第一章 戦士帰還編

第一話 覚醒と邂逅



 その昔、人類の住まう『グランメディオ大陸』は鋼魔と呼ばれる鋼の甲殻に覆われた種族に支配されていた。小さな人間たちは自分たちの十倍ほどもある相手を前に為す術もなく蹂躙され、その足元に息を潜め隠れるように子孫を紡いでいた。

 しかし、人類も長い時間をかけ対鋼魔巨大人型兵器『レヴォグラディオ』を生み出し、鋼魔への反撃を開始した。

 何世代もの時が移ろい行く長期にわたる戦いの末、遂に人類は鋼魔を滅ぼし地上の覇権を奪い取ることに成功した。

 鋼魔に打ち勝った人類は大陸の中央に古の大帝国『アンクぺリア』を築き、瞬く間にその数を増やした。やがて彼らは大陸全土へとその支配を広げ、アンクぺリア周辺には多数の小国が興った。それらは時に助け合い、時に争い、長きに渡る興亡の時代を紡いでいった。勢いを増す人類の繁栄は、最早止まるところを知らないようにさえ思えた。

 そんな人類の繁栄が陰りを見せたのは突然のことだった。

 レヴォグラディオの暴走。

 かつて鋼魔をも滅ぼし地上最強とも言われた巨大人型兵器がアンクぺリア帝都を中心に暴動を起こし、数ある都市、町、村は一瞬にして戦火に焼かれた。

 グランメディオ大陸のアンクぺリア帝国以北に位置した国々は鋼鉄の巨人による慈悲無き侵攻の前、瞬く間に滅び去った。そして、大陸以南の国々も滅亡の一途を辿るかのように思われたが、そんな絶望の最中、七人の戦士が立ち上がった。

 赤の戦士、青の戦士、黄色の戦士、緑の戦士、紫の戦士、白の戦士、そして黒の戦士。

 七色の戦士たちは百年に及ぶ果てのない戦いを続け、遂に暴走する巨人の侵攻を押しとどめることに成功した。後に古の百年戦争と呼ばれることとなるこの戦いにおいて、戦士たちはたった七人で十万を超える敵巨兵を撃破したという逸話が残されている。

 辛くも勝利を収めた人類であったが、帝都以北は鋼鉄の巨人が闊歩し、立ち入れば二度と戻れぬ地獄と化した。そして、戦い続けた戦士たちの姿を再び目にした者は誰一人としていなかった。

 地上の半分と七人の英雄という大きすぎる代償を支払った人類であったが、残された地で少しずつ活気を取り戻していった。

 それから約千年の時が経ち、だんだんと過去の事実が伝説へと昇華され始めたころ、人々は再び閉ざされた地、旧アンクぺリア帝国領へと手をかけようとしていた。それが再び人類に再び滅びの風を運ぼうなどとは露も知らずに。

 時を同じくして、古の伝説が再び動き出そうとしていた。


      ◇


 胸を圧迫するような鈍い痛みに、暗闇の中に沈む意識が掬い取られていく。

 朦朧とした意識がはっきりしていくと同時に、少しずつ活動を始めた感覚器官が胸の痛みをより確かなものへと変えていく。しかし、心臓を潰れない最低限の力で握られたようなその痛みは、どこか懐かしさを孕んで体の奥に馴染んでいった。

 瞼の薄い皮を透過した光に網膜を焼かれ、青年は思わず腕を目の前に当てた。この時、力を抜いた腕が顔の上に留まっていることから、青年は自分が仰向けに寝かされている状態だということに気付いた。

 それから腕の位置を調整し少しずつ網膜を光に馴染ませていると、突然鈴を鳴らしたような優しい音が鼓膜を叩いた。

「あ……目、覚めました……?」

 どこか遠慮がちな声音にゆっくりと目を開いた。

 ぼやけた視界の端に、影が映る。人の頭部だろうか。それは恐る恐るといった様子でこちらを見おろしている。

「ん、んン……」

 青年は何か声を出そうとしたが、喉が乾ききっていて上手くいかず、声とも付かない呻きが漏れた。しかし、何か伝えたい言葉を用意していたわけでもなかったので、別段困ることはなかった。

 それでも喉の痛みは無視できないため、青年は何度か唾を飲み乾燥した喉を湿らせる。

 そうこうしているうちに、再び視界の人影が動いた。

「えっと……隊長さん、呼んできますね」

 一言残すと、それはぱたぱたと音を立てて遠ざかっていった。

 目が明るさに慣れ、視界の靄が晴れてきたころ、青年の視界の先には白い光を放つ何かがあった。それがおおむね天井と呼べるものであろう位置についていることから、自分は仰向けに寝かされているということを確信する。

