固定された15cm(クトゥルーの復活第5.5章)

綾野祐介

第1話 固定された15cm

  気が付いたら挟まっていた。意味が判らな

かった。どうも壁と壁の間に身体が挟まって

いるようだ。身動きが出来なかった。手は多

少動くが身体や足はビクともしない。左右ど

ちらにも移動できない。


「ダイエットしておけばよかった。」


 自分でも場違いな感想が頭に浮かんだ。そ

んなことを考えている場合ではない。


 見上げると空が見える。星空だ。周りは薄

暗い。但し、夜のようにも思えなかった。井

戸の底から見上げた空は日中でも星空だと聞

いたことがある。それかも知れない。


「そうだ、スマホ。」


 僕はスマホを探そうとした。ズボンの後ろ

のポケットに突っ込んであったはずだ。お尻

に異物が当っているので、そこに確かにある

ようだ。しかし、手が入る隙間がなかった。


 お尻を引っ込めようとするが無駄だ。全く

手が入る隙間にならない。


 何回かラインやメール、電話が鳴る。バイ

ブが振動する。でも、何もできなかった。


「どうしよう。」



 少し記憶を探ってみた。思い出せるのは確

か6月21日(水)の朝、普通に大学のサー

クルの控室に顔を出したはずだ。授業は全部

サボった。


 サークルは「クトゥルー神話研究会」とい

うサークルだったが、内容は全く分からなか

った。なぜそんなサークルに入ったのかと言

うと、同じ1年の斎藤加奈子という女子が入

るのを見たからだ。入学式で彼女を見て一目

惚れだった。ストーカーのように学内でのオ

リエンテーションやセミナーとかを後を付い

て回っていた。


 ある日、そのサークル控室に入室する彼女

を追って思わず部屋に入ってしまったのだ。


 「入会希望?」と聞かれて「そうです。」

と言ってしまった僕は彼女に続いて入会申込

書を書いたが「好きな神性は?」や「好きな

作家は?」などのアンケートには全く答えら

れなかった。


 講義もできるだけ彼女に合わせるようにし

それとなく周辺にいつもいる男子、という感

じを演じていた。趣味が一緒だね、などと会

話できる日を夢見ていたのだ。実際には一言

も話をしたことがなかった。


 サークルを出る彼女を追って僕もサークル

控室を出た時だった。不意に立ち止まった彼

女に追いついてしまった。振り向いた彼女の

瞳は真っすぐに僕を見ていた。


「何かご用ですか?」


 いきなり、そう言われた。


「いっ、いや用は、なっ、何もないけど、ど

うかした?」


「あなた、いつも私を見ていませんか?自意

識過剰かとも思い、何回か試しに行く予定の

ない教室に入ったりしてみましたがあなたは

必ず付いて来ていましたよね。」


 あ~、確かに取りもしていない講義の教室

に何回か入った彼女に不用意に付いて入って

しまって慌てて出たことがあった。あれはカ

マをかけられてたのか。


「あっ、あの、そっ、それは、確かに、付い

て行ってた、ごめん。」


 僕は深々と頭を下げた。もう駄目だ、認め

るしかない。


「あの、もう言ってしまうけど、実は入学式

で君を見て一目惚れしてしまったんだ。それ

で話し掛けられないかと、ずっと機会をうか

がっていたんだけど、元々コミュ障なもので、

全然声を掛けられなかったんだ。本当にごめ

んなさい。嫌な思いや怖い思いをさせてしまっ

たのなら謝ります。本当に、本当にごめんな

さい。」


 彼女はずっとにらみつけたまま、僕の話を

聞いていた。話し終えると、ふと彼女の表情

が緩んだ。


「いいわ、まあ、許してあげる。もっと普通

に話し掛けてくれればよかったのに。」


 それができないのがコミュ障なんだが。。


「そっか、私もまだまだ捨てたもんじゃない

わね。でも、私には決めた人がいるから、ご

めんなさいね。でも、お友達としてなら大丈

夫よ。サークルはどうなの?」


「クトゥルー神話研究会って、そもそも何を

研究するとこなのかすら判らないよ。」


「あら、もったいない。クトゥルー神話とい

うのはハワード・フィリップス・ラヴクラフ

トというアメリカの作家が始めた20世紀に

生まれた神話なの。クトゥルフ神話とも呼ば

れているわ。コズミックホラー、宇宙的恐怖

というような感じね。」


「なんか聞いたことはあるかも。ゲームに出

てくる奴かな。」


「そうね、最近はクトゥルー神話に出てくる

クトゥルーやナイアルラトホテップなんかの

神性を使ったゲームも存在するわ。でもね、

これはフィクションじゃないのよ。」


 彼女の瞳は真剣だった。


「えっ、作家の小説じゃないの?」


「そう。小説に隠された真実、という物が存

在するのよ。だって、私はその存在に実際に

会ったことがあるのだもの。」


 これは少し変わった子に捕まってしまった

のか、と思った。


「少しレクチャーしてあげるわ。」


 そう言う彼女に誘われて学外のファミレス

に入り「どの本から読んだらいいか」や「少

し理解度が深まったら是非読まないといけな

い本」なんかのメモをくれた。それと、一番

問題だったのが彼女が実体験として話した内

容だった。


 彼女が地元の高校一年生のとき、付き合い

始めたばかりの、でも幼馴染だった彼氏が神

話にでてくる神性と中身が変わってしまった

というのだ。


(これは、そうとう妄想好きか、痛い子だっ

たんだな。)


