今宵が僕の命日に

宵月アリス

今宵が僕の命日に

八月のある日のこと。

ほとんどの人が寝静まる夜中。

その少女は僕、宵月叶音よいつきかなとの前に現れた。

見た目が中学生ぐらいの少女が、だ。

最初は寝ぼけているだけだと思っていた。

しかし、その少女の言葉を聞いて現実だと言うことを知った。

「宵月叶音さん、急で申し訳ないのですが貴方、明日死にます。正確に言えば今夜十二時ぴったりに」

僕は驚きのあまりに声も出なかった。

「…なんとか言ったらどうなんですか?命乞いもしかり、諦めるもしかり、何かあるでしょう?」

「あ、あぁ、ごめん。いきなりだったから、なんて言ったらいいか分からなくて…」

本音を言えばまだ死にたくないし、出来ることならもっと生きていたかった。それに、まだに伝えなきゃいけないことだってあった。

「ほんとになんでもいいんですよ?まぁ、死ぬのは今夜十二時ですしね、まだあと約一日ありますから。やり残した事があればやっとくといいですよ。幸い明日は休日ですしね」

ただし、と彼女は付け加えた。

「自殺だけはなしですよ。私が殺さなくては意味が無いので」

「あはは、今更死ぬと分かってて自殺はしないよ」

それは、僕の本音でもあった。

「なんで貴方はそんなにも平然としていられるのですか?私が会った人たちはみんな命乞いをしてきましたよ」

「うん、まぁ、死ぬこと自体は怖くないしね…それに、半分くらい死にたいと思ってたから…」

そう言って僕は彼女に自分の両腕を見せた。

そこには無数にリストカットの跡がついていた。

「…死神である私が言うのも何ですが命は大切にした方がいいですよ?まぁ、死んじゃうのでもう関係ないんですけどね」

「君ってすごく冷静だよね、普通だったらこの腕を見たらもっと言うことがあると思うんだけど…」

「そんなの知りませんよ。大体、人なんていつかは死ぬんですから。それが早いか遅いかの違いだけでしょう?」

彼女の言う通りだった。だから僕は自傷行為を続けてきたのだ。

「さて、今は…まだ3時過ぎのようですね。6時に起こしてあげるので今は寝てください」

…随分と冷たかったり、世話焼きだったりする死神だった。

「明日は一日貴方についていきますからね、思う存分やりたかったことをやってください」

「そっか…じゃあ、おやすみ。えーっと…」

「あ、しーちゃんでいいですよ。どうせ名前なんて無いので」

「じゃあ、改めて…おやすみ、しーちゃん」

「はい、おやすみなさい」

こうして、僕の意識はまた夢の中に溶けていった。


「叶音、起きてください。もう6時ですよ」

彼女は6時丁度に僕のことを起こした。

「んんっ…おはよう、しーちゃん」

「はい、おはようございます、叶音。改めて言いますが、貴方は今夜十二時で死んでしまいます。だから、今日一日を大切に過ごしてくださいね」

やっぱり、僕は今日死ぬみたいだ。

「でも、やりたいこととかないんだよね…」

「でしたらもう一度行っておきたい所とか、思い残していることとか、そういうことをしていけばきっと時間なんてあっという間ですよ」

思い残していること…やっぱり、あの子に伝えなきゃいけないよね。

「では、行きましょうか。ですよ」

「あはは、その言葉の意味がようやく実感できた気がするよ」

人はその状況に追い込まれないと分からないと言うが、まさしくそれだった。

「そう言えば、しーちゃんって羽が生えていたんだね。昨日は暗くて気が付かなかったよ」

そう、彼女の背中には羽が生えていた。羽と言ってもそれは翼に近かったが。

「まぁ、死神ですからね。安心してください、普通の人には見えませんから」

「それならオッケーだね。じゃあ、行こうか」

こうして、僕の最後の一日が始まった。

まず、僕たちは人気の無い公園に向かった。

