休み時間
会社での昼休憩は、首から下げたIDカードを、出入り口でかざす所から始まる。
「おつかれ、今から?」
「うん、ちょっとトラブル」
フレックスな勤務体系だ。戻って来た同僚と、すれ違いざま挨拶を交わす。顧客からはようやく解放されたが、午後には、形式的な事後処理が待っている。あくまで仕事の合間の時間と考えると、それほど食欲もわかない。
大抵は、気分転換を兼ねてエレベーターを降り、一階に入っているコンビニで軽く済ませる。そして今はこの時間を利用して、必ず自宅へ連絡を入れることにしている。
『若菜、起きてる?』
そう妻にラインを入れた後、彼女の既読を待たずに、続けて次のメッセージを送る。
『今日の予定は?』
朝、話ができなかったことが響いている。そして昨夜の妻の言葉が、僕になんとなくの不信感を呼び起こしていた。
レジで店員と向き合い、財布を取り出す。
「326円です」
釣りの出ないように丁度の小銭を選び、青いトレイに数え易いように並べたが、60は過ぎたくらいの男性店員が、一円玉を拾うのに難儀している。僕は言った。
「細かくてすみません」
男性店員と初めて目が合った。
「いえ、いや、大丈夫です」
そう言って気まずそうにする店員を見ながら、自分の3、40年後を想う。
果たしてそのとき、自分が何事もなく生きているのか。そして隣に、妻も無事生きているのか。気の早い話だ。でも二人で還暦を迎えるころ何をしているのか、という具体的なイメージは、今はまだ湧いてこない。
想像できないものは、望めない。だから今出来ることは、精一杯の”現状維持”かもしれない。僕はため息を一つ吐き、携帯を腰ポケットに押し込んだ。
アイスコーヒーをセルフで注ぐと、菓子パンの入った白いビニル袋を提げ、社の外に出る。横断歩道を渡って一区画。単調な道を進むと、自然あふれる噴水公園に至る。
基本この辺りは、官公庁が集中する"オフィス街"に属するが、落ち葉の見事なこの季節になると、平日の昼間でも、家族連れなどをよく目にする。人出も多い。
運よく空いていたベンチに駆け寄ると、枯葉を払い、腰を下ろした。
習慣になっているのは、その日のニュース記事を確認した後、私用のメールの返信をする、という流れである。残り時間はワンセグで、サッカーなんかを観ていると、本当にあっという間だ。
だが残念なことに今日は、特に気になる試合もなく、新着メールも来ていない。代わりに何をしようかと考えて、僕は検索エンジンを立ち上げた。
『悪い女 なに』
検索ワード欄に、思ったままの言葉を打ち込む。そして上がって来た”答え”を上から下へ、スクロールして試しに読んでみるが、そこには女性の"性格"に関する記事ばかりが目立つ。少なくとも、僕の探している方向性のものではない。
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