第三十五節 宿り木は寄生先を求める
翌日。
彼らは例の古城に来ていた。救援物資を積んだ高機動車と
機械都市マシーネには今も、
先遣隊の報告では、古城には入り口が二つあるそうだ。一つは正門。もう一つは古城裏の、城壁が崩れて出来た場所。故に今回はまず、二手に分かれる。正門側で待ち構えているであろう
エイリークは今、ヤクと共に古城の正門の方にいた。陽動ならば広範囲で攻撃ができるヤクと、侵入してきたということを相手に知らしめるため、エイリークがいた方がいいだろうという理由からだ。少数精鋭で攻め込んだ方が互いの状況も把握しやすい、らしい。
正門前には予想通り、
実のところ、エイリークは緊張していた。ヤクと最初から戦場を共にすることが初めて、という理由もある。しかし一番は、彼が自分と同じ人物に魔術を習っていた事実を知ったからだ。
エイリークから見て、ヤクは自分の兄弟子にあたる。そんな彼の目の前で師匠マイアから習った術を使って、その威力の違いに幻滅されるのではないだろうか。偉大な師から教わっていながら、大した腕を持ち合わせていないではないか。そう思われることが怖かった。不安と緊張を覚える。失敗したらどうしよう。
「……緊張しているのか?」
「えっ、あ、その」
まさかそれが見抜かれているとは思っていなかった。図星を突かれ、反応に遅れが出てしまう。言葉がうまく出てこない。言い淀んでいると、落ち着くようにと注意をされてしまった。
「確かに私はキミの兄弟子にあたるかもしれんが、今はそれは頭の隅に追いやっておくべきことだ」
「それは、わかってはいるんですけど……」
「出来ないことはしないで自分のできることに集中する。それがマイアさんの教えだったと思うが?」
『自分のできることを伸ばせばいい。八方美人になんてなる必要はない』
それは昔、マイアが生きていた頃に教えられた言葉だ。
人間による種族差別が多いこの時代において、バルドル族というだけで生きることは数段難しくなる。他人よりも多くをこなさなければならない、と躍起になっていた自分に、マイアが諭してくれたのだ。
ヒトには誰しも向き不向きがある。それは人間は勿論、生きとし生けるものすべてに当てはまること。当然、バルドル族である自分にもだ。確かにこのご時世、人間以外の種族とっては生きることは難しくなっている。それでも、それに負い目を感じて自分を追い込むことはない。
いつか自分に心許せる仲間が出来たとき、お前が伸ばした部分がその者たちに力になれるように、と。
いつの間にか、頭のどこかに追いやられていた師の教え。ヤクの言葉で思い出す。一つ、自分の落ち着かせるために息を吐く。あんなに不安しかなかった思考が、クリアになる。もう大丈夫と思えた。
「落ち着いたようだな」
「はい、ありがとうございます」
「……時間だ。では、行くぞ」
ヤクの言葉を、合図として受け取る。一番槍を務めるのは剣を使う自分だ。手に持った愛剣に雷を纏わせ、意を決したように敵陣に踏み込んだ。
「
袈裟斬りの要領で振るった大剣。本来なら見えない剣の軌道を描くようにして、纏った雷はその一筋の道を、疾風のように颯爽と駆け抜けていく。やがてそれらが
この技は電気ショックの、刺激が強い仕様のようなものだ。対魔物用ではあるが、機械仕掛けである
自分を奮い立たせ、まずは一体
「だから!」
振り切るように一体、また一体と
******
一体どれくらいの敵を屠っただろう。地面が
内部は古城というには、圧倒的に古臭さというものが全く感じられない。妙に文明くさく、科学や機械が発達しているように見受けられた。そのうえ所々から重油のような、重く濁った臭いが漂ってくる。きっと元は、こんなに気色の悪い構造ではなかったはずだ。
恐らくここにいるカーサの仕業だろう。螺旋階段を駆け上がりながら、カーサに対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。やがて一つの大きい扉を開けると、目の前には礼拝堂らしき場所が広がった。全体的に薄暗くてよく見えないが、壁でゆらゆらと燃えている蝋燭の火で、所々目視はできる。
掲げられていた十字架は無残に砕かれ、その残骸が部屋の隅に追いやられている。礼拝のための長椅子はなく、部屋を支えている柱や梁があるだけの、伽藍堂な空間。だが感じる。これは人の気配だ。
あたりを警戒していると、どこからともなく声が空間に木霊する。聞きたくもなかった、カーサのルビィの声だとわかるまで数分とかからなかった。
「招かれざる客侵入者諸君。この「幻惑の間」まで、ようこそおいでくださいましたってか」
「この……!出て来い卑怯者!!」
「おーこわこわ。やっぱり戦闘意欲剥き出しのバルドル族、格が違うねぇ」
彼の嘲笑う声だけが聞こえる。一向に姿を現さないとはどういうことか。ふざけているにも程がある。どうしてこう、人の神経を逆撫でするのだろう。
柄を握っている手に力が入り、技を放とうとする。ところがそこに、すっ、と静かに自分の前にいたヤクに手で制される。落ち着けと、自分の短慮な行動を諌めるようだった。彼の意を汲んで、力を抜く。
「言っちゃなんだが、俺はカーサの下っ端、所謂雑魚なんだわ。そんな俺がアンタらとまともに戦ったって、勝てるわけがない」
だから、と言葉が続くようだ。
途端に違和感を覚える。まるで自分の手足が自分のものでなくなった、操り人形にされたような、そんな感覚だ。
自分の脈動がやけに耳につく。これから起こる、何か嫌な予感を暗示しているようだ。
「……えっ?」
気付けば、俺はヤクさんに向かって剣を振り上げていた。
ルビィが何をしたいのか分かった。
「ヤクさん避けて!!」
ヤクの息を呑む音。直後に起こってしまうであろう悲劇を見たくなくて、思わず目を瞑る。幸い手応えはなく、大剣は彼がいた地面を大きく抉るだけ。
避けてくれて良かったと思う反面、何故自分の意思と関係なく身体が動いたのか。言い知れぬ恐怖が襲う。自分の意識はあるのに、身体がマリオネットにされたようだ。指一本すら、自由に動かせない。
「お前……!俺の身体に何をしたんだ!?」
「
下卑た笑い声を聞きながら、エイリークはメヒャーニクで感じた視線のことを思い出す。あれは、気のせいなどではなかったのか。
機械都市マシーネや、その周辺の古城で
自分は全く気付かずに、まんまと敵の術中に嵌ってしまったのか。抵抗も虚しく、また自分の意思と関係なく大剣を構える。さらに言えば、自分の身体の中を探られているようで吐き気がする。自分の中のマナが、勝手に使われる感覚。
まさか。ある予感が確信に変わったのは、振るった大剣から炎がヤクに向かって放たれた時だ。これは自分の技の一つ、「
「このっ、やめろ!」
「なぁんでさ?俺らは敵同士、やめれと言われてやめる敵が何処にいるのかねぇ?」
ルビィは相変わらず姿を見せず、声だけが礼拝堂に響く。くんっ、と身体が糸で引っ張られるように勝手に動く。
「それに、俺のこの術はただ単に種子を植え付けて芽吹かせるだけじゃ、ここまで支配されたりしない。ヒトの心の奥底に宿る負の感情……種子はそれに反応して、強く影響を与える術さ」
「何が言いたいんだ!」
「つまりさぁ……アンタ、まだ人間のこと憎んでるでしょ?だから目の前にいるその人間に、身体は殺意を向けてるんだよ」
氷で背筋をなぞられたようだ。ドロドロとした暗い気持ちが、自分の中に溢れて、溺れそうな。すぐに言い返せない自分が悔しい。違うのに。俺はそんなこと、考えていないのに。振り切るように叫ぶ。
「違う!そんなわけあるか!!」
「無理すんなって〜。ほら、身体の方はさ……ヤル気みたいだよ?」
彼の言葉に連動するように、またしても自由が効かずヤクに攻撃を仕掛ける。
確かに、人間は恨んでいるかもしれない。だけど、仲間だと言ってくれた彼らのことは違う。守りたい。裏切りたくない。
「やめ、ろ……!!」
なんとか自由を取り戻せないかと、抵抗を試みる。カタカタ、と震えるが動きを止めることが出来ない。どうしたらいい、どうすればこの術を解除できる。考えあぐねていると、ヤクの落ち着いた声がすとん、と胸に落ちるように聞こえた。
「……エイリーク」
「ヤク、さん……!」
彼を見れば、何も言わずに自分を見る青い瞳とぶつかる。何も言わないが、見据えるその視線が自分に何を言わせたいのか、語りかけてくるようで。
―――どうして欲しいか、しっかり言葉にしたいことは口に出すべきだ。
そう諭された気がした。誰かに甘えるということは、誰かを信頼しているということ。
自分は、甘えていいのだと。
「……け、て……ヤクさん、俺を止めてください……助けて、ください!」
「……ああ、心得た」
必ず救う、ヤクの言葉は確実にエイリークの耳に届いた。
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