第六十二節 強くなりたくて
ガッセ村に来てから、六日間経つ。
スグリは目が覚めた翌日に、港町エーネアにいるであろうミズガルーズ国家防衛軍の軍艦宛てに、直筆の書状を出した。自分たちの現状を報告するためだそうだ。
それをベンダバル家の人間が、使いとして届けてくれるという。未だ全回復してしないこともあり、素直にその申し出を受けたとのこと。ガッセ村から港町エーネアまでは、馬を使えば三日で着くらしい。問題がなければ、昨日辿り着いたことになる。
その間、エイリークは一人悩んでいた。思い返すのは、ヴァダースとの戦いだ。
あの時の自分は、あまりにも無力だった。次戦う時このままの状態では、確実に殺される。グリムとケルスの二人を助けるためにも、もっと強くならなければならない。だがその方法が思いつかないでいた。
屋敷を歩きながら溜息を吐く。軽く頭を振って、辺りを見回した。
「あれ……?」
考え事をしながら歩いていたためか、見覚えのない場所に来てしまっていた。一体ここはどこだろうか。完全に迷子である。辺りに人の気配もなく、トホホと肩を落としたところで、ある音が聞こえてきた。
この音は、硬い何かがぶつかり合う音だ。音に導かれるように、屋敷内を再び歩き始めた。
******
「ハッ!」
「やりますな……!」
音の発生源は、屋敷の裏側にあるという道場からだった。木刀がぶつかり合う音が、外にまで響いている。入り口が開いていたので、ちらりと中を覗く。そこではスグリと、なんとヤナギが打ち合いをしていたのだ。
ヤナギはもうそこそこ、いい歳のはず。しかし歳による体の衰えを、全く感じられない。若くて力のあるスグリの木刀を、軽くいなしている。
打ち合い、間合いを置く。
再び打ち合う。
エイリークはただ圧倒されていた。目の前の光景が、あまりにも自分とかけ離れすぎている。スグリの剣技が凄いものだとわかるが、ヤナギの受け流しも見事なものだ。名の通り、柳に風といった様子。
もう一度、踏み込む。
スグリが仕掛ける。ヤナギが受け流す。
受け流された木刀を構えようとする。
そこに突き出される木刀の剣先。
体が止まる。
「……参りました」
ヤナギが、スグリを制してしまった。構えを解いて、二人は互いに一礼する。
実際に打ち合いをしていたわけでもないのに、どっと疲れが押し寄せる。なんだか言葉にできない、凄いものを見てしまった気がした。大きく息を吐く。
「おや、見物客がおりましたな」
「エイリーク?」
二人の視線が集中する。思わず身体が跳ねるが、見つかったものは仕方ない。中に入って、二人に近付いた。
「ごめんなさい!隠れるつもりは、ええっと……」
「よい。何も取って食いはせんよ」
「俺に用でもあったか?」
怒ってはいないようで一安心する。顔をあげて、礼を述べた。ふと視線を落とすと、スグリが右手に木刀を持っていることに気付く。慌てて尋ねた。
「スグリさん!?右肩はもう大丈夫なんですか……!?」
「ん?ああ、まだ多少の痛みはあるが、そこまで無理をしなければ問題ない。それにあまり、剣を持たない時間を作りたくないんだ」
「そう、なんですか?よかった……」
「若様、あまり無理をなされますな。治りかけの時期が、一番危ういのですぞ。その上、子供に心配をかけるなど……」
ヤナギが苦言を呈す。あまり見られない光景だった。バツが悪そうに、スグリが少し顔をそらす。そんな二人を見て、ある思いがふつふつと湧く。自分の中でそれを形成する前に、言葉が先に出た。
「スグリさん。俺に、剣を教えてくれませんか?」
その言葉にスグリが向き直り、ヤナギが自分に目を落とす。
「剣を?」
「はい。……俺、ヴァダースと戦った時に何にも太刀打ちできなかった。凄く悔しくて情けなくて。このままじゃ絶対に次は勝てないって、思ったんです」
だからもう二度と負けたくない。強くなりたい。守りたいものを守れるようになりたい。グリムとケルスを救うためにも、仲間のみんなの役に立つためにも。
自分の中にあった不安や思いを、スグリにぶつけた。真剣に話を聞いてくれた彼だが、申し訳なさそうに答えられる。