 それが僕の素直な感想だった。いくらなん

でも現実のこととは思えないし、あり得ない

と思った。でも彼女は真剣だった。


「そのアザトースというのが旧支配者の中で

も一番力を持った存在なの。今はある場所で

知性のほとんどを奪われて封印されているん

だけど修太郎、あ、七野修太郎っていうのが

彼氏なんだけど、その修太郎と今でも繋がっ

ていて時々入れ替わってしまうの。」


「ああ、そっ、そうなんだ。」


「全然信用していない、って顔ね。まあ、仕

方ないわ、私も今でも信じられないもの。で

も本当のことなのよ。今度修太郎に会ってみ

る?」


 一目惚れした子の彼氏に紹介されても、嬉

しくない。


「いや、遠慮しとくよ。」


「そう?身近に神話の実体験者がいるなんて

すごく貴重なことだと思うんだけど。」


「それはそうなのかも知れないけど、僕が興

味があるのは、その神話じゃなくて。」


「ああ、そういうことか。ごめんね、私、そ

ういったことに鈍くて。でも、本当に真実を

知るいい機会だと思うから誘っているんだけ

ど、もったいないわよ。」


 どうも彼女のペースに乗せられそうになっ

て来た。結局、その日に斎藤加奈子の彼氏で

ある七野修太郎という羨ましい男ともう一人

彼女の友達を入れた4人で会うことになって

しまった。完全に押し切られた形だ。


 そうして、なぜか僕は素直にその待ち合わ

せ場所へと向かっていたはずだった。待ち合

わせの時間は16時、十分間に合わうよう余

裕をもって一旦帰った自宅を出た。そこまで

は完全に覚えている。問題はその後だ。



 確か指定された喫茶店に行くため大学の近

くの道を歩いていたとき。


 ビルとビルとの隙間から不意に手が出て僕

を掴んだ。そしてそのまま隙間に引きずり込

まれたんだ。思い出してきた。到底人が入れ

ないような15cmくらいの隙間だった。そ

こに「にゅるん」と入ってしまったのだ。多

分そのままビルの中央付近まで引きずられた

のだろう。左を向いた状態で挟まっているの

で右は見えないが左の方の壁の切れ目までは

相当遠そうだった。



「ううっ。」


 僕じゃない声が聞こえた。右の方からだ。

ただ、右を向けないので確認できない。どう

やら僕と同じ状態で挟まっている誰かがいる

ようだ。


「えっと、誰だかわかりませんが、そこに居

ますか?挟まってます?」


 我ながら間抜けな問いかけだったが、他に

言いようがないので仕方ない。


「あ、そこに誰かいるの?挟まって身動きで

きない、何なのよ、これ。」


 女の子の声だった。知った声ではないよう

だ。


「僕も挟まってて、どうにも動けないんです

けど何か判りますか?」


「気が付いたらこんな状況なのに判るも何も

ないよ。なんとかしなさいよ。」


「いや、だから僕も同じ状況なんですって。」


 どうも理屈が通用しないタイプのようだ。


「僕は紀藤健といいます。あなたは?」


「なんでこんな時に名乗らなきゃいけないの

よ。」


「名前くらい知らないと呼びかけられないで

しょ。」


「そりゃそうだけど。まさか、新手のナンパ

とかじゃ無いでしょうね。」


「まさか。それだったら助けられるようにし

ないと。自分が挟まってたら意味ないじゃな

いですか。」


