たいむトラベル!

月天下の旅人

生殖のパラドックス

 2015年。バブルの崩壊から24年もの月日が流れた年。


 アベノミクスの恩恵も一般人には感じられないものの、それでも期待感だけは胸に抱く。


 そんな時代だからこそ、バブルが再来するのではとも危惧されるのだが今は関係ない。


 何故ならコスプレイベントで一人の少年がメイド服を着せられていたからだ。


 彼の名前は猫時忍(ねじしのぶ)。


 男らしくあろうとする17歳の少年なのだが、いかんせん周りに流されやすいという欠点があるのだ。


 彼は2000年4月4日生まれの男の娘だ。


 つまり成長の余地もかろうじてあるものの、今は女の子にしか見えないのだ。


「うう、恥ずかしいよ……」


 恥ずかしさのあまり口調も変わってしまっており、そのおどおどした仕草もあってまるで本当の女の子だ。


「似合ってるじゃないか」


 そういったのは親友の天草駆(あまくさかける)。悪い子ではないのだが悪乗りしやすいタイプなのだ。


「待って。あの展示品、何か周りの人が動いてない?」


「準備してんじゃないかな?」


 そういって彼らが注目したのは『NEKO』と書かれた機械だった。


 それは猫型ロボットが出てくるSFと書いてすこしふしぎと読む作品にでる、


タイムマシンをモチーフにしたような感じだった。


「もし本当に動いたら大変だよ。下手したらタイムパラドックスが起きてみんなが困ることに……」


「そんなの、ファンタジーやフィクションじゃないんだし」


 すると、その機械に向かう人間がこういった。


「『NEKO』の準備はいいか?」


 それに対し、どこからか声が聞こえる。


「任せてください。ただちにバブル崩壊を止めに行きますよ!」


「バカ!誰かに聞かれたらどうすんだ?」


「す、すみません!」


 そんな声を聞いた忍はこういう。


「バブル崩壊の阻止だって!?これはまずいよ。

バブル崩壊は日本の歴史に影をさしてるけど、だからといって変えたら今の世界が大きく変わっちゃうよ!」


「責任感強いんだな、お前は。だが、与太話の可能性だってあるんだぞ?」


「与太話でも、確かめないことには始まらないよ」


 そういって猫時忍は『NEKO』へと向かう。


 それが時の狭間を越える旅の始まりになろうとは、この時彼は思ってもいなかった。


 そんな忍を見た男はナイフを振り回す。


「お前には死んでもらう。タイムトラベルの邪魔はさせない」


「あなたは実にバカだね。これでボクが『NEKO』を乗っ取ってもいい口実ができたから」


「しまった!この状況では緊急避難が成立してしまうのか!」


 焦る男のすきを突き、忍は『NEKO』へと乗り込む。


「時間設定はこのまま。マニュアルはあるけど下手すると変な位置に飛びそうだしね」


 そして彼はマニュアルを見る。


「この青いボタンで過去に行き、赤いボタンで戻ってくるんだね」


 そしてタイムマシンについていた青いボタンを忍が押すと、タイムマシンが動き出した。


 こうして、彼は時の狭間の向こうへと飛び立つのだった。



 1990年12月24日、時はクリスマスイブだが、日本はそれ以上の浮かれようであった。


 何故なら、日本は今空前絶後の好景気なのだ。


 無論その景気はバブルで、その崩壊が近いということなど今の日本に住む人々には信じられないだろう。


 ともかく、そんな時代に忍はやってきた。


「お金はトランクの100万円と、置き忘れの一万円だね。あの人たちが用意したんだし、この時代でも使えるはずだよ」


「まあ、タイムマシン解体のための工具を買うだけだからいくらバブルでも1万円あれば充分だろうけどね」


「工具をこの時代で買っても、そのくらいならどっか帳尻は合うはずだしね」


 彼のいう通り、多少のタイムパラドックスならどこかで帳尻が合う。


 バタフライエフェクトという言葉はあるものの、それは必ず起こるというわけでもないのだ。


「まあ、まずホームセンターを探さないと……近くにある交番によってみようかな」


 そして交番に着くと、彼は警察官にこういう。


「近くのホームセンターまでの道を教えてくれませんか?」


「地図を持ってくるから待っててね、お嬢さん」


 忍はお嬢さん、といわれてはっとした。


 無我夢中だったとはいえ、メイド服のままここに来てしまったからだ。


 この格好のままなのは恥ずかしいので服も買おうかと考えていると、一人の男性が交番を訪ねてくる。


「あの、すみません。相談をしたいんですけど」


「ごめんなさい。今地図を出していて……」


「相談ならボクが乗るよ。何が悩みなの?」


「可愛らしい子だな。やっぱり駆け落ち、やめようかな……」


 男性がそういった途端、忍は胸に違和感を覚える。


(まずい、この人は僕のお父さんだ。

僕の異変を考えれば、僕が女の子になった上で父さんと結婚することになる)