その道中で、

「そう言えば、叶音は何故死にたいのですか?まぁ、死神がこんな話をするのもおかしいのですが」

「何でって…僕はずっと一人だったんだよ。小さい頃に両親を亡くしてね、それからずっと一人ぼっちなんだよ」

「へぇ…なんだかよくあるラノベ展開ですね」

いやいや、これも十分ラノベ展開だから

僕はそう言いそうになってかろうじて言葉を飲み込んだ。

「それで、なんでしーちゃんは死神なんてやってるの?」

「私は…この外見の通り中学二年の時に事故で死んでしまって…それからですね、この死神しごとを始めたのは」

と、そんな湿っぽい話をしているうちに目的の公園に辿り着いた。

「ここが来たかった公園ですか?随分と寂れていますね」

なんだってこの子はこうもずけずけと言ってくるのだろうか。

「ここは思い出の場所なんだよ。僕が中学生の頃に僕の目の前で死んでしまった女の子と一緒に遊んでいた公園なんだ」

「へぇ…両親だけでなく同級生まで…大変な人生でしたね」

そうだ…この呪われた運命から今日、やっと開放される…そう思っただけで不思議と気分が高揚してきた。

そこで僕は、黙祷を捧げた。あの時死んでしまったに。そして、他でもなく今日死んでしまう自分自身に。

「さぁ、次の場所に行こうか。時間も無いしね」

時計を見ると午前十時半を指していた。

「次はどこへ行くのですか?」

「んー、お墓参りでも行こうかな。両親とのお墓に」

「では、行きましょうか」

そこから僕たちは歩いて近くのバス停まで行き、隣町の向こうまで行った。

「着いたよ」

「へぇ、ここが…それで誰のお墓なのですか?両親?それともその子ですか?」

「両方だよ。ほんと、運命って辛いよね」

そう言うと、僕は両親の墓に彼岸花を供え、手を合わせた。

しーちゃんは僕の後ろで様子を見ていただけだった。

「さて、次はあの子のところだよ」

と言っても、少ししか離れていないのだが。

僕は彼女の墓に百合の花を供え、手を合わせてこう呟いた。

「…もう少しでそっちにいけるからね。あと少しだけ待ってて」

少しの間無言の時間が続いたが、しーちゃんがこう切り出してきた。

「…もし、貴方の願い事を一つだけ叶えるって私が言ったらなんて答えますか?」

僕は、少しの間考えてこう言った。

「…もう一度でいいからあの子に合わせて下さい、かな」

そして、彼女に会ったらこう伝えるんだ。

―あの時はごめんね。謝っても許されることじゃ無いけど。もし、君が許してくれるのなら僕と付き合ってください…と。

「…そっか、まぁ私にそんな力ないんだけどね」

この後、僕たちはファミレスで昼食を取った。

そのファミレスのなかで、

「ほんとに普通の人には見えてないみたいだね、その羽」

「まぁ、私が死神だとバレたら色々と面倒ですからね。当たり前の事です」

僕は料理が運ばれてくるまで彼女に色々と質問をした。

例えば…

「ねぇ、しーちゃんってなにか覚えていることって無いの?」

「私は残念ながら…どうやら死ぬ時に頭を強く打ったようで。でも、貴方の死に方なら記憶を持ったまま彼の世に行けますよ」

「それはありがとう。でも、なにか少しぐらい覚えていることってないの?」

「うーん…あ、死ぬ直前に誰かに名前を呼ばれたような呼ばれてないような…ごめんなさい、あんまり覚えてないです」

丁度その時、料理が運ばれてきた。

それを食べてから、僕たちは家に戻った。

今の時刻は午後三時過ぎ。

「あと約九時間…か。ねぇ、これって死ぬ時間を早めることって出来ないの?」

僕はダメ元で聞いてみた。

「残念ながらそれは無理です。まぁ、あと九時間くらいすぐですよ」

そしたら、何をしようか…僕が迷っていると、

「やりたいことがないのでしたら、私のやりたいことを聞いてくれますか?」

「もちろんいいとも。で、何がしたいの?」

どうせやりたいこともないし、僕は二つ返事で了承した。

「ええと…僭越ながらお泊まり会がしてみたいのです。多分、一度もした事が無かったので」

「じゃあ、今からしてみよっか。僕も最後ぐらいは楽しみたいしね」

…言っておくが、今更やましい気持ちなんてなにも起きないからね。

それから僕たちはお泊まり会の準備をした。

「―お泊まり会ってこんなに楽しいんですねっ!」

あの冷静な彼女がこんなにテンション高くなるなんて…よっぽど楽しいんだろうな。

それより、彼女と長くいるうちに、いなくなってしまったはずのの姿と被るようになってしまった。

冷静なところも、意外にも表情が豊かなところとかもにそっくりだった。

…いや、もしかしたら僕はいなくなったの代わりが欲しかっただけだったのかもしれない。

だが、今はそんなことどうでもいい。どうせあと少しの命なんだから…

「ねぇ、十二時まで寝ない?疲れちゃった」

「そうですね、寝ることもお泊まり会の一つですし。じゃあ、十一時半頃に起こしますね」

「ああ、じゃああと少しの命だけど…おやすみ」

「おやすみなさい、叶音」


今回も十一時半ぴったりに起こされた。

「叶音、起きてください。そろそろ時間ですよ」

「…もうそんな時間なんだね。今日は一日ありがとう。お陰で楽しい最後の日を過ごせたよ」

僕は思ったことをそのまま口にした。

「こちらも楽しい一日が過ごせました。それに、私の言うことを聞いてくれたのなんて初めてですしね」

「…なぁ、君さえ良ければなんだけど…最後に僕とキスをしてくれない?」

僕は頭の中に引っかかっているを確かめたくてそんなことを言った。

「いいですよ、貴方の頼みですしね。それに…不思議と嫌な気分にはなりませんから」

「じ、じゃあ…」

「はい、お願いします」

彼女の吐息が僕の唇に当たる。

段々と近くなっていく顔の距離。

そして…触れ合う唇と唇。

これが僕の最初で最後のキスになった。

「…ぷはぁ…」

「…やっぱり…」

その時、僕の頭の中で全てがつながった。

「?何がやっぱりなんですか?」

「やっぱり君は、だったんだね」

「!」

あまりにも性悪な運命の悪戯。

しかし…

(こんな終わりも悪くはないかな…)

「ずっとずっと会いたかった。会ったら言おうと思ってたんだ…。あの時はごめん。どれだけ謝っても許されることじゃ無いけど、君さえ良ければ僕と付き合ってください。これからも、彼の世でも」

「…全く、私が許さないとでも思ったの?もちろん、答えはイエスだよ。これからも彼の世でもよろしくね、叶音」

あぁ、そろそろ身体が重くなってきた。

もう時間なのか…

「じゃあ、叶音。次会うのは彼の世でね」

「あぁ、分かった。最後に僕の手を握ってくれないか。そのまま死にたいんだ」

これが僕の最後の我儘になる…何とも安っぽいお願いだが、は当然のように握ってくれた。

か…短かったけどいい人生だった。

「最後に言わせて…ありがとう…ほんとにいい人生だった。彼の世でもよろしくね」

「…うんっ!もちろん!」

僕はの笑顔を見ながら静かに旅立ったのであった。

死んだ時間は午前零時丁度。

そして、死んだ彼の顔は一切悔いのないような微笑みだった。


…貴方は自分の人生に後悔のないように生きてますか?

いい人生だったと胸を張って言えますか?

皆さんも後悔のないように毎日を過ごしてくださいね

いつ死ぬのか分からないのだから…

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今宵が僕の命日に 宵月アリス @UTAHIME

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