「後で助けるつもりで間抜けにも自分も挟ま

ってしまったとか。」


 なんだか、もう無茶苦茶だった。が、気持

ちは判らなくもない。僕も何が何だが判らな

いからだ。


「わかったわよ、私の名前は君塚理恵、18

歳帝都大学の1年生よ。」


「帝都大学なんですね、僕もです。1年生だ

ったら年も一緒だ。」


「やっぱり私のことを最初から狙っていたん

じゃない!」


「違いますよ、あなたのことは全く知りませ

ん。」


「それはそれで失礼ね。同級生なんだからチ

ェックしときなさいよ。」


 ああ、もう付いて行けない。


「いずれにしても、この状況はなんとかしな

いと、ここで挟まったまま死んでしまいそう

です。」


「やめてよ、ほんとあんた何とかしなさい!」


「そう言われても。君塚さん、僕の方が見え

てますか?」


「右だけしか見えないわ、あなたの方は向け

ない。」


「壁の切れ間までは遠いですか?」


「そうね、相当遠いみたいよ。」


「僕の方も同じです。としたら2人ともほぼ

真ん中にいる、ってことですね。」


 抜け出すのが難しいことを確認できただけ

だった。


「上も到底無理そうですね。」


 6階か7階はあるだろうか。両方の壁には

上まで窓が全くなかった。15cmくらいの

隙間ならいっそのことひっつけて建築すれば

よかったのに、などと思っている場合でもな

い。


 そもそも15cmの隙間に人間は入らない

はずだ。どうして入ってしまったのか。無理

やり入れても入らない。また、自分の身体が

15cmの幅に収まっているようにも思えな

かった。確かにぴったり壁と隙間なく挟まっ

てはいる。ということは、壁が自分たちの身

体の形に凹んでいて、そこにすっぽり挟まっ

ていることになる。それもこんな中央に。物

理的にあり得ない。人を配置してその形に後

から壁を作った、というのならあり得るか。

まさかね。


「君塚さん、ここに来る前のことを覚えてい

ますか?」


「理恵でいいわよ。そうね、確か休講だった

んでお茶でもしない?って友達にメールした

ら誰だかと一緒に会うからそこに来てほしい

とか言われて16時に待合せたんだわ。それ

で待ち合わせ場所に向かってたはず。ところ

が気が付いたら、これよ。何が何だか意味が

判らないわ。」


「16時に待合せ?場所は?」


「水道橋の駅の近くのファミレスだけど、そ

んなこと今なんか関係ある?」


「友達って、もしかして斎藤加奈子さんです

か?」


「そうだけど、何であんたが加奈子知ってん

のよ。やっばり私を狙ってた?」


「まさか。僕が狙ってた、というか関わりを

持ちたかった方が斎藤加奈子さんです。それ

がなんだかよくわからないうちに彼女の彼氏

の七野修太郎とか言う人ともう一人の女性と

4人で会うことになってしまって。そのもう

一人の女性というのが、どうも君塚、いや、

理恵さんだったんですね。」


「なるほど、あなたが加奈子が合わせたいっ

ていう男子かぁ。そんな人が、何で私をこん

な目に合わせるのよ!」


「だから僕じゃないですって。僕も理恵さん

と同じように待ち合わせ場所に向かう途中で

こんな目に合ってるんです。」


「ってことは、抜け出す方法も?」


「知りません。」


