは、どうも」


 突如としてそんなことを言われ、虚をつかれる。 なんだか恥ずかしくもなり、私は思わず朱理さんから顔を逸らす。 いきなり妙なことを言うのは兄妹共通のことなのか。


「照れてる冬木さんもかーわいー! ねえねえ冬木さん、一緒に写真撮ろ!」


 そう言うと、私の返事を待つことなく朱理さんは私の体に自分の体を密着させた。 多少強引だとも思ったが、朱理さんの性格はそういうものなのだろう。 成瀬君が「朱理は友達が多い」というのにも納得だった。 話していて楽しいと感じられるのは、新鮮な感覚だ。 馴れ馴れしいといえばそうかもしれないが、朱里さんの持つ雰囲気が独特なものがあり、嫌悪感というのは不思議となかった。


「写真、ですか?」


「ほらほら、カメラ見てー」


 私の言葉は既に朱里さんの耳には届いていない。 突然のことに、戸惑いつつも私は言われた通りにカメラを見る。 と言っても、朱里さんの持つスマートフォンのカメラを。 にっこりと笑った朱里さんは、すぐさまそのシャッターを切った。 カシャ、という音と共に、朱里さんは私から離れる。


「いえい! 冬木さんとのツーショット! 見て見て、可愛いでしょーあたし」


「え、あ、と……あ、ほんとですね」


 こういう経験は、今までしたことがなかった。 離れたと思った朱里さんは、撮った写真を確認したと思えば、また私の横へとやってきた。 そして、その写真を私からも見えるように持っている。


 映っているのは、言葉通りの可愛い表情の朱里さん。 そして、きょとんとした顔をしている私だった。 つい先ほど、私はこんな顔をしていたのかと思うとなんだか恥ずかしくも思えてしまう。 まるで、初めて写真を撮られた人、といった感じ。 強ちそれも間違いでないけれど。 こういう風に、友達……と言って良いのかな? このように写真を撮るというのは初めてだ。


「うひひ、冬木さんもかーわいーなー。 これ、おにいに自慢してやろうと思ってるんだけど送っても良いかな!?」


「……成瀬くんに、ですか」


 少し、迷った。 数秒、迷った。 だが、その迷いの正体が何か分からず、理由が分からず、私はすぐさま口を開く。 別にそれを送られたとして、困るようなことはないと判断する。 私の顔など、むしろ成瀬君くらいしか見ようとも思わないだろう。


「ええ、良いですよ。 これから一緒にお買い物、と付け加えれば良いかもしれません」


「やった! おにい悔しがるだろうなー」


 朱里さんは言いながら、手慣れた動作で画面を押していく。 成瀬君の連絡先は当然知っているようで、メッセージアプリでその写真を送っていた。 反応がすぐ返ってくると知っているのか、画面はそのまま私に見せている。


 朱里:冬木さんとデート! 美少女二人のツーショット。


 その内容については、触れないでおこう。 朱里さんなりのお世辞ということだろうから。


 修一:冬木の間抜けな顔サンキュー。


「な」


 間抜けな、顔。 なるほど。


「おにいバカだなぁ……」


 朱里:ちなみにだけど、一緒に冬木さんも見てるよ。


 修一:やっぱり美少女二人だと這えるな。


 慌てたらしい。 誤字がそのままで、急いで取り繕っている姿が目に浮かんでくる。 しかし、間抜けな顔、という発言は看過できない。 今度、仕返しの策を考えないと。


「おにいへひと言どうぞ!」


「わ、私ですか? ええと……」


 そんなことを考えていたそのとき、朱里さんが私にスマートフォンごと手渡した。 突然のことに動揺し、それを持ったまま少しの間、固まる。 が、送るべき言葉はすぐさま思い浮かんできた。


 朱里:冬木です。 明日、学校で会うのが楽しみですね。


「……おにいの言っていたこと少し分かったかも」


「どういう意味ですか?」


「ううん! なんでもないない! はい、というわけで買い物しゅっぱーつ! 朱里号だよ!」


 私は本当に、朱里さんの言葉の意図が読み取れずにそう尋ねたのだが、朱里さんは焦ったように立ち上がるとそう告げる。 思考が聞こえず、私の何に怯えているのかが分からない。


 ともあれ、こうして二人での買い出しは始まった。

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