 首を回そうとすると骨と筋肉が軋み、悲鳴を上げた。予想の外からやってきた痛みに青年は顔をしかめながら再度慎重に首を回す。すると、鈍く光を反射する灰色の壁が目に入ってきた。その壁は初めて見るものだが、その色艶に青年は酷く見覚えがあった。触ってその正体を確かめるべく体を慣らしにかかる。

 掌を握っては開いてを繰り返し、そうして岩のように固まった体中の筋肉を順番に解していく。

 十分に体を動きに慣らした青年は、一呼吸つくと、力の入りきらない腕を支えに上半身を起こした。

 すると今度は酷い頭痛と眩暈に見舞われ、青年は仕方なく頭部を襲う不快感が抜け切るまでその場で大人しく待つことにし。

 暫くして眩暈が引いたことを確認すると、青年はもう一度、今度は上半身を使って周囲を見回す。

 視界に入ってきた光景は、出入り口であろう扉と格子のついた小窓のある狭い部屋だった。

 灰色の壁に囲まれた部屋は要素に乏しく、確認できるものは、青年が今まで体を預けていた寝台思しき物と、その脇に置かれた簡素な椅子程度。他にあるとすれば、青年の体を覆う毛布と、天井に取り付けられた光を放つ得体のしれない物体だけだった。

「なんだ……これ……」

 天井の物体に訝し気な眼差しを向けつつも一通り目に映るものを観察し終え、青年は下半身を寝台から降ろす。体にかけられていた毛布が足に引っかかり床へと滑り落ちた。

 そこで初めて、青年は自分の着ているものが覚えのないものであることに気が付いた。

 だがそれよりも今は眼前に広がる鈍色の壁の放つ違和感に誘われ、青年は立ち上がろうと腰を浮かせた。 

 しかし、立ち上がった途端、足が地に吸い寄せられるような奇妙な感覚とともに、青年の体は勢いよく前方に倒れ込んだ。

「ぐッ……!」

 狭い部屋なため、膝を着いた矢先、前方の壁に上半身がぶつかり派手な音を立てる。頭を打たない様青年が慌てて腕を前に出すと、その掌が硬く冷ややかな壁に触れた。

 同時に青年は自分の皮膚から、ついこの間まで常にそれと共にいたような、それでいて長く離れていたような、そんな矛盾を孕んだ懐かしさが腕を伝って這い上がってくるのを感じた。

「やっぱこれだぁ……」

 鈍色の違和感の正体、鉄でできた壁の表面をゆっくり撫で、青年はどこか安堵を含んだ溜息をつく。そして壁に対し正面を向いていた体を反転させ、ずるり、と壁に背中を預けた。

 直後、入り口の扉が勢いよく開けられた。

「何事だッ」

 突如飛び込んできた焦りと驚き、または怒りに似た感情を含んだ声音に青年は驚きつつも顔をあげると、その先には一人の少女が立っていた。

 部屋に飛び込んできた少女は深い青色の瞳で訝し気に青年を見おろすと、暫くしてきつく結ばれていた口を開いた。

「貴様、何をしている」

 それは、扉が開かれた時に聞こえたものと同じ声だが、今回は先ほどのような焦りの様子はなく声は落ち着きを取り戻している。

「あ、いや、えっと……」

 青年は急な来訪者に焦りを覚えつつも、何とか口を開く。

 歯切れの悪い青年の言葉に少女はその眉根を更に顰めたが、暫くして再び開いたままの扉に向き直った。

「聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず場所を変えよう。ついてこい」

 言い残すと少女は足早に部屋を出ていく。

「ちょ、待ってっ……」

 青年は困惑しつつもその背中を追い、未だふらつく足取りで部屋の外へと踏み出した。


      ◇


 話はそれから数日前に遡る。

 グランメディオ大陸中央、旧アンクぺリア帝国領最南部に位置する森の中、鉄と鉄のぶつかり合う鈍い金属音が響き渡った。

 音の発信源では、複数の人影が各々の手にした剣を構え対峙していた。

 人影と言ってもその身長は十ニメートルほどに達し、手にした剣がぶつかり合うごとにけたたましい火花と轟音が森の中に木霊した。

 もちろん、そんな巨大な人間など存在するはずもなく、その正体は鋼鉄製の機械の巨人だ。そして、その巨人を通常の人間に見せる森の木々の高さは言わずもがな巨大なものであった。