「え~、じゃあどうするのよ、ずっとこのま

まなんてヤよ。」


「僕も嫌ですよ。でも今のところ何もできな

い状況に追い込まれているのは確かです。理

恵さん、スマホは操作できませんか?」


「スマホか、ちょっとまって、確かカバンに

入って、あ~、カバンを持ってない!」


「近くに落ちてませんか?」


「暗いし判らないわよ。あ、ちょっとまって

あったわ私のカバン。でも届かない、う~ん

後数センチなのに。」


 彼女のスマホも、そこにあるのに使えない

状況は変わらなかった。


 何一つ解決策がないまま、体感では1時間

以上が過ぎた。そろそろ16時を過ぎている

はずだ。斎藤加奈子や七野修太郎が二人を探

してくれればいいのだが。


「加奈子さんとは友達なんですよね?」


「そうよ。中学から一緒。」


「だったら、携帯で場所を探せるように登録

したりしていませんか?」


「ああ、してたかも。それに気が付いてくれ

れば、ここが判るってことね。」


「ここが電波が届く場所だったら、ですが。」


「何よ、あんた。押したり引いたり。」


「ごめんなさい、こんな性格なもので。」


「なんか、イライラするわね。まさか、加奈

子は私にあなたを紹介する気だったのかしら。

願い下げもいいとこだわ。」


「いや、多分違うと思いますよ。七野さんっ

ていう方の話を聞いてほしい、って感じでし

たから。なんだか、中身が入れ替わったとか

なんとか。」


「ああ、加奈子は信用した人にはすぐその話

を持ち出して修太郎君を合わせて信じてもら

うようにしているのよ。なんだか、この話を

広めたいんですって。宇宙の真実とかなんと

か、私にはよく判らないけど。」


「そうなんですね。でも信用して人って括り

には僕は入らない気がするんですけど。どち

らかと言うとストーカーみたいなものですか

ら。」


「あんた、加奈子のストーカーなの?」


「いや、まあ、そういわれれは否定できない

ような、でも自分としては違うと思っている

んですが。」


「結局どっちよ。」


「加奈子さんにはちゃんと話をして、そのう

えで七野って人に会ってほしい、と言われま

した。」


「とすると、信用した、ってことね。なんで

かな、こんな変な人。」


「あなたほどではありませんが。」


「私のどこが変なのよ。」


「相当テンションが高くて、僕なんかは付い

て行けません。」


「誰も付いてきてほしい、なんて言ってない

わよ。」


 現状が打破できない不安からか、二人とも

特に僕の方は普段より相当饒舌になっていた。


「その、七野さんの話は理恵さんも信じてい

るんですか?」


「そりゃ信じてるわよ。私もそこに居たんだ

から。確かに中身がアザトースとかなんとか

いうのと入れ替わってたわよ。そんでちゃん

と元に戻ったし。あれは、多重人格とかじゃ

ないわ。」


「そうなんですか。僕は加奈子さんの妄想な

のかと思っていましたが。」


「まあ、普通はそう思うでしょうね。あと、

ナイアルなんとかって人ともあったわよ。」


「ナイアルなんとか、ですか。」


「言いにくいし覚えにくいんだもの、何か、

そんな感じの人よ。その人はぼぉっと現れて

ぼぉっと消えてくるような人。」


「ぼぉっと、ですか。」


