13:侯爵家の雇われ傭兵団
「初めましてっすね! 俺は傭兵団第一部隊隊長、ラオっす! よろしくっす!」
胸に銀の徽章をつけ、頬にそばかすを散らせたオレンジ髪の男ははつらつとした笑顔で言った。
壁の四方に備え付けられたランプの火があるため、小屋内は明るい。
他の傭兵は夜に光るキノコの採集中ということで、小屋にいる傭兵はラオともう一人だけだった。
ラオと同じく胸に銀の徽章をつけた茶髪の彼は椅子に座り、燭台を灯した机で書類を書いている。
人の姿に戻ったハクアは新菜の傍に立っている。
トウカは出入口の近くでカードを弄り中。
傭兵たちの暇潰し用らしきカードを塔のように組み立て、一人遊びにふけっていた。
「いやーハクアさん家にこんな可愛いメイドさんがやって来るなんて驚きっすね。やっぱり女の子がいると華やかになるでしょう、ハクアさん。涼しい顔して実はウハウハじゃないっすか? 毎晩ドキドキして眠れないんじゃないっすか?」
「いや全く」
「もー、ハクアさんは本当にからかい甲斐がないっすねー。こんな堅物と四六時中一緒にいたらニナちゃんも息が詰まるんじゃないっすか?」
「いえ、そんな――」
「あートウカがいるから大丈夫っすか。ハクアさんが堅物で無愛想で無口でもトウカが話し相手になってくれるっすよね」
「ええ、ま――」
「トウカ可愛いっすよねー。狐みたいな耳と尻尾がいいっす。撫でてみたいっす。頼んだら撫でさせてくれるっすかね?」
会話は聞いていたらしく、トウカはラオに背を向けた。拒否の意思表示だ。
「ありゃ、ふられちゃったっす。残念。そういやなんでトウカの額の角は消えたんすか?」
「それは――」
「手品すか? 角だけ里帰り中なんすか? パルスに還ったっすか? それとも喧嘩してハクアさんが折ったっすか? 暴力は駄目っすよハクアさん」
「……ええと……」
困った。ラオは一方的に喋り倒すばかりで言葉を挟む余地がない。
(これだけ喋っておいてろくに息継ぎもしないなんて、驚異の肺活量だわ)
「ん? 困った顔してどうしたっすかニナちゃん。何か話したいことがあるっすか? どうぞ遠慮せず」
「では、質問させてください」
これでは一言も喋れないまま夜が明けてしまう。
新菜は呑まれてたまるかと、気を張って言った。
「ラオさんたちは傭兵なんですよね? イグニス様に雇われていると聞きましたが、どうしてですか?」
「あー、ニナちゃんはリエラの招き人だから知らないっすね。ほら、この世界は魔物とか出て物騒じゃないすか。裕福な貴族は俺たちみたいな傭兵を雇って領地を守らせるっすよ。貧乏な貴族は自ら領民を教育して剣を握らせるっす。領地は貴族の財産っすからね。失ったら死活問題っす。王様からも怒られるっすよ」
「ラオさんたちは民間の方なんですか?」
「いや、傭兵団の構成割合はほとんど冒険者ギルドの人間が占めるっすよ」
言いながら、ラオは胸の徽章を摘んでみせた。
この徽章が冒険者ギルド所属の証らしい。
「先代の侯爵様やイグニス様から直々にスカウトされた民間人も何人かはいるけど、少数派っすね。腕の立つ奴はみんな冒険者ギルドに入りたがるっす。箔がつくし、ギルドが提携しているおかげで武器や防具も安く手に入るっすよ。お得っす」
「冒険者ってそんなこともするんですね。てっきり遺跡の調査とか、魔物退治とか、そういう派手な仕事ばかりだと」
「もちろんそういう仕事もあるっすが、傭兵業も立派な仕事の一つっす。冒険者ギルドの人間は口が堅いっす。秘密厳守っす。たとえ雇い主が変わっても、前の貴族の領地の様子や債務状況や交遊関係なんかは金を積まれても言わないっす。べらべら喋る奴は信用を失うしギルド資格を剥奪されるっすよ。いいことなしっす。食いっぱぐれるっす。領主と奥方の不倫現場見たぜうっひょー! って誰かに喋りたくてもお口チャックっすよ」
「……見たんですか?」
ラオは首と両手を同時に激しく振った。
「秘密っす。いまの発言は聞かなかったことにしてほしいっす。あ、もちろんイグニス様のことじゃないっすよ。そこだけは信じてほしいっす。イグニス様はアマーリエ様一筋っすよ。アマーリエ様もイグニス様一筋っすよ。お二人はアツアツっす。傍にいたら砂糖吐きたくなるっすよ」
「知ってます」
この前の訪問を思い出して深く頷くと、ラオも深く頷いた。
「わかってくれて嬉しいっす。俺はいまの現場を含めて四回ほど貴族に仕えてきたっすが、イグニス様ほど出来た領主はいないっすよ」
