第四十二節 冥府の村へ

 レイの第一印象は、底抜けに明るいだけの馬鹿に見えたらしい。言うなれば、年相応の子供。それに対してソワンは、年にしては大人びて──それでも今に思い返して見れば子供だったと彼は語る──いたという。


「ボクって、昔からこんな性格だったんだ。男だけど可愛いものが好きで、同じクラスの女子の持ち物とかの方が興味があったの」


 それが思春期に入っている同世代から見たら、気持ち悪いと思えたのだろう。一部の生徒からは、心無い中傷を受けていたとのこと。男のくせに気持ち悪い、オカマ野郎、と。それでもそんなイジメに負けずにいたのは、自分自身がそれをおかしいと、恥ずかしいと思わなかったからだとソワンは語る。好きなものを好きでいて、何がおかしいのか。自分が納得して楽しんでいることに、何も関わっていない人間にとやかく言われたくないと。


「強いですね……」

「だって当たり前じゃない?自分の好きなことを全否定出来る権利はあるだろうけど、それを好きな人間にわざわざ言う必要なんてないでしょ?」


 それをわざとやっていたのだから。今思い出しても少し腹立たしいと、ソワンは憤慨する。

 そんな風に一部の同級生からイジメを受けていたある日、唯一の肉親である母親から貰った魔法具を奪われてしまった。当然返せと要求したが、あろうことか無理難題をぶつけてきたらしい。それは思春期であるからこその、馬鹿な生徒の考えそうなことだと語る。


「返してほしかったらヤらせろとか言ったんだよ!?ほんっと馬鹿馬鹿しい!」


 オカマならそう言うこと好きだろ、なんてからかわれて笑い者にされたそうだ。それを語るソワンの今の表情を見ても、当時の彼の憤りは相当なものだったと考慮できた。あまりにも悔しくて、魔術の一発でもお見舞いしてやろうかと思ったくらいだったらしい。そんな彼は、でも、と続けた。

 そんな時に助けてくれたのが、レイだったという。それまで彼とは話もしたことなく、挨拶を交わすくらいの関係だった。それが魔法具を取られたその日、レイがソワンを虐めていたクラスメイトの前に立ちはだかったのだと。当時のことは鮮明に覚えていると、ソワンは懐古に目を細める。


「突然虐めてた奴らに向かって仁王立ちしてね、いい加減にしろこの泥棒って怒鳴ったんだ」

「なんとなく想像できるかも」


 エイリークは以前の、グリシーヌ村での一件を思い出していた。自分がバルドル族だと村人にバレてしまった瞬間と、その時のレイの行動。大勢の人間の前に仁王立ちして、自分の味方になってくれたレイ。きっと当時もそのように、ソワンを庇ったんだろう。

 当時のソワンは、彼の行動が理解できなかったのだと話す。放っておけばいいのに、自ら首を突っ込んで誰かを守ろうとする。どうして、たかだか数回挨拶を交わしただけのクラスメイトに対して、そんな行動が起こせるのかと。

 呆気にとられている間に、レイといじめっ子の間で取っ組み合いになるまでの騒ぎになってしまったらしい。その後は騒ぎを聞きつけた教師によって、関係者全員が生徒指導室へと連れて行かれ、事情聴取を受けたのだと。事情聴取後に無事に魔法具は取り戻しソワンは教室に返されたものの、しばらくの間レイといじめっ子たちは戻ってこなかったらしい。レイが解放されたのは、その日の放課後だったと。


「だからどうしても気になってレイに聞いたんだ。どうしてあんなことしたのって」


 そう尋ねられたレイの答えは、想像の斜め上をいくものだったとのこと。


「レイ、なんて答えたんですか?」

「俺が嫌だったからって答えたんだ。ボクのためみたいな鼻に付くような正義感からじゃなくて、自分がそうしたいからそうしたって。でも、それが嬉しかったの」


 その時のレイの答えと行動が、自分の考えに類似しているように思えたのだそうだ。自分の思うままに素直に行動していいのだと、彼に受け入れてもらえたようで気持ちが楽になったらしい。

 その日からレイとソワンは話をしたり、魔法の練習を共にするようになり、友達になることができた。しかし中等部に入る前からソワンはそこを卒業したら高等科に行くのではなく、ミズガルーズ国家防衛軍の士官学校に入学することを決めていた。


「元々はボクを虐めていた奴らより強くなりたいから入学したいって思ってた。でもレイと出会って友達になってからは、虐げるために強くなるんじゃなくて守るために強くなろうって思えたんだ」


 しかしそのことをレイに言わずに、中等部卒業と同時に彼の前から姿を消してしまった。それについては、やはり罪悪感もあったと話すソワン。いつかそのことは謝りたい、と言葉を零した。