「そう。私と加奈子と修太郎君と向坂健太っ

て子と4人で体験したんだから。健太以外は

3人とも帝都大学の1年生なのよ。健太は落

ちちゃったから。元々修太郎君なんて到底帝

都大学に入れるような成績じゃなかったのに、

中身が入れ替わった所為で勉強ができるよう

になってしまって加奈子や私に合わせられた

のよ。」


「それは、もしかして、ズルいのでは?」


「そうかもね。でも、その時に知り合った杉

江って人が言ってたけど、普通の人間にはア

ザトースと中身が入れ替わるなんて耐えられ

ないんですって。それが修太郎君は大丈夫だ

ったから、すごい才能なのかも知れない、っ

て言ってたわ。地球上で彼しかできない、と

も。それって世界一ってことじゃない?」


「世界一、とはちょっと違う気もしますが、

その杉江さんというのは?」


「彼のことはよく知らない。琵琶湖大学の学

生兼助手を辞めて修太郎君の家庭教師になっ

た人なの。さっきのナイアルなんとかって人

が連れてきたみたいよ。普通の人間ではない

とか、それはまた別の人が言ってたわ。」


「まだ登場人物が増えるんですか?」


「それはねぇ、誰だったけか、ああ、明星高

校の私たちのクラスに転校生でやってきた、

なんだっけかな、ああ岡本とか言う人の話。

でも、その人は一連の事が片付いたらすぐに

辞めて行ったからほとんど知らないわ。でも

本当は高校1年生ではない、とか言ってたか

しら。」


「なんだか、複雑なことになってたようです

ね。それで結局元に戻ったけど、たまに入れ

替わるとか。」


「そうなの。なんだか、そのナイアルなんと

かって人と杉江って人がときどき入れ替わっ

てもいいようにしてしまったんだって。修太

郎君もそれでいい、とか言ったらしいわ。止

めときゃいいのにね。」



(お前たちは、こんなところで何をしている

んだい?)


 それは不意に頭の中に直接流れてきた。


「えっ?」


(だから、ここで何しているの、と聞いてい

るんだよ。変な人たちだね、言ってる意味が

判らないのかい?)


「君は誰?」


(おやおや、こちらが質問しているのに、逆

に聞いて来るとは失礼な奴だな。もういい、

ずっとそこで挟まってるがいいさ。)


「いやいや、待って待って。いきなり頭の中

に聞こえてきたから驚きもするよ。僕たちは

ここに挟まって動けないんだ。挟まった理由

や原因は判らないし出る方法も判らないんで

困っているところなんだ。助けてくれないか

な?」


(なぜおいらがお前たちを助けなければいけ

ないんだい?おいらは挟まっている理由に興

味があっただけでお前たちがどうなろうと知

ったこっちゃないさ。)


「それはそうなんだけど、出来れば助けてく

れると嬉しいなぁ。もしかして、力不足で助

けられないとか?」


(そんなことあるもんか。おいらにできない

ことなんかないし、簡単だよ。でもちょっと

待って。お前たちが挟まった理由を知らない

ならおいらが調べてみる。)


 しばらく沈黙が続く。


「何なの?誰と話してるの?」


「わからない。声からすると小さい男の子み

たいな感じなんだけど、見えないし。」


(わかったぞ、なるほど、そういうことか。)


「何か判ったのかい?」


(そりゃ判るよ。バカにしてんのかい?)


