第二十一節 冷たい夜にワインを注ごう

「レイ!」


 突然のことで色々と頭が混乱しているが、光が収まるのがわかった。エイリークがレイを呼びながら彼に駆け寄る。そこにいたのは、さっき自分が見た別人のような彼ではなく、今まで自分が知っているレイだった。何ともないかと心配されていたが、どうやら無事のようだ。レイは苦笑しながら、大丈夫、なんともないと答えている。

 自分と同じように光を追って教会内に入ったヤクをちらり、と一瞥する。平静を保っているように見えるが、動揺していることがわかった。色々考えなければならないことは多いが、とにかくカーサの一員たちをどうしかしなければ。幸い気絶しているようだ。エイリークとレイの護衛をしていた部下を呼ぶ。軍艦に常備してある手錠をすぐ用意してくるように指示を出してから、街の様子が気になり外に出て確認した。

 目に飛び込んできた外の光景に驚愕する。あれ程溢れかえっていた炎の柱も、魔物たちも、その全てが消え去っていたのだ。ヤクを呼び、彼にもその光景を見てもらう。ヤクも自分と同じような動揺を見せた。


「これは……」

「まさかとは思うが……これ、レイの放った光が原因じゃないか?」

「しかし、まさかそんな……」


 あり得るわけがないと、まるで自分自身に言い聞かせるように呟くヤク。……今はこの話題は避けた方がよさそうだ。彼が自分では気付けてない程に動揺している、そんな風に見て取れた。


「……ヤク。部下が戻ってくる前に、俺は市長や市民たちの無事を確認してくる。悪いが気絶してるこいつらのこと、監視していてくれないか?」


 一人で考えたいことがあるのだろう。ヤクがこんな表情をする時は、決まって考え事がまとまらず、言葉に出来ない時だ。彼とは長年の付き合いだからわかる。今は下手に言葉をかけるよりも、一人で落ち着かせてやった方がいい。そう結論を出し、提案する。

 突然の提案に少々呆気にとられたようだが、理解はしてくれたのだろう。すまないと謝罪をされる。それはつまり、一人にしてほしいということだ。気にするなと声をかけ肩に手を置いて、それからエイリークとレイにもついて来てもらうように声をかけた。さっきのことについて、聞いておきたいことがあるからだ。声をかけられたエイリークとレイは、戸惑いながらも自分に従ってくれるようだ。ひとまず教会を出て、街の外に避難しているであろう市長達を探すことにした。


「レイ、さっき使った術はヤクから教えてもらったものか?」

「えっ……?違う、けど……」

「自分が何をしたか覚えているか?」

「……よく、覚えてない」


 レイが言うには、昼間ここに来た時にペンダントを落としたからそれを探しに教会へ行った。見つかって、帰ろうとしたところにカーサの集団が襲ってきた。どうしたものかと思案していると、突然知らない光に包まれたらしい。そこから先のことはあまり覚えていないとのことだ。具合が悪いかと聞かれれば至って元気だし、魔力にも大した異変は感じないと。

 それを聞いてとりあえず一安心はするが、謎が残る。あの時、レイが呟いた言葉は恐らく古代文字だ。


 古代文字は巫女ヴォルヴァが使えると、ある資料に記されている。さらに世界の理を解き、理解することで使えるとされている魔術も存在する。これを古代魔法と呼ぶ。ユグドラシル教団に属しているような一般の巫女ヴォルヴァが使える古代魔法には、幾ばくかの限度がある。聖職者ではない、半人前の魔術師であるレイが使える代物ではない。

 ただ一つ、例外がある。それが女神の巫女ヴォルヴァだ。女神の巫女ヴォルヴァに選ばれた者は、全ての古代魔法が使えるとされている。古代文字とは運命の女神が各々の巫女ヴォルヴァに力を与えるための触媒になり得るもの。それらを使用して女神の力の一部を使用することを、総じて古代魔法と呼ぶのではないか。そんな評論を、スグリは時たま耳にしていた。

 また女神の巫女ヴォルヴァは必ずしも、ユグドラシル教団の聖職者たちから選ばれる訳ではない。過去にも教団とは無関係の人物が選ばれた例もある。まさか、レイが選ばれたとでも言うのだろうか。


