第21話『悩みと、悩み』
「……ふう」
それから、私と成瀬君はしばらく話し込んだ後、それぞれ帰路に就いた。 成瀬君は馬鹿正直に家まで送ると言ってくれたが、私はそれを嘘ではない言葉で断った。 成瀬君もそれで納得したようで、真っ直ぐ家へと向かって行った。
……というのも、さすがに色々とありすぎて整理する時間が欲しかったのだ。 私とて、動揺してしまうことなんていくらでもある。 今日とか、今日とか、今日とか。
今でこそお風呂に入り、夕飯を食べ、ベッドにこうして寝転がってはいるものの、信じられないような気持ちで埋め尽くされている。 あのしつこいほどに私に付き纏ってきた成瀬君が、まさかそんな力を持っていたなんて露ほどにも思わなかったし……。 でも、だからこそ私の言葉にあった嘘に気付き、関わってきたのだろうとも思う。
「あれ、でも……ということは、私との最初の会話」
切っ掛けは、あそこだったのかもしれない。 本音では、私も普通の学校生活をし普通に友達と遊び、普通に楽しく過ごしたい。 だから、私が最初に発した言葉で成瀬君は私に構うようになったのか。
……それは少しズルくはないだろうか? 裏技を使われたような、そんな気分。
けれど、お互い様かもしれない。 私も私で、散々成瀬君の思考は聞いていたわけだし。
「……友達」
今日、私と成瀬君は友達というものになった。 似た者同士、同じ悩みを持つ同士、言ってしまえばこれは傷の舐め合いなのかもしれない。 でも、不思議と嫌な気分ではない。 むしろ、良い気分ですらあった。
今日という日は、きっと記念すべき日になる。 成瀬君にとっては分からないけど、少なくとも私にとってはそうだ。 成瀬君であれば、私は近くにいても大丈夫。 同じような物を持っているから、分かり合える。
そう考えると、憂鬱にも感じられたこれからの3年間がとても楽しみに思えてきた。 たった1人、たったそれっぽっちの変化がここまで自分に影響を与えるなんて、思いもしなかった。
「……あ、連絡先」
そういえば、そういえばだ。 成瀬君の連絡先を私は知らない。 明日にでも聞こうかと思ったが、果たしてそれを聞くのは成瀬君的にどうなのだろう。
……さすがにいきなり過ぎるだろうか? もし聞いたとして、それではまるで私が四六時中成瀬君と連絡を取りたい女みたいにならないだろうか? いやいや、そんなことは当然ない。 断じてないけれど、変な勘違いをされるのは困る。 私と成瀬君は友達だけど、そこまでの好意を抱いているわけではないし。 何より成瀬君は、私のことをからかってくる節がある。
「……難しい。 世の中の人たちは、一体どうやって連絡先を」
そして、私はパソコンの前へと座る。 横に置いてあった眼鏡をかけ、その画面と向かい合う。 今回調べるのは「連絡先を聞く方法」である。 キーワードを検索ボックスに打ち込み、エンター。 結果はすぐに表示され、私は一番上にあった「中高生の悩める男女へ、連絡先を聞く方法!」というリンクをクリックする。
「……その1、まずは仲良くなることから。 他愛ない話や趣味の話など」
分かりやすく、時系列と順序を並べているサイトがあった。 これは良いと思い、私は読み上げながら頭の中に放り込んでいく。
「その2、何気ない会話から「あ、そういえば」のような感じで連絡先を聞く……それだけ。 それだけ!?
それだけってなに!」
なんてことだ。 不親切すぎる! そもそもまず、何気ない会話とはなんだ。 その何気ない会話が知りたくて私は調べているんだ! それとも、そんなことは書くまでもないことという私に対しての挑戦状か。
……そういうことか。 それなら私はこの書き手に勝つしかない。 冬木空は存外、負けず嫌いなのである。
よし、分かった。 何気ない会話から連絡先を聞き出す、やってやろう。 もしも成瀬君が断りでもしたら、成瀬君の思考を聞いて何かしらの弱みを握って……。
違う違う、危ない……思考が邪の方に傾いてしまっている。 人の弱みを握るのはよくない。
「ええっと、それで……連絡先を聞いた後はもう安心」
どうやら、まだ続きがあるようだ。 私は指でその文章を追いかけながら、読み上げていく。
「朝は挨拶から入り、何気ない会話をしてください。 朝ご飯は何を食べたか、今日の授業の話やテストが近ければその話、朝にやっていた何気ないニュースの話でもOKです。 注意事項、あまりにも重い話はNG」
これは親切だ。 連絡先を聞いた後のこともしっかりと書かれている。
「それを繰り返し、徐々に距離を詰めていってください。 ある程度仲良くなったと思ったら、夜に電話をかけてください。 そしてひと言「声が聞きたくなった」と言えば、イチコロです……馬鹿ですか!?」
思わず机を叩く。 なんだ、声が聞きたくなったとは。 なんだ、イチコロとは。 殺すのか、成瀬君を殺すのか!? いやいや、落ち着こう私。 冷静に考えれば、この流れになっても不思議ではない。 だが、私にはこんな部分までは必要ない。 よって、頭の中から削除。
「……とりあえずお気に入り。 さて」
ひとまず、この件については保留にしよう。 やはり、いくら友達になったからといって浮かれて距離を詰めすぎるのは良くない。 あくまでも慎重に、あくまでも焦りすぎずに仲良くなればそれで良い。 私は私なりに、確かに普通と比べたら時間はかかってしまうかもしれないけれど……自分のペースで物事は進めるべきだろう。 もちろん、成瀬君が私の連絡先を聞いてきたら拒否はしないけど。