「そうだったんですね……」

「軍人としてじゃなくて……大切な友達として、レイを守っていきたいんだ」


 だからもっと強くならなきゃ、と前を見るソワンに、自分も同じだと話す。


「俺もレイには大きな借りがあるし、友達としてレイのことを守りたい。だから協力させてください」

「ありがとうエイリーク。でもレイってば、あからさまに守られることを嫌うから。知られないように、一緒に守っていこうね」


 約束とソワンは笑い、秘密だと返す。それがやけに面白くて、くすくすと笑いあう。


「さて、見張りはボクがするからエイリークはもう休んで」

「そんな、ソワンさんが休んでください!俺は全然大丈夫ですから……」

「ダメ。慣れない土地でレイをおぶさりながらここまで来て、思ってるより体力をかなり消耗してるハズだよ。明日だって同じように動くんだから、休める時にちゃんと回復しておくこと!」


 いいね、と強めに言われれば了承するほかなく。寝袋を用意して中に入る。


「でも、あとで交代しましょうよ?ソワンさんも休まなきゃ」

「起きれたらでいいよ」

「起きますよ!」

「本当〜?」


 笑うソワンはいつもの、エイリークが知っている彼の姿だ。そのことへの安堵と、普段使ってない筋肉を使ったことによる疲労か。交代すると言ったはずが、早朝までぐっすりと眠ってしまっていたのであった。


 翌朝。準備をして外に出る。相変わらず灰色の空で覆われているが、吹雪は収まって視界が開けていた。これなら思ったより早く到着できるかもしれない。昨日と同じく、足元に気を付けて歩く。

 準備をしている時にソワンが言っていたが、ギョール川を渡った先には、ある橋があるという。それはこの灰色ばかりの景色に、一つの灯りのように灯っている橋だとのこと。黄金に輝くというその橋の名は”ギャラールの橋”。そこが見えると、ヘルヘームまではあと少しらしい。


「明るいうちに辿り着きたいね」

「そうですね、レイを早く安全な場所で休ませたいし……。ソワンさんにも休んでほしいし」

「ちょっとー。それってボクが体力がない頼りない軍人だって言いたいのー?」

「ち、違いますよ!?ただほら昨日俺ぐっすり寝ちゃって、ソワンさんが休めなかったからって思ってですね!?」


 慌てて弁明すれば、後ろからくすくすと笑い声が聞こえる。昨日とは打って変わって、ソワンに余裕が見える。わかってるよ、と答えが返ってきた。


「ありがとねエイリーク」

「思ったんですけど、ソワンさん俺で遊ぶの楽しんでないですか?」

「あれ、気付いてなかったの?」


 気付いてるのかと思ってた、なんて言葉が聞こえた。そりゃないよとぼやきながら、先へ進むのであった。


 ******


 しばらく歩いた先に、ある橋を目にする。とても見すぼらしい橋だ。何かで覆っていたのだろうが、ボロボロに剥がされているからか石膏の部分は丸見え。整えられていたであろうアーチは、かろうじて形を保っている。渡れる部分の一部はごっそりと抜かれ、大きな穴となっている。渡れないことはないが、この荒れ様はなんなのか。

 ふと、橋の奥側から何かの気配を感じた。この橋の上で戦闘という状況は避けたい。何しろ目の前の橋以外に、反対側に行く手段は何も見えないのだから。一歩、また一歩と近付いてくる。剣の柄に手をかけようとして、しかし目の前に現れたのは敵意を感じない、一人の少女だった。

 これにはソワンも意外に思ったらしく、動揺していた。目の前の少女は何も言わず、二人と背負われているレイをゆっくりと見た。ややあってから、礼儀正しく一礼する。次に顔を上げた彼女から、次にこう投げかけられた。


「……異種族の少年に、ミズガルーズ国家防衛軍の軍人様。お待ちしておりました」

「待っていた?あの……?」


 少女に近づこうとして、ソワンに手で制される。何故、と視線で訴えた。彼女から敵意は一切感じられないのに。


「何者かな?エイリークのことはまだしも、ボクがどうして軍人だってわかるの?ボクらは防寒着を着てるのに……。見た目だけでわかるものじゃないよ、そういうの」


 何か確信があるからこそ、自分の正体がわかったのではないか。そんなソワンの問いかけに、少女は一度目を伏せる。確かに自分たちは防寒着を着ているのに、どうしてソワンが軍人だとはっきりと答えたのか。言われるまで気付かなかった。我ながら警戒心が薄いな。


「私はこの先の村……ヘルヘームの住人である、と言えばご理解いただけますか?」

「ヘルヘームの……。あ……」


 ヘルヘームの村長は、巫女ヴォルヴァだという。その前情報が頭の中に蘇る。


「じゃあ、あなたが?」

「申し遅れました。私はヘルヘームの住人、そして巫女ヴォルヴァを勤めさせていただいております、スクーズです」


 少女──スクーズは改めて一礼した。それを確認したソワンは、ようやく警戒を解く。疑ったことを詫びて自己紹介をする。とはいえスクーズは疑われたことに気を悪くするどころか、当然のことと受け入れていた。


「どうか、その警戒心はお忘れずにいてください。これからご案内するヘルヘームでは、必要なものになります」


 彼女の口ぶりは、これから行く村ではずっと警戒した方がいいと忠告するみたいだ。何が彼女をそこまで言わせるのか。

 胸の内に湧き上がってきた新たな疑問を抱きつつ、二人はスクーズの案内を受けることにした。

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