その四



一難去ったと思ったらまた一難。


「はぁあああ…」


腹の底からため息が出る。花山吹の狩衣なんて貴族なら皆が皆持っとるぞ。どうやって絞り込めっちゅーんじゃ。


「いかがなさいました。せっかく香木が戻ったというのに」


顛末を知らない従者が不思議そうに聞いてくる。


「ああ、いや…ちょっとな」


違うのだよ。無理難題が香木奪還から人探しに変わっただけなのだよ、君。こっちの気も知らずに従者は続ける。


「それにしても左の君はなかなかご立派でいらっしゃいますね、知らずに手に入れたとはいえ何の見返りもなしに返して下さるなんて」


「んなわけないだろ」


「え、何かおっしゃいました?」


「な…なんでもない」


危ない危ない。うっかり口が滑りかけた。


「あーとにかく、この香木はもう片づけよ。欠けたりせんようにな」


「は、承知いたしました」


足音が遠ざかるのを確認してから、さらにため息をつく。あぁああもぉおおおお。どうすりゃいいんだ、左大臣側ならともかく右大臣に近しい方々に「あなた右京の端にいましたか」なーんて聞けない。聞けるわけない。


「お、そうだ」


思いついた。右大臣側の誰かってことにしてしまえばよいのだ。いかに左の君とて、まさか本人に直接確認するわけにもいくまい。そうだそうだ、そうしてしまおう。証拠なんて何とでもなる。適当に理由をつけて、とっとと片づけてしまおう。問題は誰にするかだな。


「うーん、なるべく位の高い方がよいだろうな。ばれにくいし」


しかし、あの糞餓鬼より上となると限られてくるぞ。


「……ま、いいか。もめたって私には関係ないし」


出仕はしばらく物忌ということにしとこ。











ほんま、一難去ったと思たらまた一難。


『草野が放った矢を拾ってこい。あ、ついでに花山吹につながる手掛かりも探しとけよ』なーんて。


「なんでわいが、地味のっぽの矢を探してこなあかんねん」


仮にもや、わいの頭をぶち抜こうとした矢やで?それを被害者本人に拾わせてこよなんて、さっすが糞餓鬼、根性ねじ曲がっとるわー。あともっとゆーなら、一応主人がもうええっちゅうとるのに、さっきからずっと矢を構えた従者もろくなもんやあらへんで。いっくら気に入らんからって端の端まで追いかけてくるか?普通。


「…ええと、何か用ですか?」


愛想笑いを浮かべて、頭をちょっと下げる。引きつっとるのは大目に見てや。


「あー、おかまいなく。すぐ終わるんで」


顔だけ見たらやる気なさそうやけど、手はきりきり弓を引いとる。


「うわー怖いわー、ご主人様に言いつけたろ」


「狭霧様は飽きっぽいんでね。このまま鬼が戻らなけりゃ戻らないで、すぐ他に興味を移すさ」


「わいに、とんずらしろってか?」


「命が惜しいなら」


初めて地味のっぽが、にやりと笑う。主人が主人なら従者も従者やな。ついてこい言うたり、帰れ言うたり。つか、ここでやりあったら拾わなあかん矢が増えるだけやんけ。


 


「理由…聞いてもええかな」


じり、と後ずさる。


「んー、いろいろだな。いろいろ」


やばいな、これ。あかんやつやで。


「も、もし嫌や言うたら」


びゅっと目の端を矢が飛んだ思たら、つ…と頬から血が垂れる。


「次は頭だな」


何とか距離とらんと。いやまず、気ぃそらすんが先か。


「あー!あれ何や!」


「………」


む、無視かい。


「いやほんま、ほんまやって!あれ!あそこにほら!」


「……………」


弓を引く音が大きくなる。


どこまで信用ないねん!


「ええんか!?手掛かりやぞ!見たとこ木ぎれみたいやけど何か巻きついとるで!」


「………ちっ」


しぶしぶ弓をおろして、地味のっぽが歩き出す。そーそー、それでええんや。目が良くて助かったわ。


「……これは」


なかなか立ち上がらん奴の足元をひょいと覗きこむ。なんや、木の人形かいな。巻きついとるのは…髪の毛か?