ラオはごく自然な笑みを浮かべた。
「普通の貴族は偉そうにふんぞり返って命令するだけっすよ。でもイグニス様は定期的に様子を見に来てくれるっす。ときには一緒に森を回り、俺たちと語り合いながら同じ食事を取って帰られるっす。冬になると分厚い毛布を差し入れ、温かいお茶を振る舞ってくれるっすよ。傭兵一人一人の誕生日を覚えてお祝いしてくれるっす。そんな貴族後にも先にもあの人だけっす。侯爵邸で働くメイドさんたちは生き生きしてるっす。主人が素晴らしい証拠っす」
ラオは拳で胸を叩いた。
「もしイグニス様になんかあったら俺たち全力で戦うっすよ。イグニス様が友人と認めたハクアさんもそうっす。ニナちゃんも、なんかあったら言ってほしいっす。できる限り力になるっす」
「はい。ありがとうございます」
新菜は微笑み、身を折って頭を下げた。
「気を付けて帰るっすよー!」
地上から大きく手を振るラオと、もう一人の傭兵に見送られて、新菜とトウカは竜の姿になったハクアの背に乗り、夜空を飛んだ。
ラオが見えなくなったところで手を下ろす。
眠いらしく、トウカはうとうとしている。
「寝てもいいよ、トウカ。だっこしてあげるからおいで」
「んー……」
トウカはことんと上体を倒し、体重を預けてきた。
外見年齢がそのまま実年齢のトウカは、早寝早起きだ。普段ならとうに寝ている時間である。
「いい人ですね、ラオさん。ちょっと賑やかですけど」
《いいんだぞ、うるさいとはっきり言って。おれは初めて会ったとき、耐えられなくなって逃げたからな》
その光景が目に浮かび、新菜はトウカの眠りを妨げないよう声を殺して笑った。
《……でも、悪い奴じゃないのは否定しない。いい奴の周りにはいい奴が集まるものだ》
心なしか、ハクアの声は柔らかく聞こえた。
「類は友を呼ぶってやつですね。なんだか嬉しいです。イグニス様がみんなから愛されていることがよくわかりました。美人の奥様もおられることですし、侯爵家は安泰ですね……あ、トウカ寝ました」
寝息を立てているトウカを両手でしっかり抱え直す。
こんな上空から落ちたら一大事だ。
《この状況で寝るか。お前を信頼しきってるな》
「ふふふ。嬉しいです。……ねえ、ハクア様」
新菜は夜に溶けるような、静かな声で語りかけた。
「さきほどあちこち身体を見て、触らせてもらいましたが、特に目立つような傷はなかったですね。瞳を狙う人間に追いかけ回されて生傷が絶えなかったと聞きましたから、傷だらけなんじゃないかって心配だったんですよ。普段身体を見る機会なんてそうそうないですし。だから本当に安心しました」
新菜はハクアの鱗を撫でた。
汚れのない新雪のような白銀の鱗は、月明りにキラキラ光っている。
《……そんなことを気にしていたのか》
「もちろんですよ」
沈黙があった。
その時間、新菜はただトウカを抱き、夜風に吹かれて過ごした。
《……イグニスに保護されてから》
と、ハクアはようやく口を利いた。
《この十年は平和だった。その間に傷も傷跡も全て治った。おれの身体は人間に比べて治癒力がとても高い。欠損しても新しい鱗が生えてくるし、皮膚も再生する。だから、その……》
「その?」
首を傾げる。
《……ありがとう》
その言葉に、新菜は瞠目した。
ぽかんと竜の後頭部を見る。
背中にまたがった状態なので、前を向いているハクアの顔は見えない。
けれど。
「……はい」
知らず、笑みが零れた。
「わたしいま、とっても幸せです。こんな可愛い幻獣の子と竜に乗って夜の遊覧飛行。なんて贅沢なんでしょう。幸せすぎて怖いです」
ハクアが同意するように、翼を羽ばたかせた。
胸がぽかぽかして温かい。歌でも歌いたい気分。
「ハクア様。また来月、満月の夜になったら、わたしとトウカを乗せて飛んでもらえませんか?」
《……わかった》
「約束ですよ?」
《ああ。雨が降らなければな》
「雨!? なんてことでしょう、その可能性を失念していました! これはトウカと張り切っててるてる坊主を作らなければいけませんね。この世界にはティッシュがないから布で作るとしましょう」
《てるてるぼうず? てぃっしゅ? なんの話だ?》
「てるてる坊主っていうのは――」
――宝石を散りばめたような夜空は美しく、頬を撫でる風は涼やかで。
このままずっと幸せな日々が続くと、新菜は信じて疑わなかった。
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