 しかし、だからといって事情は話せない。


 話してしまえば逆にややこしい事態になりかねないからだ。


「そう簡単に決めるのはまずいよ。駆け落ちしたいほど愛しているなら、ちゃんと考えるべきだよ」


 そういった忍だが急に催してしまう。


「いくらバブル時代といっても公園なら共用トイレくらいあるはず!」


 男性トイレを使った場合万一彼の両親が公園まで自分を追ってきた場合、


自分の正体がバレるというリスクがある。


 かといって女性化しきってはいない中途半端な肉体で女子トイレを使うわけには行かないだろうし、


それ以前に彼の思考自体それを拒否するだろう。


 というわけで共用トイレへと向かう忍。


 中に誰も居なかったので、彼はあっさり座ることに成功した。


「ふう。しかし……」


 彼は自分の股間にある物を見たが、それが縮こまっているように見えた。


「これからどうすればいいのかボクにはさっぱり分からないよ……」


 トイレの中で迷っていた彼だったが、やるべきことを思い出す。


(そうだ。流石にメイド服のままは恥ずかしいからせめて男だとばれない程度に地味な服を買いたい)


(因果が中途半端な状態が続くのは時間保護の観念がどうたらでまずいだろうし、

多分そこで僕の両親に会えるはずだ)


 彼は彼の両親がこれからどうするのかなんてこれっぽっちも知らない。


 結婚するまでの経緯はあまり聞いてなかったからだ。


 彼はこの行き詰まった状況を打開すべく、とりあえずデパートを探す。


 ついでに彼は目の前でポイ捨てされていた封筒に、

残っている残金を入れていたのでそれを確認する。


 この封筒はこの時代に居る間に捨てるつもりだが、とりあえずは利用しよう。


 そう思いつつ彼はとりあえずバスで二停留所くらいの位置にあるスーパーへと向かう。



「婦人服売り場は5Fだね」


 しかし、彼はまさか彼自身が婦人用の服を買うことになるとは思っても居なかっただろう


 猫時忍は自らのミスにより自分の母親になる因果が発生しかかり、

その結果として女性化し始めていた。


 その因果が未だ良くもならず悪くもならない状況が続くことはないと踏んだ忍は、


とりあえずスーパーで婦人服を買いに行くのだった。


「そのトランク、お持ちしましょうか?」


 5階に行くためにエスカレーターへと向かっていると、店員がそういってくる。


 確かに100万円入りのトランクをずっと持っているのはきついが、


歴史をあるべき形に戻すべく役立たせることを考えれば持っていなければならない。


「いえ、結構です」


 もちろん服を見る時はトランクを置いておくつもりだが。


 そういうわけで5階に着いた忍は婦人服売り場へと急ごうとしたのだが……


「ふう。あいつ、まだ服を見ているのか……!?」


 5階には彼の父親が居た。やはり中途半端な因果を変えようとする『法則』が働き始めたのだ。


「君は、あの時の?」


 そういわれたとき、胸を締め付けられる感覚がした。


 それはきっと胸が膨らんだからという理由だけではないだろう。


(なんだか、あの人を見ていると胸がキュンキュンしてきて……)


「ん?どうしたんだ、君?」


 このままだとまずいという意志がわずかばかりに残っていた忍は、


持っていたトランクを頭に叩きつけようとする。


「止めるんだ!」


 止めようとする彼の父親になるべき男性の声。


 しかし、忍はその声に自分が従ってしまわないうちに頭の方をトランクとぶつけた!


「うっ!?」


 何とか気絶せずに済んだ彼はとっさにこういう。


「ごめんなさい。仲がいいカップルだっていうのについ横入りしそうになって……」


「だからといって頭をトランクにぶつけるなんて、気でも触れたのか?」


「女心は複雑なのよ。気がふれたわけじゃないもの。ボクはこのへんで失礼させてもらうよ」


 忍はまだ男性としての心が残った状態であるにも関わらずこういって、

どうにか変化を最低限に留めた。


 しかし因果は彼にとってより悪い方向へ、

つまり彼が彼自身の母親となってしまう方向へ向かっていたのだった。


 彼はとりあえず婦人服を店員に見立ててもらうことにした。


(ふう。とりあえずは自分の身体を見るか)


 そうして彼は自分の身体を見る。


 股間にあるべきものはちゃんとあったが、それは中指の第一関節くらいまで縮こまっていた。


 彼はなおさら彼が彼女になりつつあることを知ったのだ。


(とにかく、このピンクピンクなのは流石に派手すぎるから変えて貰うとしよう)