「汚ったない人形やなー、童のか?」


「いや、そんな可愛いもんじゃない…呪術に使う木偶だ」


嘘やろ。








「で?その木偶は持ってきたんだろうな」


扇を閉じて草野を見やる。鬼擬きに命じたことをなぜこいつが報告してくるのか少々疑問だが、まあいいだろう。殺しちゃいないようだし。んなことより木偶だ、面白くなってきたじゃないか。これで奴の尻尾をつかめれば我が左大臣家はますます安泰…


「まさか。土被せてきましたよ」


ずっこけた。


「はあ!?何でだよ」


「あのね、呪具っすよ?んなもん持ってのこのこ帰ったら左大臣家に矛先が向きますよ。呪われたいんすか」


ちぇ、見てみたかったのに。草野はこーゆーこと、本当気がきかない。鬼擬きは一体どこほっつき歩いてんだ。


「他に手掛かりは?」


「今のところ全く。大納言からは?」


扇をいじっていた手を止める。よくぞ聞いてくれました。


「それが誰だったと思う?『内密に探ってみたところ、右大臣かと』だってさ」


「!?」


ふふ、動揺してる動揺してる。いやー珍しいものが見れたな、へのへのもへじも少しは役に立つじゃないか。


「………どうするつもりですか」


「決まってるだろ、右大臣の邸に乗り込む」


「え」


草野の顔がこれでもかと歪む。


「と言いたいとこだが、さすがに相手が悪い」


「そーっすね、その通り。いやあ、一瞬正気を疑いましたよ。でも勝てない勝負はしないとこはさすがです」


露ほども思ってないくせに、にやにやしやがって。しかし今の僕では話にならないのも事実だ。


出仕どころか初冠もまだだからなー。どっかの誰かさんのせ・い・で。物証も位もない、かと言って何もしないわけにもいかない。呪った相手がもし父上なら呪詛返しをしなきゃならないし、別の誰かだとしても敵の敵は味方だからな。邪魔するに越したことない。貴族の世界は足の引っ張り合いなんだ。


「…しかたない、父上に頼むか」


 


「その必要はないで」


「鬼擬き、いたのか」


いつの間に入ってきたのか、座りもせず柱にもたれていた。


「頭が高いな…削ぎ落としてやろうか」


「まあ待て、それより必要ないって…どういうことだ」


草野を制して続きをうながす。なんでお前はそうさらっと物騒な発言をするんだ。


「だってわい、その右大臣から文預かっとーもん」


「なんだって!?」


ほれ、と差し出された文をひったくる。くっそ〜良い紙使いやがって。


「何々…『かねてより音に聞く左の君に、お会いしてみたいものだと思っておりました。近く歌合わせを開きますのでお越しいただければ幸いです』」


………あ、怪しい。怪しすぎる。


「罠ですね」


「罠だな」


「ええ?そやろか」


「そ・う・な・ん・だ・よ!」


「あたっ」


覗き込んできた頭を扇で思いっきりはたいてやる。本当常識のない奴だ。

右大臣が官位もない童を、真っ当な理由で招くわけないだろ。しかも、こんなのに文を預けるなんて。


「どつくことないやんか!」


「うるさい、削ぎ落とされないだけ感謝しろ。本来ならここに上がることすらあり得ないんだぞ」


「で、どうします?」


「断るに決まってるだろ」


「ええ?行けばいいやん、あだっ」


もっぺん扇で頭をはたいてやる。問題はどう断るか、だな。何も知らなきゃ素直に優美だと思える、文句のつけようもない文である。


「俺が断っときますよ、まさか外出禁止なの忘れたわけじゃないっすよね」


「そういやそうだったな。でも鬼擬き、どうやって預かったんだ?」


こいつが僕の家来だなんて、右大臣が知るはずがない。というか、連れて帰ったばっかだし。…もしかしてあの時、気づかれてたのか?


「いや〜手ぶらで帰んのもなんやろ?取りあえず目についた立ーっ派な邸の門をな、片っ端から叩いて聞いて回っとったら大当た、痛ったぁああああ!ちょお待っ、ほんまに痛いって!」


「この馬鹿阿保身の程知らずがっ!その空っぽの頭かち割ってやる!」


渾身の力をこめて叩く。僕の評判に傷をつけやがってぇええ!どーしてくれんだよ!?


