第二節 半人前が感じた違和感

 疲労困憊の状態ではホームルームの内容が当然頭に入る訳もなく、結局レイは一限目の終わりまでの時間を、体力回復のためにずっと寝て過ごした。一限目の終わりの鐘が鳴るとすぐに起きて体を伸ばす。よく寝たと呟くと、仲のいい同級生にからかわれた。


「よぉ寝坊助、またぐっすり寝てたな」

「うっせぇな仕方ないだろ? また変な夢見て朝からバタバタだったし、師匠には怒られるしでよー」

「また夢見たのか? 本当お前はよく見るよなー。眠りが浅い証拠だぜそれ」


 わかってるけど、そう口の中でぼやいて頬杖をつく。一方の同級生は目を輝かせながら、今度はどんな夢だったのか尋ねてきた。レイの夢の話は、友達内でよく話のネタになっている。特に断る理由もないので、いつものように話し始めた。

 ミズガルーズが燃え盛っていた、あの夢の内容を。


「なんだそれ、ここが燃えてたって?またそりゃ壮大なスケールだな」

「だろ? しかも知らない女の人が色々喋ってて……」

「女の人? 美人だった!?」

「いんや、顔どころか人影なんて見えなかったから美人かそうでないかはわかんね」


 その返答に使えねぇなと同級生は嘆く。うるせ、と反論しつつ続きを迫られ、話を続ける。


「で、その人? なんて言ってたんだよ」

「ん? えっと確か……」


 その時だ。つい今の今まで、朧げだが夢の中の言葉を覚えていたはずだった。だが口に出そうとした途端、その言葉がすっかり抜け落ちてしまう。その部分だけ綺麗に抜き取られた、そんな感覚。思い出そうと試みるが、その甲斐虚しく終わる。


「レイ?」

「……忘れた」


 何処か上の空だったが、同級生の声に我に返る。前を向けば、疑惑たっぷりといった様子を顔に張り付けた同級生が凝視していた。


「あ……わりぃ、なんでもない。忘れたっぽいわ」

「忘れたって、その人の言葉?」

「まぁ、うん。確かにさっきまで覚えていたのに、なんて言ってたっけな……」

「そっか。ま、気にしなくていいんじゃねぇの? どうせ夢なんだしさ」


 深く考えることないって、励ましながら肩を叩いてくれた同級生の言葉に頷く。そう、夢だもんな。頭の中で整理をつけて、短く礼を述べた。

 どうせ夢の中の出来事だと思うと、夢そのものの内容すら自然と頭の中から消えていた。違和感がなくなった途端いつもの調子に戻る。自分で言うのもなんだが、現金な人間だ。その後は同級生と他愛のない話をしながら、学園生活を送った。

 そのまま時間は過ぎて、その日の昼食時間。いつものように同級生達と教室内で昼食を共にしていた。ちなみに今日の自分の昼飯は、購買で売っていたサンドイッチと菓子パンだ。


「そういや、午後ってなんの授業だったっけ?」

「課外授業だよ、イーアルンウィーズの森で魔物討伐の模擬練習」

「よっしゃ体動かせるー!」


 とりわけ喜ぶレイに、同級生はため息混じりで話す。頭を使う座学より、身体を動かす方が好きなのだ。


「レイはいいよなぁ。だってヤク様に魔法教わってるんだろ?」

「全くだぜ、この幸せ者」


 レイの師匠であるヤクは、ミズガルーズの防衛軍の魔導部隊で部隊長を勤めている。防衛軍の軍人は一般市民からの信頼が厚く、特に年頃の男子にとって彼らは憧れの存在なのだとか。レイにとっては身近すぎてあまり実感が沸かないが、第三者から見たらそんな人物から魔法を教わることは名誉なことだと、周りは言う。

 そんな野次に、サンドイッチを頬張りながら反論する。


「はぁ? お前ら師匠の怖さ知らねぇからそんなこと言えるんだよ。師匠ってば、すげぇ怖いんだからな!?」

「でもな、国の防衛軍の一部隊のトップから直々に魔法を教わるなんて、まず無理な話なんだぞ?」

「そうだそうだ! そんな俺らから見たら雲の上の人物に教えられていることを、お前は光栄に思えー!」

「おいそれ俺のサンドイッチ!」


 そんな談笑の中である生徒が不安そうに呟く。


「あ、でも引率の先生って確かストラーノ先生だよな……」

「ああ、あのちょっと頼りなさそうな……」


 その言葉を皮切りに、同級生達は大丈夫かなと不安そうに互いを見やる。

 ストラーノという教員は黒魔術に長けている人物であり、学園では錬成の授業を受け持っている。痩せ細った体に眉が垂れ下がっているせいでその怪しさに磨きがかかり、自分を含め生徒たちからは不気味がられてしまっている存在だ。見知らぬ人を魔物の実験台にしている、なんて噂が飛び交うほど。