 これじゃあメイド服と大差ないしな、と思いつつ。


「これは派手すぎます。他にお勧めはありませんか?」


 彼(というには大分女性化している)が店員にそういうと、白のワンピースを持ってきた。


「それでお願いします」


 白のワンピースなら清楚な感じだし、似合わないことはないだろう。


 身体の女性化が進んでいるとはいえ、


彼は男である自分がそんなことを考えるのは癪だと思いつつレジへと向かう。


 そして彼は提示された金額をしっかり払い、買った服に着替えるべく近くの公園へと向かおうとする。


 すると、何故かスーパーの入り口で彼は彼の父親になるべき男性と出会う。


 しかも、彼が見る限り彼の父親は一人きりだ。


「どうしたんですか?」


 彼は自分の変化がまだ完全ではなく、よって因果はまだ未確定のはずだと思いっていた。


 しかし、念のためと思ってしまい聞かずにはいられなかった。


「今日は駆け落ちするかどうか決めただけなんだ。だけど、もう決めたよ」


「駆け落ちされるんですか」


「そのつもりだけど、君を見てると何だか……」


 彼は彼の父親がそういうと同時に、自分の身体に更なる変化が起こるのを感じる。


(まずいな。やはりこれも因果改変をどっちかに収束させるために動いた結果か!)


 まだ、彼には状況を確認できるくらいの余裕があった。


「そうだ。よかったら家に来てくれないかな?」


 そういわれたとたん、彼の理性が一瞬飛んだ。


 猫時忍は自らのミスにより自分の母親になる因果が発生しかかり、


その結果として女性化し始めていた。


 婦人服売り場で服を買い彼が着替えるべく公園に向かおうとすると、


彼は彼の父親となるべき人間に出会う。


 まだ彼には状況を確認できるくらいの余裕があったものの、


家に来てくれないかといわれた瞬間彼の理性は一瞬飛んだのだった。


「はい、喜んで」


 どうにか理性を取り戻した忍だったが、その時彼はバスに乗っていたためどうにもできない。


 途中で降りようとも考えたのだが、却って事態が悪化する恐れもあったため取りやめた。


 そうこうしていると、彼は彼の父親の家へと着く。


「あの、すみません。トイレに行かせて貰いますか?」


「別に構わないが……」


 彼がトイレで身体を見ると、胸はもはやDカップほどに膨らみ乳輪も大きくなっていた。


 股間にあったものの周辺部も何となくだが凹んで見える。


 まるでそこに『割れ目』ができはじめているかのように。


「このままじゃまずい。確定的にまずい」


 忍は服装を戻しつつ、咄嗟に帰ろうと思った。


 何故なら、これ以上この家にいるのはヤバイ気がしたからだ。


 しかしそれが逆にまずかったようで、それは因果の糸を絡めてしまうこととなる。


「何だか、可愛らしい子だな……」


 そういわれたことにより彼の理性は途切れてしまい、身体の方も変化させる。


 男性としての器官が女性のそれになり、胸もツンと立ち上がる。


 そして彼は彼の父親に押し倒されてしまう。


 つまり彼は純潔を彼の父親によって奪われかけていたのだ。


 しかも彼には思い人が特段存在するわけではない。


 彼と同じ状況になった男性は彼氏が居たのでそれでどうにか踏みとどまった。


 しかし彼はその性格上、天草駆は彼氏でも何でもなかった。


 もはや万策尽きた、と思われたその時である。


 彼の身体は突如として動いた。


 いや、彼にわずかに残されていた男であろうとする精神が彼を無意識のうちに動かしたのだ。


 そしてその動きは思いがけないものだった。意外、それはトランクを置いての巴投げ!


「ぐうっ!?」


 彼は彼の父親がのびたのを確認し、 トランクを回収する。


 まだ彼は身体が戻って無いので、念のためにその後の顛末を見届けることにした。


「この駆け落ちのために100万円用意したのよ」


 そういったのは忍の母だった。 


「まさかすってきたのか?」


「さすがにそんなことはできなかったわ。預かって欲しいっていわれたから」


「でもそれって担保金だろう?」


 父親と母親の会話を聞いていた忍ははたと思う。


(タイムマシンでいった近くに僕の両親が居たのは偶然なんかじゃない)


 そう、タイムマシンの目的はバブル崩壊の阻止。


 ここで担保金が失われたことが、バブル崩壊の引き金だったのだ。


(だけど、それは遅かれ早かれ起きるかもしれない。バブル崩壊を防ぐため犠牲になるなんてことはしない)


 彼がそう思っていると、母親はこう問いただす。


「あなたは私が好き?」


「もちろんさ。だから、一緒に行こう!」


 彼の運命がこの瞬間確定……いや、元通りになる。

 見た目はあまり変わらないものの、男へと戻っていく。


 それを確認した彼は、足早にタイムマシンがおいてある場所へと向かい、そして乗り込んだ。


「帰ろう。駆の居る僕たちの時代へ!」


 誰にいうでもなく、彼はそう宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たいむトラベル! 月天下の旅人 @gettenka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