「まーまー落ちついてください、俺が何とかしますから」


「何とかって…草野、策はあるのか?」


自分で言ってたじゃないか、勝てない相手だって。いぶかしむ僕に、草野が珍しく言葉を濁した。


「あー…まあ、それなりに」









薄ら光沢のある壁代。高麗縁の畳。相変わらず左大臣家にも劣らぬ調度品だ。けして華美ではない分、むしろこちらの方が趣き深く見える。何も知らなければ、の話だが。


「久しいな」


「…は」


御簾からかけられた声に、短く答える。面は上げられない。


「ほほ、そう警戒せずともよい。前に顔を見たのは、確か…」


「五年前です」


男にしては高めの声だが、耳障りではない。


「五年、か…。どおりで少し大人びた。それにしても、文の一つもないとはよほど左の君の側が居心地よい様子」


「むしろその逆、手がかかるったらないですよ」


その声がころころと笑う。


「しかし、そのためにわざわざここまで来たのだろう?」


ぐっと言葉につまる。


やはり気づかれてたか。


「…申し訳ござませんでした」


「しかたあるまい、私もまさか右京の端で見られようとは思わなかったよ。…まさか勘付かれてはいまいな?」


「無論」


かの計画がどれだけ重要か、十分承知しているつもりだ。


この方にとっても…俺にとっても。


 








「なあ、前から気になっとんやけど」


「ん?」


部屋から追い出されて地べたに座った鬼擬きがこちらを見上げる。あ、別に僕が冷淡なわけじゃないぞ。身分差を考えればこうして言葉を交わしてること自体、破格の待遇なんだ。


「あの兄ちゃん、狭霧の何なん?」


「草野のことか?」


こっくり頷く。よほどひどい目にあったらしい。かわいそうに、ぷぷ。


「乳兄弟だよ、あいつの母が僕の乳母だったんだ」


「え、そんだけ?」


「それだけとはなんだ、お前が思ってるより乳兄弟というのは重要なんだぞ。成人後はたいてい従者として側につくことになるからな」


手習いそっちのけで鬼擬きに説いてやる。琴や琵琶とかより面白いしな。いつもなら他にも草野がやれ作法だの勉学だの歌だのうるさいんだが、都合のよいことに不在にしている。


にしても右大臣相手にどう出るつもりなんだか。…ま、いいか。いざとなれば仮病でも父上の顔でも使ったらいいことだし。


「なあ…もし、もしやで?その乳兄弟が実はどこぞの回し者やったら、どないする?」


「はあ?何言ってんだお前」


どうしたらそんな発想になるんだ。


「あのなぁ、そんなのを乳母にすると思うか?ちゃんと調べるに決まってるだろ」


「それでも、や」


目で強くうながされ、言葉につまる。だって、考えたこともなかったし。


「……やっぱあり得ないな。草野はたとえ父上を裏切っても、僕は裏切らない」


「信用しとんやな」


「当たり前だ」


父上は僕の身に最大限の注意を払い、わざと乳母を一人しか置かなかった。それも、男児を持つ者をだ。影口叩かれるのも構わずに、僕と草野を同じ所に住まわせ本当の兄弟のように育てたんだ。これで信じられないなら、そりゃもう疑り深いのを通りこして人間不信だろう。


「いいか、草野は僕を裏切らない。絶対にだ」


「へーへー、よお分りました」


頭をぼりぼり掻きながら答える。主人になんたる態度だ。…まあいい。こいつに今さら礼儀作法など無理だしな。それより。


「おい、そろそろ行くぞ。伴をしろ」


「へ?外出禁止ちゃうん?」


「これは自発的な外出じゃない、招待だよ。まだ手元に鏡もあったろ」


「鏡って…またあのおっさんか?」


ふむ、だいぶ飲み込みが早くなったじゃないか。


「無礼であるぞ、大納言殿とお呼びしろ」



待ってろよ成り上がりめ。絶対しっぽを掴んでやるからな。








つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る