 剣の切っ先を向け合う巨人の勢力は二つ。

 一方は全高十ニメートルほどの巨体に、鈍色に艶めく武骨な鎧を纏っている。二体のそれは、凄まじい力で手にした獲物を振るっている。

 もう一方は全高十メートルほどと一回り小ぶりだが、鋭く光を反射する白い鎧に包み、懸命に眼前の敵に立ち向かっている。しかし、力の差が歴然としており、前者の振るった一撃に対し、受け止めるのがやっとといった有様だった。

 この部分だけ切り取れば、後者が圧倒的不利に見えるが、白い巨人にはその力の差を埋めるだけの数があった。

 鈍色の巨人二体に対し、白い巨人の数は十二体。たった二体を相手取るにはいささか大げさに見える数だが、二体の巨人は自分たちの六倍に当たる数を前に果敢に応戦していた。

 しかし、いくら個の性能が高いとはいえ多勢に無勢、だんだんとその鎧には傷が増えていく。

「くそ、しぶといな、こいつらッ……!」

 振るった剣を弾かれた一機の拡声器から、若い男の苦い声が漏れた。

 言わずとも、機械の巨人に意思があるはずもないので、それはその機体を中で操っている者の声だ。

 苦戦を強いられている白い集団の中、周囲の味方より幾らか大きく、ひときわ目立つ青い外套を纏った一体が前に出た。

「怯むなッ! 数ではこちらに利があるッ。奴らがかなり損傷している今が好機だッ。一気に削り取れッ!」

 集団のリーダーにあたる者だろうか、力強く発せられた若い女性の声に、周囲の巨人たちは雄叫びとともに、再び自分より大柄な敵に立ち向かってゆく。

 それから暫くして、白い巨人たちの猛攻の末、遂に鈍色の機体は地に伏し動かなくなった。

「これだけ数の差があったというのに、これとは……」

 安堵の声を漏らす周囲の巨人たちを見渡し、青い外套に身を包んだ機体の操縦席で一人の少女がモニターに映る光景に溜息を吐いた。クラウラーディ王国軍所属、ブラーシュ兵団団長のエルナ・ブラーシュである。

 彼女の視線の先の味方の機体はたった二機を相手にしただけとは思えない損傷を負っていた。

「まぁ、それだけの力を有していたということでしょう。この『レヴォグラディオ』って奴は……」

 青い機体の横に、これまた少しばかり他のものと形の違う、ややがたいのいい機体が並び、備え付けられた拡声器から、野太い男性の声が響いた。ブラーシュ兵団の副団長である、ダリウス・アーレンスだ。

 二人の視線の先に倒れている機械の巨人、レヴォグラディオ。それはかつて地上最強と謳われ、人類にこの大陸の支配権をもたらした鋼鉄の巨大人型兵器。しかし、突如それらは暴走を始め、国を、町を、人を無差別に攻撃する最悪の存在と化した。後に『古の百年戦争』と呼ばれるようになったその争いの結果、アンクぺリア以北の、つまりグランメディオ大陸の半分の国が滅び、その地は無差別に人を攻撃する鋼鉄の巨人が闊歩する領域となった。

 しかし、それから約千年という年月が経った現在、生き残った人類は再び失われた領土を取り戻すべく行動を起こし始めていた。

 現在、二機のレヴォグラディオを撃破したブラーシュ兵団も、旧アンクぺリア帝国領に隣接した国『クラウラーディ王国』が領土を広げるべく放った旧帝国領調査隊の一つである。

 彼らは今、旧帝国領開拓の足掛かりにするため領内最南部に位置する砦『メリディフォレス』の攻略に挑んでいた。

(しかし、一個中隊で一度に相手をできるのがたったの二機とは。この力は予想以上だな……)

 エルナは深刻な面持ちで現状を整理する。

 現在エルナ達が搭乗しているのは『レヴォグラディオ』ではない。レヴォグラディオは古の百年戦争により旧帝国内に現存するもの以外すべて消失しており、現在諸国で生産、流通されているのは『ノウストレータ』と呼ばれる類似機体が生産されている。

 しかし、レヴォグラディオとノウストレータでは大きく性能が異なり、ノウストレータではレヴォグラディオのようなパワーやスピードを出すことができない。そのため、一機を撃破するのに最低でも六機のノウストレータが必要になる。これはノウストレータ編隊における二個小隊分に相当する。