(いや……その可能性は極めて低いだろう。そもそも半人前の力しか発揮出来ないレイが、女神の力に干渉できるわけがない)


 自分まで考え過ぎてしまっている、今はこの事に深く追求する必要はないだろう。軽く頭を振って、街の外を目指した。


 ******


 街の外は教会で見たような光景が広がっていた。街の外へ逃げた市民を待ち伏せていたであろう、カーサの集団と魔物達が地に倒れ伏している。とりあえず市長を探す。ユグドラシル教団騎士や市民に守られているように、市長のルドは市民達の中心にいた。無事である事に一安心し、逃げ遅れた者はいないか尋ねる。怪我人はいるが、どうやら死者は出てないとのこと。


「……すまなかった。対応が遅れてしまったせいで、お前達を守りきることが出来なかった」

「何を仰います!死者が出なかったのは、ミズガルーズ国家防衛軍とユグドラシル教団騎士の方々のお陰です!感謝こそすれ、何故恨む必要があるのでしょう」


 市長の言葉に続くように、市民たちが自分たちに感謝の言葉を投げかけてくる。それに対し、すぐ軍の救護部隊に応援を要請すると返事をする。協力してくれたユグドラシル教団騎士たちにも礼を述べた。街の外で魔物討伐にあたっていた部下達には、カーサの人物たちの拘束を命じる。

 ユグドラシル教会の地下には、災害時に使える共同空間がある。ひとまず粗方の復興が済むまで、市民たちにはそこに避難しておくように頼む。それに了承してくれた市民たちだが、教会にはまだ白骨化した魔物たちやカーサがいる。準備が整い次第案内させることを約束してから、スグリは再び教会へ戻る。ヤクの考えも、大分落ち着いただろうか。


 教会に戻る。そこには先程指示を受けた部下が他の部下も数名引き連れて、カーサを拘束している姿があった。傍らには、冷静に指示を出しているヤクの姿もある。よかった、一先ずは落ち着いたようだ。彼もこちらに気付いたようで、指示を出してから近付いてきた。


「市長や市民たちは無事だったか?」

「ああ。何人か怪我人はいたが、幸いなことに死者はいないようだ。すぐにでも軍の救護部隊に応援を要請したいんだが、いいか?」

「勿論だ。……お前たちは、もう休むんだ。今日は軍艦の客室を使え。今部下に指示を出したから、先に帰るんだ」


 ヤクがエイリークとレイを見て言う。でも、と従おうとしなかったレイにはとにかく今は休んでまた明日話をしよう、そう説得する。それで納得してくれたようだ。際ほど彼らに付き添っていた護衛役の部下を呼び、軍艦に案内するよう指示を出す。加えて軍艦へ戻ったら救護部隊の応援を要請するように、と追加の指示も出しておく。彼らが自分たちの目から見えない程になるのを確認して、ヤクに言葉をかける。


「大丈夫か?」

「すまない……迷惑をかけたな」

「気にするな、慣れてるさ。……それよりも、こいつらから情報を抜き出させないとな」


 倒れて未だ気を失った状態のカーサを見る。こいつらからは、詳しい情報を抜き出さなければならない。ここまで大きな街を襲ったのだ、何か別の目的もあるのかもしれない。

 カーサに対しては今のところ、軍の対応が後手に回っているのが事実だ。このままでは行く先々でカーサとの戦闘が起こり、街が被害に遭うかもしれない。その度に応援を派遣して守らせていたら、今度はミズガルーズ本国の守りが手薄になる。この世界巡礼の任務はあくまで、各国々や村や街の保安維持。本国の守りを薄めてしまうのは、以ての外だ。

 だが、まずは街の復興や、カーサの追撃に備えての準備が先か。部下たちに拘束したカーサを、軍艦内の牢屋に監禁するよう伝える。数分後、部下たちがカーサを引き連れて教会から全員出たこと、白骨化した魔物を回収し終わったことを確認する。その後、街の外に待たせてしまっていた市長や市民たちを誘導した。軍艦内に積んでいた予備の食料や毛布が、残っていてよかった。それらを市民たちに分け与え、今晩は緊張しているかもしれないが休むよう伝えた。ユグドラシル教団騎士に、引き続き市民たちを護衛することを頼み込み、軍艦へと戻る。