……なんだか、色々考えていたら外の空気が吸いたくなってきた。 時間はまだ夜の9時だ、外へ出るには少々遅い気もするけれど、この田舎であれば道行く人は殆ど顔見知り、戸締まりだって満足にしないほどだから、問題はないだろう。
そんな判断を下し、私は部屋着に上着を着て、まだ少し寒い外へと出るのだった。
「ふう」
こういうとき、私に対して無関心な比島さんの存在は助かる。 私も私で近くには寄らないから何を考えているのか分からない部分はあるが、私に対して酷く無関心なのは事実だ。 それに関して文句なんて当然ない、むしろ私に衣食住を与えてくれているだけで十分過ぎる。
と、比島さんの話もそこそこに。 私は行く宛もなく夜の田舎道を歩いている。 虫の鳴き声が聞こえており、確かこの時期に聞こえる声の主は、バッタの一種だったと思う。 ジー、という風情ある鳴き声は、辺りに響き渡っていた。
田舎といっても、何もないわけではない。 私の家は幸いにも駅に近いこともあり、まだ盛んな方だ。 近くに商店街もあれば、駅もある。 そして何より大きな図書館に、コンビニもある。 もっともコンビニは夜の11時には閉まってしまうけど。
本格的な田舎は成瀬君の家の方だろう。 あそこまで行けば道も狭く、かなり歩かなければ買い物だって出来はしない。 そう考えると、私の家はかなりの好立地なのだ。 別に自慢にはならないが。
「……星が綺麗」
立ち止まって、空を見た。 夜空には沢山の星が輝いており、それを見ていたら心がどんどんと透き通るような感覚がした。 こんなにもゆっくりと、じっくりと星空を見たのは初めてかもしれない。 今まで私が見ていたのは、自分の足元くらいのものだったから。
不安定過ぎる足元をずっと眺めていた。 いつ崩れてもおかしくはない、いつ倒れてもおかしくはない、そんな道を私は歩いていた。 けれど、それは今日少しだけ変わった気がする。 これから先、何かが変わっていく気がしている。
「おっと、珍しいところで遭遇」
ああ、そうだ。 そんな、気がしているだけ。 私がいくら喜んだとしても、幸せを感じたとしても、前へ進もうとしたとしても、誰かと友達になれたとしても。 それは、そんな気がしているだけなのかもしれない。
「……長峰さん」
声の主は、私の敵だった。 私の目の前で、彼女はいつもと変わらぬ端正な顔で私を見ていた。 同じ性別の私から見ても「綺麗だな」との感想を抱くくらいに、彼女の顔立ちは整っている。 が、正直……こんな日に会いたくはなかった。 今はただ、少しだけ零れ落ちてきた物に耽っていたかった。 でも、どうもそう簡単に話を進ませてはくれないらしい。
「こんな時間に外出とか、とうとうグレたの? あ、でも髪染めてるしこの辺りでは不良ちゃんか」
不敵に笑い、長峰さんは言う。 彼女の心はいつも変わらない、口にしている言葉と一切違わない。 それは、彼女が常に本心を口に出しているということ。 そして、それが彼女の強さなのだと私は思う。 だから彼女は私に対しての悪意を真っ直ぐぶつける。 言葉を濁さず、真っ直ぐに。
隠すことなく、色づけることなく、彼女は思ったことを口にする。 そして、そんな性格だというのに彼女の周りには人が居る。 クラスの人気者、それは中学のときから変わっていない。 高校に入った今でも、彼女はクラスの中心的な存在だ。
……そして、私が皆から嫌われるようになった一因でもある。 中学での出来事は、彼女も大きく関わっている。
「少し、散歩をしていただけです」
「なこと聞いてないって! 別に冬木さんに興味ないし? でも丁度良いや、少し付き合ってよ、話し相手になってあげる」
断ろうとしても、彼女は有無を言わさずそう告げた。 私に興味がないのに、私に絡んでくる。 そして、話すことなんて何もないのに、話し相手になってくれると彼女は言う。 驚くことに、そんな横柄とも言える態度を彼女は平気で取ってくる。
「嫌です」
「は?」
私が言うと、彼女はあり得ないことが起きたかのような顔をし、私を見た。 長峰さんは私を嫌っている、だから付いていってもろくなことが起きるわけがない。
「未だに私を恨んでいるんですか、彼が私に好意を抱いたのは、私の所為ではありません。 それとも彼女のことですか」
「……冬木さんさぁ! 別にそれは聞いてないって。 冬木さんの気持ちとかどうでも良いって、言わなかったっけ? あはは、冬木さんの気持ちなんて、本当に、心底、どうでも良いの」
端的に、事実だけを伝えた。 だが、彼女はそれを伝える度に激昂する。 私の胸ぐらを掴み、どこかの家の塀へと押し付け、物凄い剣幕で私に詰め寄る。
「それは私も一緒です。 長峰さんがどう感じているか知りませんが、私はただ事実を伝えただけです」
「ッ!!」
長峰さんは私の言葉に、ついにその左手を上げる。 良くも悪くも直情的、というのが彼女の特徴でもあった。
「……ああ、止めた。 冬木さんって叩いても分かんない奴だったね、そういえば」
笑うと、長峰さんは乱暴に私を拘束していた右手を放した。
「覚えといてね、冬木さん。 あなたがしたことを私は許さない、別に
冷たく、笑い、長峰さんは言う。 そして、話はそれだけだったのか、振り返るとそのまま歩き出した。
「楽しみだね、校外学習」
「……どういう、意味ですか」
「自分で考えろ」
最後にそう言い残し、彼女は私の前から消えていった。
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