「してない、してない。それで、僕たちが挟

まった理由は何だったんだい?」


(それはね。あ、でもそれを教えてもお前た

ちを開放してあげるとは限らないし開放でき

るとも限らない。)


「そうかぁ。それなら聞いても仕方ないね、

ありがとう、もういいよ。」


 わざと突き放すように言った。それが効果

的だと思った。


(なんだよ、やっはりおいらには判らなかっ

たとか助けられないとか思ってるんだな、失

礼だな。いいよ、特別に教えてあげる。お前

たちをこんな目に遭わせたのは、アザトース

だね。)


「ちょっ、ちょっとまって、アザトースだっ

て!」


(そうだよ、万物の王アザトースその人。な

んで封印されているのに、こんなことができ

るのかは知らないし、どんな理由でこんなこ

とをやったのかも判らないけど、やったのは

アザトース、間違いない。)


 さっきまで理恵と話していた中に出てくる

七野修太郎と中身が入れ替わったりするアザ

トースが犯人なのか!


「それで助けることが出来るのかな?」


 挑発が有効だ。


(できるよ~、もちろん。アザトースがやっ

たことてもおいらにかかっちゃ、お茶の子さ

いさいさ。)


「ほんとに?相手は万物の王アザトースなん

だろ?君がいくら強い力を持っていても、到

底敵わないんじゃないのかな?」


(あ、っやっぱりバカにしてる。よし、わか

った。お前たちを助けてやろう。でも助けた

らおいらの言うことを一つ聞いてもらう、そ

れが条件だ。)


「魂でも取ろうっていうのか?」


「お前たちが言う悪魔じゃあるましい、魂な

んて取っても美味くもないともないから、そ

んなものはいらない。助けてから、言う。そ

けでもよければ助けてやるさ。)


 リスクが高い。この姿は見えないが小さい

男の子のような存在が、元々悪なのか善なの

かも判らない。でも、二人には選択肢がなか

った。


「わかった。僕が一つ君の言うことを聞くか

ら彼女は無条件で助けてくれないか。」


(ムシのいいことを言うなぁ。まあいいだろ、

男気を見せたい、ってのは嫌いじゃないし、

願い事は元々一つだけだし、その条件で助け

てやるよ。)




(何をいいつけなどしておる。)


(あ、しまった、本人が出てきた。)


(ヴルトゥームよ、お前が口を出すようなこ

とではない、早々に立ち去るがよい。)


 共に頭の中に響く言葉。軽い方がヴルトゥ

ームというらしい。重厚な方がアザトースだ

としたら今は七野修太郎と入れ替わっている

のか。


「アザトースさんですか、さっきの子に、僕

たちを個々に挟んだのはアザトースさんだと

聞きましたが、なぜ僕と理恵さんがここに挟

まれてしまったのでしょうか。」


(何か、待ち合わせをしている、とかいうも

ので、待ってる間のただの余興だ。)


「よっ、余興なのですか?」


(別にお前たちに危害を加えるつもりはない

わ。修太郎には世話になっておることだしな。

まあ、暇つぶしだ。我らには暇つぶししかな

いのだ。面白かっただろう。)


「何よ、アザトース、私まで巻き込まなくっ

たっていいじゃない。加奈子に言いつけてや

る。」


(それは、まずいな。よかろう、待合せの場

所とやらにすぐに連れて行ってやう。)