 長い夜だったが、まだ少しだけ仕事が残っている。ヤクは今回の報告書をまとめる作業。そして自分は、先遣隊からの報告を受ける作業が残っている。その報告を受け、世界巡礼の次の行先を決めるのだ。

 軍艦内にある、今回の世界巡礼においての自分の執務室で報告書をまとめていると、扉が3回ノックされる。どうやら報告に来たようだ。短く入れ、と促せば通る声で失礼します、と返事がきた。中に入った部下は敬礼してから、次のように報告をする。


 この港町ノーアトゥンからずっと南の方向、ちょうどアウストリ地方の最南端の方角にある小さい小島に、怪しい廃墟を発見したとのこと。そこからどうやら魔物が放たれていると。さらに小島のすぐ近くにある都市、ヨートゥンでは魔物の被害が多数報告されているらしいのだ。極め付けにその魔物というのが、黒い服を纏った人物たちに付き従っているだとか。

 十中八九カーサに関連する建物だと予測する。それとは別にもう一つ、気になる報告があった。このノーアトゥンからさして遠くない距離にある、古びた古城。普段は誰も立ち入らないような場所なのだが、ここ最近誰かの手が入ったような形跡があるという。それがカーサかどうかはわからないが、魔物の数も増えているようだと。


「報告ご苦労だった。そちらは俺の指揮で対応する。先遣隊はまだ数人いるな?」

「はい。まだ出発はしておりません」

「よし」


 それを確認できたところで、部下を下がらせる。念のためヤクにも報告しようと、彼の執務室へ向かう。ノックしようとした瞬間、部屋の中から声が聞こえた。


「違う……!あってたまるか、そんなこと……!!」

(ヤク……)


 教会でのレイを見た時から様子がおかしいとはわかっていたが、ここまで取り乱す声を聞いたのはいつ以来だったか。こんなにも取り乱す原因が、わからないわけでもない。本当なら、安心させるべきなのだろうが──。


「ヤク、俺だ。少しいいか?」

「スグリか……?ああ、構わない」


 返事を受け部屋の中に入る。彼に先程受けた、小島についての報告と古城の報告を話す。古城の方が気になる旨を伝え、自分が指揮を取って調査したいと伝えた。


「どうせこの街の復興の手伝いで、少なくとも2、3日はここに停泊しているんだ。 調査できる時にしておかないと、今回の二の舞になりかねない」

「確かにそうだが、そんなに人員は割けないぞ。どうするつもりだ?」

「部下たちは復興にあてたい。ちょうど先遣隊が数人残っているから、俺がそいつらを率いる。あとは──」


 自分の考えを伝えると、それは無茶だと反論をされる。その反論は想定内だった。無茶だと分かっているが、それでも。


「すまないな。だが、俺に見極めさせてほしい。それに俺たちは知っておくべきだ」

「それは、そうだが……!」

「ヤク」


 ヤクの言葉を遮って視線を合わせる。自分が言いたいことがわかってくれればいいのだが。視線を逸らさなかったヤクだがやがて、はぁ、とため息をつく。どうやら折れてくれたらしい。


「わかった。ただし、無理はしないでくれ」

「承知しているさ」


 そのあと明日の行動についての事前報告と、街の復興についての指揮をお願いした。そして部屋を出る前に、


「ヤク」

「なんだ?スグ──」


 座っているヤクの顎を少しだけ上げさせて、優しく触れるように唇を重ねた。氷の魔術を得意とするヤクは、基本的に体温が一般人より少し低めだ。ほんの少しの冷たさと柔らかさを味わってから、そっと離れる。

 突然の行動に、少し呆気に取られたような表情のままヤクが自分を見上げる。自分にしか見れないような表情に、くすりと少しだけ笑ってから伝える。


「さっきも言ったが、あんまり一人で根詰めすぎるなよ。辛くなったら、すぐに俺に言え。いいな」


 それだけ言って、まだ仕事が残っているからと部屋を出ようとする。


「なっ……ば、馬鹿者!スグリ、お前という奴はっ……!」

「ははっ、いつもの調子に戻ったな?それでいい。じゃあな」


 背を向けると、こぶし大の大きさの氷が頭に直撃する。ヤクの簡易魔法だろう。手加減しろ、と言いたくなったが、さっきのような思い詰めた雰囲気がなくなっていたので良しとする。それから明日の調査のため、準備を始めるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る