「それは構わないが……俺とお前では、扱う剣も違えば戦い方も違う。今まで自分の基盤としているものに新しいものを詰め込もうとしても、変な癖がついてしまう可能性もある。そうなると全部がなし崩しになるぞ」
「あ……」
冷静に考えれば、確かにそうだ。
自分はパワー型であり、スグリはスピード型。それに自分は彼の扱うような、抜刀術なんて使ったこともない。構えも違えば力の運用方法も違う。
スグリの言っていることは、筋が通っている。今まで自分が良しとして会得してきたものを、一気になくすことなんてできない。無理に習得しようとすれば、どれも中途半端に終わってしまうことは火を見るよりも明らかだ。
当たり前の事実がすっかり頭から消えていた。がっくり項垂れる。
そこに、助け舟を出す人物が一人。
「ふむ……。若様、彼を某に預けてはもらえませぬか?」
「爺?なにをするつもりだ……?」
「なに、彼は幼き頃の若様と、同じ目をしておられる。そしてこの心意気……老婆心が駆られるのですよ」
楽しそうににこりと笑い、自分を見るヤナギ。彼を見たスグリは一度、ため息をついて確認してきた。
「エイリーク、それでも構わないか?」
思いがけない提案に、光明が見えた。気を取り直して、返事を返す。
「はい!よろしくお願いします!」
「では手始めに、其方の実力を拝見したい。道場の裏に広めの庭がある。そこで若様と一手、打ち合ってはもらえぬか?」
ヤナギの突然の提案に驚く。まさかこんな形で、ミズガルーズ国家防衛軍のトップの一人と打ち合いができるなんて。
話はとんとん拍子に進み、裏にあるという庭に早速案内される。バルドル族と元次期領主──今や軍のトップの一人との打ち合いということで、ギャラリーが思った以上に集まった。縁側には小さな子供たちに囲まれたヤクや、興味深そうにしているレイもいる。ベンダバル家の人も数名、見学に来ていた。そんな中で多少の緊張を覚えつつも、どこか楽しんでいる自分がいた。
自分はいつも使っている大剣を、スグリはいつもとは違う無銘の刀剣を使い、手合わせをすることになった。さすがに技を繰り出すのは禁止だが、それでも十分に実力を見ることができるとのことだ。
「両者、構え」
大剣をいつものように構える。スグリは抜刀している状態で構えた。空気が研ぎ澄まされる感覚に、神経が集中されていく。
「始め!」
一歩、踏み出す。
勢いそのまま大剣を逆袈裟に振り下ろす。
それをスグリに、難なく躱される。彼がいた地面が抉れた。
大剣は見た目の通り、振りかぶってから振り下ろすまで時間を要する。威力は申し分ないのだが。
大剣を持ち直そうとしたところに、スグリの突きが繰り出される。
咄嗟に大剣を盾として、剣先から身を守る。しかし彼はそれを読んでいたようで、突きの姿勢から手首を上に向け、剣を大剣の面に滑らせてきた。
次に自分の右側へ踏み込んで、体勢を低くする。そのまま右に大きく移動して、左足で地面を蹴った。
体を反転させたスグリに、背後を取られる。首元に剣先を当てられた。
「そこまで!」
ヤナギの制止の声。感嘆の声が聞こえる。
打ち合いは一瞬のうちに終わりを告げた。
向き直って、先程スグリとヤナギがしていたように一礼する。
勝とうとは思っていなかったが、あまりにも圧倒的すぎた。こんな一瞬のうちに終わるなんて。わかっていても、悔しさが若干こみ上げた。
「どうだ爺。何かわかったか?」
「とっくりと」
ヤナギの言葉を聞いたスグリが、自分に近付く。
「そう落ち込むなエイリーク。俺も昔は、爺にしごかれていたんだ。あまり時間はないかもしれないが、学べる部分はあるはずさ。俺が保証する」
「……はい!ありがとうございます!」
スグリのお墨付きをもらい、俄然やる気が出てきた。時間は少ないかもしれない。だけどその中で、自分ができる精一杯のことをやろう。
心の中で誓う。その日からヤナギの教えを受けることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます