第三十五節 宿り木は寄生先を求める

 翌日。

 彼らは例の古城に来ていた。救援物資を積んだ高機動車と機械人形オートマチック対抗策の誘導弾などを搭載した高機動車には、機械都市マシーネに向かってもらったとのこと。状況を見るに、どちらか一方を守ってからもう片方を叩くより、同時に強襲した方が状況改善になるだろう。それがヤクとスグリの下した判断だった。

 機械都市マシーネには今も、機械人形オートマチックが街を徘徊している。民間人が襲われ街自体が滅びる前に、救わねばならない。機械人形オートマチック相手なら自分の部下たちで対処できるだろうと、街の救出の方に自身の部下たちを送ったと聞く。そして古城には、ヤクとスグリ、ソワンとレイとエイリークの5人で突入することとなった。


 先遣隊の報告では、古城には入り口が二つあるそうだ。一つは正門。もう一つは古城裏の、城壁が崩れて出来た場所。故に今回はまず、二手に分かれる。正門側で待ち構えているであろう機械人形オートマチックを片方が引きつけている間に、もう片方が城壁側から侵入。つまりは陽動作戦だ。隙を見計らい正門側の相手をしている方も内部に侵入し、そこでカーサを叩く。

 エイリークは今、ヤクと共に古城の正門の方にいた。陽動ならば広範囲で攻撃ができるヤクと、侵入してきたということを相手に知らしめるため、エイリークがいた方がいいだろうという理由からだ。少数精鋭で攻め込んだ方が互いの状況も把握しやすい、らしい。

 正門前には予想通り、機械人形オートマチックはもちろん数体の魔物がいることが分かる。


 実のところ、エイリークは緊張していた。ヤクと最初から戦場を共にすることが初めて、という理由もある。しかし一番は、彼が自分と同じ人物に魔術を習っていた事実を知ったからだ。

 エイリークから見て、ヤクは自分の兄弟子にあたる。そんな彼の目の前で師匠マイアから習った術を使って、その威力の違いに幻滅されるのではないだろうか。偉大な師から教わっていながら、大した腕を持ち合わせていないではないか。そう思われることが怖かった。不安と緊張を覚える。失敗したらどうしよう。


「……緊張しているのか?」

「えっ、あ、その」


 まさかそれが見抜かれているとは思っていなかった。図星を突かれ、反応に遅れが出てしまう。言葉がうまく出てこない。言い淀んでいると、落ち着くようにと注意をされてしまった。


「確かに私はキミの兄弟子にあたるかもしれんが、今はそれは頭の隅に追いやっておくべきことだ」

「それは、わかってはいるんですけど……」

「出来ないことはしないで自分のできることに集中する。それがマイアさんの教えだったと思うが?」


 『自分のできることを伸ばせばいい。八方美人になんてなる必要はない』


 それは昔、マイアが生きていた頃に教えられた言葉だ。

 人間による種族差別が多いこの時代において、バルドル族というだけで生きることは数段難しくなる。他人よりも多くをこなさなければならない、と躍起になっていた自分に、マイアが諭してくれたのだ。

 ヒトには誰しも向き不向きがある。それは人間は勿論、生きとし生けるものすべてに当てはまること。当然、バルドル族である自分にもだ。確かにこのご時世、人間以外の種族とっては生きることは難しくなっている。それでも、それに負い目を感じて自分を追い込むことはない。

 いつか自分に心許せる仲間が出来たとき、お前が伸ばした部分がその者たちに力になれるように、と。


 いつの間にか、頭のどこかに追いやられていた師の教え。ヤクの言葉で思い出す。一つ、自分の落ち着かせるために息を吐く。あんなに不安しかなかった思考が、クリアになる。もう大丈夫と思えた。


「落ち着いたようだな」

「はい、ありがとうございます」

「……時間だ。では、行くぞ」


 ヤクの言葉を、合図として受け取る。一番槍を務めるのは剣を使う自分だ。手に持った愛剣に雷を纏わせ、意を決したように敵陣に踏み込んだ。


"雷鳴よ剣となれ"エペトネール!!」


 袈裟斬りの要領で振るった大剣。本来なら見えない剣の軌道を描くようにして、纏った雷はその一筋の道を、疾風のように颯爽と駆け抜けていく。やがてそれらが機械人形オートマチックに突き刺さると、彼らの動きが鈍くなった。

 この技は電気ショックの、刺激が強い仕様のようなものだ。対魔物用ではあるが、機械仕掛けである機械人形オートマチックには効果は絶大らしい。実際目の前にいる数体のそれらは、まるで筋肉が萎縮して痙攣を起こしたかのように、ガクガクと震えている。攻撃や受け身をとれる行動ができるようには、とても見えない。

 自分を奮い立たせ、まずは一体機械人形オートマチックに剣を突き刺した。元は機械都市マシーネに住んでいた、普通の人間。身体をカーサに弄られたからといって、そう簡単に彼らを傷付けたくないと思っていた。いや、正直なところ今でもそう思っている。だがここで二の足を踏んでいるばかりでは、本当に助けたいもの、守りたいものを守れない。今は戦闘中だ、気を抜けば自分が持っていかれる。


「だから!」


 振り切るように一体、また一体と機械人形オートマチックを薙ぎ払う。早く、こんなむごい戦いを終わらせるためにも。



 ******



 一体どれくらいの敵を屠っただろう。地面が機械人形オートマチックの残骸や、魔物の死体で埋め尽くされそうな程だ。だがお陰で、残っているのは数体の魔物だけ。その魔物も、エイリークが最後の一体の機械人形オートマチックを倒した直後に、ヤクの魔術に倒れ伏した。辺りに敵影がないことを確認した2人は、古城に潜入する。


 内部は古城というには、圧倒的に古臭さというものが全く感じられない。妙に文明くさく、科学や機械が発達しているように見受けられた。そのうえ所々から重油のような、重く濁った臭いが漂ってくる。きっと元は、こんなに気色の悪い構造ではなかったはずだ。

 恐らくここにいるカーサの仕業だろう。螺旋階段を駆け上がりながら、カーサに対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。やがて一つの大きい扉を開けると、目の前には礼拝堂らしき場所が広がった。全体的に薄暗くてよく見えないが、壁でゆらゆらと燃えている蝋燭の火で、所々目視はできる。

 掲げられていた十字架は無残に砕かれ、その残骸が部屋の隅に追いやられている。礼拝のための長椅子はなく、部屋を支えている柱や梁があるだけの、伽藍堂な空間。だが感じる。これは人の気配だ。

 あたりを警戒していると、どこからともなく声が空間に木霊する。聞きたくもなかった、カーサのルビィの声だとわかるまで数分とかからなかった。


「招かれざる客侵入者諸君。この「幻惑の間」まで、ようこそおいでくださいましたってか」

「この……!出て来い卑怯者!!」

「おーこわこわ。やっぱり戦闘意欲剥き出しのバルドル族、格が違うねぇ」


 彼の嘲笑う声だけが聞こえる。一向に姿を現さないとはどういうことか。ふざけているにも程がある。どうしてこう、人の神経を逆撫でするのだろう。

 柄を握っている手に力が入り、技を放とうとする。ところがそこに、すっ、と静かに自分の前にいたヤクに手で制される。落ち着けと、自分の短慮な行動を諌めるようだった。彼の意を汲んで、力を抜く。


「言っちゃなんだが、俺はカーサの下っ端、所謂雑魚なんだわ。そんな俺がアンタらとまともに戦ったって、勝てるわけがない」


 だから、と言葉が続くようだ。

 途端に違和感を覚える。まるで自分の手足が自分のものでなくなった、操り人形にされたような、そんな感覚だ。

 自分の脈動がやけに耳につく。これから起こる、何か嫌な予感を暗示しているようだ。


「……えっ?」


 気付けば、俺はヤクさんに向かって剣を振り上げていた。

 ルビィが何をしたいのか分かった。


「ヤクさん避けて!!」


 ヤクの息を呑む音。直後に起こってしまうであろう悲劇を見たくなくて、思わず目を瞑る。幸い手応えはなく、大剣は彼がいた地面を大きく抉るだけ。

 避けてくれて良かったと思う反面、何故自分の意思と関係なく身体が動いたのか。言い知れぬ恐怖が襲う。自分の意識はあるのに、身体がマリオネットにされたようだ。指一本すら、自由に動かせない。


「お前……!俺の身体に何をしたんだ!?」

"操りのための種子"マニプリーレンミステル……。アンタに植え付けた種を、芽吹かせてやっただけさ。アンタのこと、実はメヒャーニクで見かけてから標的にしてたんだよ」


 下卑た笑い声を聞きながら、エイリークはメヒャーニクで感じた視線のことを思い出す。あれは、気のせいなどではなかったのか。

 機械都市マシーネや、その周辺の古城でたむろしているカーサ。彼らの情報が入れば、自分がきっとここに来るだろうと。それを踏まえ対抗策として、自分を意のままに操るための術の布石を組み込んでおいたのだと、ルビィは語った。

 自分は全く気付かずに、まんまと敵の術中に嵌ってしまったのか。抵抗も虚しく、また自分の意思と関係なく大剣を構える。さらに言えば、自分の身体の中を探られているようで吐き気がする。自分の中のマナが、勝手に使われる感覚。

 まさか。ある予感が確信に変わったのは、振るった大剣から炎がヤクに向かって放たれた時だ。これは自分の技の一つ、「"炎よ焼き払え"クレマシオン」だ。どうやら自分の剣術までも、ルビィの支配下にされてしまったらしい。


「このっ、やめろ!」

「なぁんでさ?俺らは敵同士、やめれと言われてやめる敵が何処にいるのかねぇ?」


 ルビィは相変わらず姿を見せず、声だけが礼拝堂に響く。くんっ、と身体が糸で引っ張られるように勝手に動く。


「それに、俺のこの術はただ単に種子を植え付けて芽吹かせるだけじゃ、ここまで支配されたりしない。ヒトの心の奥底に宿る負の感情……種子はそれに反応して、強く影響を与える術さ」

「何が言いたいんだ!」

「つまりさぁ……アンタ、まだ人間のこと憎んでるでしょ?だから目の前にいるその人間に、身体は殺意を向けてるんだよ」


 氷で背筋をなぞられたようだ。ドロドロとした暗い気持ちが、自分の中に溢れて、溺れそうな。すぐに言い返せない自分が悔しい。違うのに。俺はそんなこと、考えていないのに。振り切るように叫ぶ。


「違う!そんなわけあるか!!」

「無理すんなって〜。ほら、身体の方はさ……ヤル気みたいだよ?」


 彼の言葉に連動するように、またしても自由が効かずヤクに攻撃を仕掛ける。

 確かに、人間は恨んでいるかもしれない。だけど、仲間だと言ってくれた彼らのことは違う。守りたい。裏切りたくない。


「やめ、ろ……!!」


 なんとか自由を取り戻せないかと、抵抗を試みる。カタカタ、と震えるが動きを止めることが出来ない。どうしたらいい、どうすればこの術を解除できる。考えあぐねていると、ヤクの落ち着いた声がすとん、と胸に落ちるように聞こえた。


「……エイリーク」

「ヤク、さん……!」


 彼を見れば、何も言わずに自分を見る青い瞳とぶつかる。何も言わないが、見据えるその視線が自分に何を言わせたいのか、語りかけてくるようで。


 ―――どうして欲しいか、しっかり言葉にしたいことは口に出すべきだ。


 そう諭された気がした。誰かに甘えるということは、誰かを信頼しているということ。

 自分は、甘えていいのだと。


「……け、て……ヤクさん、俺を止めてください……助けて、ください!」

「……ああ、心得た」


 必ず救う、ヤクの言葉は確実にエイリークの耳に届いた。

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