 その人物がどういうわけか今回の課外授業の引率の先生であるのだから、レイはもちろん同級生たちはその事に不安を抱く。


「大丈夫だよな? 俺たちちゃんと帰って来られるよな?」

「ほ、ほら仮にも先生だろ? 魔物にやられたりなんてないだろきっと!」

「だといいけどなー……」


 そんな一抹の不安を抱えながら、時刻は昼休みの終わりを迎えようとしていた。


「やべぇ時間だ、行こうぜ」

「そうだな」


 授業をサボるわけにもいかない。気乗りはしないが、致し方ないだろう。レイもまた他の同級生と同じように魔法具を手にとって、玄関に向かった。


 ******


 玄関にはすでに、例のストラーノが待っていた。彼は無言のまま、ぞろぞろと集まってくる生徒達をただただ見ている。その様子がやはり不気味で、生徒達を包む空気は一層不安に包まれた。

 生徒が全員揃ったところで、ようやくストラーノが口を開く。


「皆さん集まりましたね、では行きますよ……」


 鳥のさえずりにさえ掻き消されそうな声で言うと、生徒達を引率するために背を向けて歩き出す。そんな様子に相変わらず不安を募らせながら、後に続く。


 課外授業先であるイーアルンウィーズの森とは、ミズガルーズから南の方角にある森のことだ。人の手が加えられていない自然そのままの姿であり、様々や野草や動物が存在する。木々から発生される酸素には良質のマナが含まれており、リラクゼーションにも最適な名所とも言われているらしい。

 一方で、そんな環境であるがために、森の奥に向かうと魔物も数多く存在する。それゆえ防衛軍による魔物討伐も、これまで何度も行われているのも事実だ。そんな場所が課外授業先であるのだが、模擬練習は毎回、森の本当に入口付近でしか行わない。そのため、魔物に襲われる心配もない。


 だからきっと大丈夫だろうと、それだけを信じた。目的地に着き、いつも通り始業のあいさつを簡単に済ませる。本来ならその場所で魔物に見立てた的を設置して魔術の練習をする、はずだった。

 これまで場を静観していた担当教師のストラーノが、衝撃の内容を告げてきた。


「今日の授業は抜き打ちテストになります……。今まで授業で習ってきたことを活かして、森の中心部に設置した札を取りに来てください……。サボりや放棄は減点の対象にしますから、そのつもりで……」


 その言葉を聞いた生徒たちは、不安の色を一層強めた。そんなの聞いていない、帰りたい、そんな声が上がり始める。その様子を黙って眺めていたストラーノだが、少しずつ顔が暗くなり、そして──。


「ええい煩い煩い!! 私の言うことが聞けないのか!?」


 突然人が変わったかのように叫び、凄んできた。これには驚きと恐怖を隠せず、身を固くしてストラーノを凝視することしかできなかった。まさに、蛇に睨まれた蛙である。


「いいか、お前達は何のために魔法を学んでいるんだ!? 生きるためだろう! なら自分がどれ位まで生きれるか試すのが筋と言うもの、この抜き打ちテストはお前達のためなんだぞ!? わかったか!」


 一通り叫んだ後、ストラーノはいつもの根暗な状態に戻る。いつものようにか細い声でゴール地点で待っているとだけ言うと、転送魔法で自身を移動してしまった。

 残された生徒達は、突然の恐怖に動くこともできず顔を見合わせるだけ。どうする、どうしよう、怖い、出てくるのはそんな言葉ばかり。


「でもさ、無視すると何されるかわかんねぇよ……」

「じゃあ、行くしかない?」

「やだよ怖い!」

「ならどうすんだよ!!」


 焦りと不安から、とうとう声を荒げる生徒も出てくる。そんな中、前に出て皆に向かう。突然の出来事に巻き込まれたというのに、レイは何処か冷静でいられた。


「ならさ、とりあえず皆で固まって行くのはどうだ? あの根暗教師は一人で来るようにって言わなかったし、みんな一緒なら何かあった時連携とれるだろ?」


 その言葉に、そうだけどと渋る生徒もいる。声に出さずとも、魔物が来たらどうするんだ。そんな意味合いを含んだ視線が投げかけられる。言いたいことはわかる。しかしその空気に臆することなく、言葉を続けた。


「一応攻撃魔法が得意な奴が後ろに、防御魔法が得意な奴が前にって順番に並んで行くとかどうだ? 」

「でも……」

「それに行かなきゃ減点食らっちゃうし。ここで止まってたら、それこそ根暗教師が何してくるかわかんないしさ……」


 俺だって怖いのは怖い、最後にそう締めくくってから頭をかく。そんなレイの言葉を聞いて、生徒達に少し変化が出てくる。

 そうか、そうだな、みんな一緒ならなんとか。少しずつだがそんな明るい声も上がり始めた。最終的には己の考えに賛同してしれて、全員で森の中心部を目指そうという結論に至った。


「それで、誰が先頭に立つ……?」

「そりゃ言い出しっぺだから俺が立つ」

「んじゃあ頼むわレイ」

「おお」


 そしてレイを先頭に、生徒達は不安を抱きつつも森の中心部を目指して歩き出すのであった。

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