「しかも、これが無人ときたからに参っちまうぜ」

 ダリウスがの呆れ混じりの声に、エルナも無言で頷く。

 そう、彼らが倒したレヴォグラディオはもれなく無人である。

 ノウストレータを含め鋼鉄巨兵は人が操縦しなければ動かない。それが何故誰の手も借りず動き回り、千年もの間この地を歩き続けているのかは今も謎に包まれたままである。敵を倒し鹵獲しても肝心な炉は政府により回収されていしまい、一般にその動力が何たるかは知られていない。

 わかっているのは、この鋼鉄の巨人が今の機体とは比べ物にならない凄まじいほどの力を持ち、旧帝国領内に入った人間を無差別に攻撃する、ということだけだ。

「こいつ等についてこれ以上考えても我々でわかることは少ない。私たちにできるのは、力でもって殲滅することだけ。それ以上は政府機関うえの仕事だ」

「違いない」

「だが、今ので目標のメリディフォレス砦周辺の敵機は粗方掃討した。別働している各中隊と合流次第、砦を一気に攻め落とすッ」

 エルナはそう意気込んで、前方に聳える砦を見据える。

 その後すぐに、散開していた各中隊が合流し砦攻略に乗り出した。

しかし、彼らを待っていたのは予想外の結果だった。

 強固に閉ざされた分厚く重い扉を破壊し突入した砦の内部は、蛻の殻だった。

 エルナ一行は呆気にとられ砦内部を見回す。しかし、そこにあるのは雑草の生い茂った中央広間と、それを囲う石造りの高い外壁だけだった。

「これは、どういうことだ?」

 目の前の光景に、ダリウスが間抜けな声を上げた。

「油断するな、罠かもしれない。総員、警戒して探索に当たれッ!」

 エルナの声に部下達は慎重な足取りで外壁に取り付けられた倉庫思しき扉などをゆっくりと開き中を確認していく。しかしやはり、そこに倒すべき敵機の姿はなかった。それどころか、扉には最近開かれた痕跡が無かった。

 一通り探索の報告を聞き終えた後、エルナは操縦席で首を捻った。

「どういう、ことだ?」

 報告によると、砦には物資が傷みの無い状態でそのまま残っていたらしい。しかしそれもおかしなことだ。この砦が放棄されたのは約千年も前のことであり、その当時の武器や弾薬が残っているなどということは普通ならばありえない、信じがたいことだ。だが、古の百年戦争から千年たった今もレヴォグラディオが動き続けていることを考えるとやや納得できる部分もあった。

(だが、こんな物資が残っているというのにここに何かが侵入した痕跡が無いとはどういうことだ?)

 エルナが思考を巡らせていると突然、慌てたダリウスの声が耳を突いた。

「おい隊長ッ! こっち来てくれッ!」

 突然のことに少し胸が跳ね上がったが、エルナはダリウスの乗る機体が立つ、入ってきた方とは逆の扉に機体を向かわせた。

「これは……」

 砦のむこう、開かれた扉の先には一体の巨人が背を向け、膝を着いていた。

 鉄の鎧らしきものを着込んだそれは、おそらくレヴォグラディオだろう。しかしそれは、全身を草木や蔦で覆われ浅黄色の巨体はピクリとも動かない。

「なんだ、こいつは。敵……で、いいのか?」

 ダリウスは首を傾げつつもゆっくりとその機体に近寄っていく。

「気を付けろ、アーレンス」

 エルナの声に頷きつつ、ダリウスは更に謎の機体との距離を詰める。

 しかし、いくら近づいても機体は静寂を保ったままで、遂にダリウスの機体はその手が届く位置にまで接近した。

 その機体は膝立ちの状態であったが、装甲の大きさ等からダリウスの乗るノウストレータよりも一回り大きいことがわかる。全身に纏った鎧は大きく、周りの機体よりもがたいの良いダリウスの機体でさえ小柄に見えるほどだった。