「今更ごまをすってもダメよ。」



「修太郎、もう待合せの時間過ぎてるよ、起

きてよ、いつまで寝てるの?」


「う~ん、今いいとこ。」


「何がいいとこよ。それにしても理恵も紀藤

君も来ないわね。そうだ、スマホで理恵を探

してみようかしら。」


 相変わらず起きない修太郎に嫌気をさして

斎藤加奈子は理恵を探すことにした。友達の

位置を探せるアプリを先日入れたばかりだっ

た。イマイチ操作方法が判らない。聞こうに

も修太郎は起きなかった。悪戦苦闘している

うちになんとか理恵の位置を探すことに成功

した。


「何?これってどこ??」


 それは今いるファミレスからそう遠くない

場所だった。しかし、どうもおかしい。


「近くまで来てるんじゃない。でも、全然動

かないわね。電話にも出ないってことは、ス

マホをどっかに落としたのかしら。」


 表示されている位置をそのまま受け取ると

どうもビルとビルの間のようだった。


「このビルの中にいるのかしら。」


 ビルの境目みたいに見えるのは、意味が判

らなかった。加奈子はその位置を確かめに行

くことにした。


「もう、ほんと、修太郎、起きて。理恵を探

しに行くわよ。」


 と加奈子が言った瞬間だった。目の前に二

人が現れた。そう、文字通り現れたのだ。


「えっ、なんで、二人ともどうしたの?」


 テーブルを挟んで向かいの席に現れた二人

は、現れた当人も驚いていた。


「いや、何がなんだか、もう判らないよ。」


「そうよ、加奈子、アザトースよ、アザトー

ス。」


「何が?アザトースがどうしたの?修太郎、

起きてよ、また何かアザトースがやらかした

みたいよ。」


「えぇ~、またか。暇つぶし、暇つぶしって

いつも同じことばっかり言ってるよなぁ。居

候のくせに態度でかいんだよね。困ったもん

だ。」


「って、一体全体何が起こったのよ。」


 斎藤加奈子と七野修太郎に二人が狭くビル

とビルの間に挟まってしまったことを説明し、

そのまま気が付いたらこの店の席に座ってい

たんだと理解してもらったのはよかったが、

斎藤加奈子が怒り出した。


「アザトース、出てらっしゃい。理恵にまで

いたずらする、ってどういうこと?」


「僕はいいのか。」


「そういう意味じゃないけど。」


「こら、加奈子を困らせるんじゃないわよ。

そんなとこにケーキを付けて、まったくもう。」


 僕が頼んだパンケーキの切れ端を口の横に

付けていたのを理恵さんが取ってくれた。


「だらしないんだから。そんなんだから加奈

子にも振られるのよ。」


「振られてないさ、彼氏がいる、って言われ

ただけ。」


「それを、一般的には振られた、っていうの

よ。」


 二人の様子を見ていた斎藤加奈子が微笑ん

だ。


「仲いいわねぇ、もうそんなに仲良しになっ

ちゃったんだ。お似合いだと思ったんだ、絶

対お似合い。」


 どうも加奈子は元々二人を引っ付けようと

思っていたようだ。


「なによ、全然お似合いじゃないわ。」


 七野修太郎も口を挟む。


「健太は遠距離だし、彼で手を打っといた方

がいいよ。」


「修太郎、無責任な事言わないの。」


「加奈子が二人を会わせよう、って言ったん

じゃないか。ちょうどよかった、アザトース

のいたずらのお陰で仲良くなれたんだから怪

我の功名、ってやつ?」


「もう、いいわ、健君、こんな二人は放って

おいて出ましょう。」


 君塚理恵に手を引っ張られて僕は店を出た。

手を引っ張られて、とうことは見方を変えれ

ば手を繋いで二人は歩き出した。



「そういえばヴルトゥームの願い事って何だ

ったんだろうね。」


 二人で並んで歩いていると、少し会話に詰

まってしまって僕が切り出した。


(それは、おいらと友達になってほしい、っ

てことさ。)


「あっ、出てきた。なんだ、そんなことか。

勿論いいよ、いつでも相手してあげるよ。」


「そんな安請け合いしていいの?修太郎君も

アザトースには相当困ってるみたいよ。」


「一応、助けようとしてくれたんだし、まあ

僕だけが友達、ってことで、いいんじゃない

かな。」


「私は健君と友達なんだから、ヴルトゥーム

とも友達付き合いしないといけないでしょ?」


「僕たちはもう友達になったんだっけ?」


「さあ、知らないわ。」


 なんだか楽しそうに理恵が言う。そういえ

ば結局アザトースと七野修太郎が入れ替わっ

た件は聞けず終いだった。今度4人、もとい

4人と1匹(?)で会って改めて聞いてみよ

う。僕は少しだけクトゥルー神話というもの

に興味が出てきたのだった。

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固定された15cm(クトゥルーの復活第5.5章) 綾野祐介 @yusuke_ayano

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