「何も、起きないな……」

 ダリウスは手にした大剣で軽く装甲をつついてみるが、なにも起こる気配はない。

 それでも緊張を解くことなく、一団は機体をゆっくりと包囲する。

 そのうちエルナはその機体にあるものを見つけ驚きの声を上げた。

「この肩の紋章は……⁉」

 蔓草に覆われた機体の肩部に取り付けられたエンブレム。そこに彫られていたのは、エルナ達ブラーシュ兵団の母国クラウラーディ王国の物だった。

 そのうちダリウスは操縦席のハッチの開閉レバーを見つけ、エルナに視線で指示を仰ぐ。

 エルナが頷いてそれに応えると、アーレンスは慎重にレバーを引いた。

「こいつは……⁉」

 アーレンスは慌ててエルナを手招きする。

 エルナは訝し気に近寄ると、開かれた操縦席の内部を覗き込んだ。

「……⁉」

 驚きの表情を顕わにするエルナの視線の先には、一人の青年の姿があった。

 青年は眠っているのか意識がなく、座席に力なく身を預けている。身に着けている全身黒色の衣服はそのいたるところが傷み、破けている。しかし、青年事態に怪我があるようには見えない。

 エルナはできるだけ自分の機体を寄せてからその操縦席のハッチを開けると、眼前の機体に飛び移った。

 素早く操縦席に滑り込むと、座席に座る青年に近寄り腕をとる。

「脈があるッ!」

 青年の生存を確認するとエルナはダリウスを呼び、暫く方針を話し合った末、いまだ眠り続ける青年を運び出した。

 

 この出会いが、冷め切っていた炉に火をくべた。

 古の伝説が、再び胎動を始める。


      ◇


 そして話は現在へ。

 謎の機体とともに発見された青年は、部屋から足を踏み出し絶句していた。

 目の前では巨大な人型の兵器がせわしなく動き回り、何やらいろいろな物資を運んでいる。

 それだけならば青年はさして驚きはしなかった。目の前を歩き回る巨人たちは彼が知るものとは少々異なる部分はあるものの、青年にとってそれらは特に見慣れた光景だったからだ。

 では何をそんなに驚いているのか。それは、目の前の巨人たちからは、も感じられなかったからだ。

 その瞬間、青年は胸の奥から記憶とともに、膨大な焦りと不安が湧き上がってくるのを感じた。

 レヴォグラディオの暴走。

 帝都の壊滅。

 選ばれた戦士。

 灰色の空。

 作戦の失敗。

 ひしゃぐ装甲。

 舞い上がる土埃。

 力尽きていく仲間の姿。

 青年の手はいつの間にか震えていた。その表情には焦りと困惑が色濃く滲み出ている。

(あれから一体どうなったんだ? それにこいつは……)

 青年は目の前の異質な巨人たちを見て口を開いた。

「レヴォ、グラディオ……なのか……?」

 青年のやや呆けた声に、先に部屋を出ていた少女、エルナ・ブラーシュが振り向く。

「いや、これはレヴォグラディオではない。我が国の正式量産機、ノウストレータ『ヴェルラトール』だ」

 青年はエルナの言葉に更に眉を顰める。

「ノウス、トレータ……?」

 エルナは訝し気に目の前の青年を見る。

(この男の乗っていた機体には確かに我が国の紋章が彫られていた……。即ちこいつは我が国の民のはず。なのに何故ヴェルラトールの存在を知らない?)

 エルナは心の中に渦巻く疑問に考えを巡らせる。

 ヴェルラトールは彼女の言う通りクラウラーディ王国の正式量産機であり、その地に住まうものなら老若男女誰でも一度は目にしたことがあるはずだ。なのに目の前の青年はそれを怪物でも見ている様な顔で眺めている。

(それにあの機体はなんだ? あんな機体が国で作られていたなど聞いたことがない。あれだけ草木に侵食されていたところを見るとかなり前からここにあるようだが、それにしては各部品の状態が良すぎる……。ノウストレータならばこのような場所に長い間放置されれば錆などの劣化が出てくるはずだ。しかしそれがない……。ということはこれは、レヴォグラディオ……なのか?)

 疑問が疑問を呼び頭の中を次々と侵食しはじめたが、エルナはそれらを振り払い、未だノウストレータに視線を注ぐ青年に向き直る。

「さて、ではこっちだ。行くぞ」

「ちょ……」

 同様に疑問を募らせていた青年の返事も待たず歩き始めたエルナだったが、ふと立ち止まって振り返る。

「私の名はエルナ・ブラーシュ。貴様、名前はなんという?」

 突然の質問に青年は少しうろたえつつも、どうやら名前を名乗り合うくらいは話ができる相手らしいと判断し、若干頬を緩める。そして、先き程よりもはっきりとした口調で自らの名を名乗った。

「アルベルト・アメルハウザー。バートでいい」

「そうか、ではついてこい。アメルハウザー」

 そう言って再び足を進める少女に、アルベルトと名乗った青年は少し肩を竦めつつもその背中を追った。

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